現の夢、五
二十年の歳月が改めて身に染みた。
――俺は、なぜ……
なにゆえに、と繰り返された自問が再び頭をもたげる。なにゆえに、己は生きているのか。この、忌むべき姿で。
「今、一人」
夜叉はとりとめもなく続ける。
「木曽の従兄弟殿も、旗揚げしたそうじゃ」
「……木曽の、従兄弟」
鸚鵡返しに呟いて、夜叉をねめつける。
「駒王か」
それは、叔父義賢を討ち取った時に、共に害するはずの子息であった。草の根をわけて捜したが見つからず、そのうちに都へ上がらなければならなくなったので、代わりに坂東の郎党らへ、必ず見つけ出して禍根を断つよう命じておいた。
「生きていたのか」
ならば、自分を父の敵とみるだろう。そう思い、冷たく笑った。己はとうに死した身であった。
「その者は、木曽の義仲と名乗っておるようじゃ」
「義仲……」
烏帽子親がさずける元服名。頼朝に義仲、いずれも義平には幼子であった。
「……平家を討つのか」
「視ぬのかえ」
間髪を入れず、夜叉は言う。
「望めば、その者の過去はもとより、現世、未来世を視ることはたやすいことじゃ……悪源太殿は知りたくはないのかえ、父御の時のように」
言葉一つ一つに、ねっとりとした声がまとわりつく。まるで深い奥底に沈む欲を刺激するように。
義平は表情を猛々しくさせて、ついと夜叉から顔をそむけた。
夜叉は、雪肌のしなやかな指を泳がし、義平の顎を掴むと、己へと強いた。
「妾を見よ」
義平は獣のように低く唸る。夜叉の力は強くて、抗えない。
「其方は、あまりにも人の生に囚われておるようじゃ。ゆえに、あの者に敗れた……二月も眠りの淵をさまよって、のう」
夜叉は妖しく嗤う。
「……手を離せ」
義平は斬りつけるように言った。だが夜叉は、顎にからめた指先を頬へと這わせる。
「悪源太殿は、妾の命を喰ろうてから、二十年も眠っていた……その呆れる憶いが其方を弱くした。わからぬとは言わせぬ」
「……黙れ」
「あのような傷を負い、隠り世へ参るつもりであったか」
夜叉は凄惨に微笑む。
「それほどまでに、鬼となった己が身が憎らしいかえ」
「黙れ、夜叉!」
義平は声を荒げる。
「お前こそ、次に邪魔をすれば殺す!」
「悪源太殿に、妾は殺せぬ」
夜叉は艶然と口にする。
「妾は、愛しい其方と、契りを交わしてはおらぬ。其方は妾のもの……妾の傍らで生きるのじゃ。憎むならば、憎めばよい」
指先で、雄々しく締まった頬を撫でる。
「したが、死ぬなど許さぬ……妾は」
許さぬ、と唇が動いて、義平の口許に寄せる。
次には、唇が重なりあった。
義平は抗わなかった。