現の夢、六
洞穴の内に、歓喜が生まれる。
夜叉は義平に身を預け、いっそう濃く口づけをする。相手の命にも食らいついて離さない、燃え立つような烈しさだった。
時は止まる。
二人は長く一つであった。
そうして、夜叉は満ち足りたように義平から離れる。時は動き始め、突然に、穴口から突風が押し寄せた。堰き止められていたのが解放されたかのような強い風は、義平の裸身を撫で、夜叉の黒髪をさらう。
義平はその風に交じり、己の手に落ちてきたものに、目を見開く。運ばれたものは、桜の花びらだった。洞穴が薄暗くとも、それが何度も塗り重ねられたかのような血色であるのがわかった。
風は次第におだやかになり、数え切れぬ花びらがゆるやかに運ばれ、義平と夜叉とを囲う。どれもが桜色にしては人の血に似た茜根染で、ゆらゆらと揺れ落ちながら、一面を赤い桜色に変貌させてゆく。
「血じゃ」
夜叉は淡々と口にする。
「大風に洪水がおどり狂い、五穀は実らず。それゆえに、飢えに疫病は広まり、人はいくたりも死する……これば、その者らの血じゃ……悪源太殿も、視られるがよい」
桜の花びらは下へ下へと、螺旋を描いていく。
義平はそれを眼に宿す。両眼はたちまちの内に、赤眼となった。鬼の瞳は、視えぬはずの光景を、義平へ伝える。日照りに、荒れた災害、作物はうるおわず、人々は飢えに苦しみ、道ばたに倒れる者、病に苦しむ者、大勢だ。
光景は流転する。
病床に伏している、老いた男が視えた。その老人は、苦痛にもだえながらも、最期を看取ろうとする者たちへ、「供養はいらぬ。追っ手を遣わし、頼朝の頸を刎ね、我が墓に供えよ」と言い残して、息絶えた。
再び、転ずる。
おびただしい軍勢が、京の都から出て行く。中心には数台の牛車を置いて、長い列が続く。都の外れは、紅蓮の火と黒煙で覆われ、空を焦がしていた。
また、変わる。
鎧姿に身を固めた武者たちが、蹄をとどろかせて都へ乱入する。先頭にいたのは、色白で涼しげな顔立ちの若者であった。だが、次の場面へ移ると、頸を討たれた情景が現れた。頸を掴んだ武者は高らかに叫ぶ。「木曽殿を討ち取ったり!!」
義平の眼が、戻った。風はやみ、桜の花びらは地へ伏している。
「――何をした」
「時を渡っただけじゃ」
夜叉は両手を赤根桜へ容れた。するとその手のひらへ、花びらが渦を巻いて集う。左右の手の上で、花びらは形を成し、まもなく一振りの太刀へと変化した。
それを、両手で差し出す。
「早う、敵を討ち取られるがよい。さすれば、悪源太殿も妾と契りを交わしてくれようか……」
それは、切ない女の声だった。
義平は何も言わずに太刀を掴むと、即座に立ち上がって、急いで外へ向かった。
ひやりと冷たい風が、肌を刺す。
木々は枯れ、淡雪が土を濡らしている。
洞穴近くに生えていた若木は、義平の身の丈まで大きくなっていた。