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永久の賦ー悪源太義平異聞ー  作者: 鍋鞍しづる
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永久、三

 今し方目撃した、すでに林の奥へ消えた者には見覚えがあった。


「悪源太殿……」


 平治の戦で、東国の武士団を率いて、獅子奮闘の活躍をした若者が思い出される。


「そのようなはずは……」


 二十年も昔に、頸をさらされた。憎き平家の手で。


「……したが」


 生きているはずがないとわかっていながらも、似ていた風貌に驚駭(きょうがい)を隠せない。


「父上、どうなされたのです」


 息子の小次郎直家は、焦れたように尋ねる。


「早う、参りましょう」

「あ、ああ……」


 直実はせつかれ、(こま)を進める。


 棟梁義朝に従って都を逃げ落ち、その途中で別れの挨拶をしたのが、最後だった。平家に敗れたが、烈火の性情は変わらずでいた。


 だが、今の者は――直実は生前には思いもかけなかったものを、寸分の狂いもない(かお)に見た。


 まるで、あてなく大海原をさすらう、流浪人(るろうびと)のようであった。




 (たつ)の半刻に差しかかろうとする頃。義平と夜叉は、谷間に平家が(ちく)した屋敷へ辿り着いた。


 義平は辺りを鋭く見回す。月夜霊を捜してここまで来たのだが、なぜか月夜霊の匂いがいっかな嗅ぎ取れないでいた。必ずや平家に付き従っていると確信していたのだが、存在が掴めない。相まみえてから四年、己の死らぬ間に何かが起きたのか。


 肩越しに、四年の(のち)()へ飛ばせた女をちらりと見る。夜叉は物言わず、従って来る。月夜霊の気配が感じられないのは、わかっているに違いない。しかし、口をひらくことはなかった。


 高欄(こうらん)添いに歩き、簀子へあがる。人の声が屋敷の外で多く響いている。反して、屋敷内は不思議に沈黙を保っている。


 義平は、几帳(きちょう)や調度品が並べられた部屋内を、くまなく見て回る。()(かい)なことに、誰一人としていない。武士たちだけではなく、仕える女房たちも行動を共にしていると噂で聞いた。ならば、部屋に一人や二人、袿を重ねた上臈の女人の影があってしかるべきである。だが真新しい御簾の向こうにも、端座(たんざ)している様子はない。


 ――どういうことだ。


 (はや)る心をかろうじて抑え、先へ先へと進む。夜叉もまた、後を追う。


 しかしどこまでいっても、人影は絶えたままだった。


「――誰もいないのか」


 とうとう義平は立ち止まり、背後にそそり立つ断崖を不快そうに見仰ぐ。


 月夜霊はいないのか。


 いや、と思い直す。必ずやいる。自分のそば近くに。


 確たる(あかし)はないが、静かな予兆が心を占めた。


 その時、天から地へ疾風が駆け抜けた。


 義平は見上げていた断崖に、いくつかの影を見る。それは一斉に地響きを立てて、崖をくだり落ちる。馬と、操るのは鎧姿、そして、風になびく旗印は白だ。


 地上で、平家方の武者たちから、悲鳴にも似た叫びが矢継ぎ早に起きる。一ノ谷へ陣を引くのに有利と思われた絶壁から、まさか人が下りてこようとは、夢にも思わなかっただろう。


「あれは」


 義平は先陣に立つ、きらびやかな鎧に身を固めた若武者を眼に宿す。


 両眼が、赤くなる。


 映ったのは、母に抱かれた赤児が、二人の幼子と雪の中を逃げていく情景。幼子は成長し、平家の手から逃れるため、奥州へと落ちる。源氏の旗揚げを知り、数人の家来だけを引き連れ、鎌倉の兄の元へ()せ参じた――


「……九郎義経」


 末弟であった。光景は続く。やがて頼朝にうとまれ、各地を放浪したあげく、奥州の平泉へ辿り着くが、四年後、自ら命を絶つ――


 紅蓮に燃える館が、最後に視えた。


 義平は無言で瞑目(めいもく)した。これも運命だと、人に還った(まなこ)を若武者から逸らした。が、刹那に風は吹いて、伝えた。


 捜し人の気を。

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