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永久の賦ー悪源太義平異聞ー  作者: 鍋鞍しづる
14/25

現の夢、六

 洞穴の内に、歓喜が生まれる。


 夜叉は義平に身を預け、いっそう濃く口づけをする。相手の命にも食らいついて離さない、燃え立つような烈しさだった。


 時は止まる。


 二人は長く一つであった。


 そうして、夜叉は満ち足りたように義平から離れる。時は動き始め、突然に、穴口から突風が押し寄せた。()き止められていたのが解放されたかのような強い風は、義平の裸身を撫で、夜叉の黒髪をさらう。


 義平はその風に交じり、己の手に落ちてきたものに、目を見開く。運ばれたものは、桜の花びらだった。洞穴が薄暗くとも、それが何度も塗り重ねられたかのような血色(ちいろ)であるのがわかった。


 風は次第におだやかになり、数え切れぬ花びらがゆるやかに運ばれ、義平と夜叉とを囲う。どれもが桜色にしては人の血に似た茜根染(あかねぞめ)で、ゆらゆらと揺れ落ちながら、一面を赤い桜色に変貌させてゆく。


「血じゃ」


 夜叉は淡々と口にする。


大風(おおかぜ)洪水(おおみず)がおどり狂い、五穀(ごこく)は実らず。それゆえに、飢えに疫病(えやみ)は広まり、人はいくたりも死する……これば、その者らの血じゃ……悪源太殿も、視られるがよい」


 桜の花びらは下へ下へと、螺旋(らせん)を描いていく。


 義平はそれを眼に宿す。両眼はたちまちの内に、赤眼となった。鬼の瞳は、視えぬはずの光景を、義平へ伝える。日照りに、荒れた災害、作物はうるおわず、人々は飢えに苦しみ、道ばたに倒れる者、病に苦しむ者、大勢だ。


 光景は流転する。


 病床に伏している、老いた男が視えた。その老人は、苦痛にもだえながらも、最期を看取ろうとする者たちへ、「供養はいらぬ。追っ手を遣わし、頼朝の頸を刎ね、我が墓に供えよ」と言い残して、息絶えた。


 再び、転ずる。


 おびただしい軍勢が、京の都から出て行く。中心には数台の牛車を置いて、長い列が続く。都の外れは、紅蓮の火と黒煙で覆われ、空を()がしていた。


 また、変わる。


 鎧姿に身を固めた武者たちが、(ひずめ)をとどろかせて都へ乱入する。先頭にいたのは、色白で涼しげな顔立ちの若者であった。だが、次の場面へ移ると、頸を討たれた情景が現れた。頸を掴んだ武者は高らかに叫ぶ。「木曽殿を討ち取ったり!!」


 義平の(まなこ)が、戻った。風はやみ、桜の花びらは地へ伏している。


「――何をした」

「時を渡っただけじゃ」


 夜叉は両手を赤根桜へ()れた。するとその手のひらへ、花びらが渦を巻いて集う。左右の手の上で、花びらは形を成し、まもなく一振りの太刀へと変化した。


 それを、両手で差し出す。


「早う、(かたき)を討ち取られるがよい。さすれば、悪源太殿も妾と契りを交わしてくれようか……」


 それは、切ない女の声だった。


 義平は何も言わずに太刀を掴むと、即座に立ち上がって、急いで外へ向かった。


 ひやりと冷たい風が、肌を刺す。


 木々は枯れ、淡雪が土を濡らしている。


 洞穴近くに生えていた若木は、義平の身の丈まで大きくなっていた。

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