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永久の賦ー悪源太義平異聞ー  作者: 鍋鞍しづる
12/25

現の夢、四

 寝覚めれば、そこは洞穴だった。


 義平は冷えた土の上に横たわっていた。身体に掛けられてあった女物の(うちぎ)を払いのけると、上半身を起こし、すぐに目を走らせる。天井は低くはなく、周りは岩肌が露出し、苔も生えている。外は昼間のようで、日が穴口のそばまで明るく射し込んでいる。穴口の外には、幹も枝も短い若木が一本、肥えた土から生えているのが見える。


 義平が横たわっていたのは、ちょうど洞穴の影になるあたりだった。誰かが穴口の前を通り過ぎようとも、気づかれはしないだろう。


 上半身は裸だった。胸紐はゆるめられ、腰まで脱がされている。


 義平は確かめるように首筋を触った。傷つけられた喉笛は、何事もない。次いで右肩を見る。肉を食い千切られ、骨も噛み砕かれ、右腕をなくしたありさまが、怒涛(どとう)のように湧いた。けれど、まるでうたかたの幻であったかのように、肩も腕も異常はない。痛みもない。


 五本の指を広げて、右肩を強く押さえると、苦しげに腕の中に顔を埋めた。昔日を思い出した。あの折りも、己は醜態をさらした。そして、此度(こたび)も。


 ――おのれ、月夜霊。


 全身が怒りにわななく。愚弄され嘲弄され、平静でいられる義平ではない。たとい、このような浅ましい姿になり果てようとも。


 あの六条河原での夜叉との邂逅が、頭をかすめる。今から死ぬ身であった己に近づき、接吻(くちづけ)を交わした女――妾の命をさずけよう、と美しい唇を動かして。


 その後のことはよく覚えてはいない。わかっているのは、現世に(かえ)り、初めて接したのは己自身の怪異だった。出合ってから二十年もの間、一度も目覚めることなく、人外の者となっていた。


 そして視たのは、父の命を喰らった化け物だった。


  義平は腕の中で、苦悩に突き刺されたように呻く。かの昔、武を誇った源頼光(みなもとのよりみつ)が、大江山で退治したと言い伝えられる酒吞(しゅてん)童子(どうじ)と何程の違いがあるのか。傍らにいた女は言った。其方は鬼になったのだと――


 義平は腕から顔を上げ、首を動かしてかえりみる。洞穴によどむ空気が、立ち入り人を教えた。


 たくましい背に寄り添うようにいたのは、義平に鬼と伝えた女だった。


「気がつかれたご様子」


 夜叉はその場で膝を下ろし、白湯(さゆ)を手渡す。義平は一瞥して、無言で受け取ると、ひと息にあおった。白湯はぬるく、喉を流れ、渇きを癒す。


「兵を上げたそうじゃ」


 前触れもなしに、夜叉は話し始めた。


「其方の弟御が、坂東で兵を上げたそうじゃ」


 義平はどういうことかと眉をしかめたが、やや待って、その意味するところがわかった。


「頼朝か」


 清盛に一命を助けられ、伊豆の地へ流刑されたと、風聞で知った。目覚めた後に。


「……そうか、あれがな」


 義平の胸にある弟は、十三のまだまだ幼さが抜けきれない少年だった。落ち延びる最中(さなか)、たびたび居眠りをし、起こせば母の夢を見ていたと洩らした、素直で大人しい若武者であった。

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