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永久の賦ー悪源太義平異聞ー  作者: 鍋鞍しづる
15/25

永久、一

 男は、ふと足をとめる。


 (にわ)かにこしらえた屋敷の簀子(すのこ)で、たった今、両脇を寒風がすり抜けた。その風は、覚えのある気をはらんでいた。


「これは……」


 年は改まり、己と一門が待ち受ける状況に、変化をきたすかもしれない報せが届いて、早速兄の元を訪ねようとしていた矢先であった。


 誰であったか。


 思い出そうと、(くう)を睨んだ男を呼ぶ声がする。それが耳朶に触れると、男は壮年の容貌をほころばせた。


「月夜霊」


 けれども、男の周囲は無人で、前後に長く繋がる簀子に人影はない。


「今、懐かしい者の気を感じたのだが……」

「私もだ……およそ四年ぶりであるな」


 月夜霊の低い声は、薄く笑った。


「あの者よ……四年前の秋に、私へ挑み、傷を負い、夜叉がおらねば息の根を……」

「源氏の者か」


 男は思い出したのか、得心がいったように頷く。


「なるほど、あの時の――斬刑に処されたはずが、生きていたのであったか」

「そうだ」

「まことに……源氏の者どもは……」


 男は苦く洩らし、


「木曽の男が、討ち取られたという報せが参った。其方が申したとおりに」

「そうか」

「これで、我らにも良い風が吹いてくるとよいが……月夜霊」

「何だ」

「我らのために知りたい。其方を狙っているあの者は、はたして鎌倉の頼朝を助けるつもりであろうか」

「それは、其方らを討ち滅ぼすかと申しておるのか」


 男はそうだというように頷く。


「……どうであろう、私には視えぬ」

「其方が!」

「あれはもはや人ではない。人の血は流れておるようだがな……我らは同胞(はらから)を視ることはできぬ。したが、あれの本懐は私の頸を打つこと。それのみ」

「ならば、なにゆえに四年も」

「時を渡ったのであろう。あれの気は、夜叉共々突然に消え失せ、今し方あらわれた……わけは知らぬ。興味もない。だが、私を討つなど、どうしようもない愚かな男だ」


 月夜霊は、侮蔑を込めて言い放った。


 男は少しの間、口を静める。言われた言葉を思いめぐらしているのか、心持ち俯け顔になる。


「――定めは」


 やがて、一言、こぼれ落ちた。


「定めは変わらぬと、其方は申したな」


 だが、と狩衣(かりぎぬ)を着てはいるが、それとわかる大柄な男は、どこか少年のような目をする。


「定めが変わらずとも、私は己がどこまでやれるか、見極めるつもりだ」


 月夜霊は、押し黙る。男へ、話すべき言葉を捜しているような気配を匂わせて。


 男はからりと笑った。


「わかっている。たとえ、そうであろうとも、私は見るつもりだ」


 それではな、と言い残し、男は指貫(さしぬき)を慣れた振る舞いでさばいてゆく。


 ()()()()()()()()()()()—―


 男は胸中で、ささめく。


 言わずとも、月夜霊は知り得たはずだった。

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