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永久の賦ー悪源太義平異聞ー  作者: 鍋鞍しづる
13/25

現の夢、五

 二十年の歳月が改めて身に染みた。


 ――俺は、なぜ……


 なにゆえに、と繰り返された自問が再び頭をもたげる。なにゆえに、己は生きているのか。この、()むべき姿で。


「今、一人」


 夜叉はとりとめもなく続ける。


「木曽の従兄弟殿も、旗揚(はたあ)げしたそうじゃ」

「……木曽の、従兄弟」


 鸚鵡(おうむ)返しに呟いて、夜叉をねめつける。


「駒王か」


 それは、叔父義賢(よしかた)を討ち取った時に、共に(がい)するはずの子息であった。草の根をわけて捜したが見つからず、そのうちに都へ上がらなければならなくなったので、代わりに坂東の郎党らへ、必ず見つけ出して禍根を断つよう命じておいた。


「生きていたのか」


 ならば、自分を父の(かたき)とみるだろう。そう思い、冷たく笑った。己はとうに死した身であった。


「その者は、木曽の義仲と名乗っておるようじゃ」

「義仲……」


 烏帽子(えぼし)親がさずける元服名。頼朝に義仲、いずれも義平には幼子であった。


「……平家を討つのか」

「視ぬのかえ」


 間髪を入れず、夜叉は言う。


「望めば、その者の過去はもとより、現世(うつしよ)、未来世を視ることはたやすいことじゃ……悪源太殿は知りたくはないのかえ、父御の時のように」


 言葉一つ一つに、ねっとりとした声がまとわりつく。まるで深い奥底に沈む欲を刺激するように。


 義平は表情を猛々しくさせて、ついと夜叉から顔をそむけた。


 夜叉は、雪肌のしなやかな指を泳がし、義平の顎を掴むと、己へと()いた。


「妾を見よ」


 義平は獣のように低く唸る。夜叉の力は強くて、抗えない。


「其方は、あまりにも人の生に囚われておるようじゃ。ゆえに、あの者に敗れた……二月(ふたつき)も眠りの淵をさまよって、のう」


 夜叉は妖しく(わら)う。


「……手を離せ」


 義平は斬りつけるように言った。だが夜叉は、顎にからめた指先を頬へと這わせる。


「悪源太殿は、妾の命を喰ろうてから、二十年も眠っていた……その呆れる(おも)いが其方を弱くした。わからぬとは言わせぬ」

「……黙れ」

「あのような傷を負い、(かく)()へ参るつもりであったか」


 夜叉は凄惨(せいさん)に微笑む。


「それほどまでに、鬼となった己が身が憎らしいかえ」

「黙れ、夜叉!」


 義平は声を荒げる。


「お前こそ、次に邪魔をすれば殺す!」

「悪源太殿に、妾は殺せぬ」


 夜叉は艶然(えんぜん)と口にする。


「妾は、愛しい其方と、契りを交わしてはおらぬ。其方は妾のもの……妾の傍らで生きるのじゃ。憎むならば、憎めばよい」


 指先で、雄々しく締まった頬を撫でる。


「したが、死ぬなど許さぬ……妾は」


 許さぬ、と唇が動いて、義平の口許に寄せる。


 次には、唇が重なりあった。


 義平は抗わなかった。

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