現の夢、三
網代車は、義平の手前で止まる。都の貴族たちが乗る大きな牛車は、深々として、義平を手前にしても動こうとしない。
「何奴だ」
義平は用心深く窺い、太刀を抜く。
「――誰のことか」
低い言の葉が、耳元をさらう。
「私のことか、鎌倉の御曹司よ」
簾の内から、茶化すように綴られる。
「心が急くか。なるほど、其方も薄々なれど、感じておるようだ」
「化生が! 何をたぶらかす!」
義平は鋭く叫び、雪の地面を踏みつけて近寄る。簾を剥ぎ取ろうと、左腕を突き出した。
「死相が出ておる」
それを制するように、言葉が紡がれる。
腕が、空で止する。
「視えるぞ、気をつけるが良かろう。したが、定めは変わらぬ」
所詮、人の身なれば、と口言葉とは裏腹に、情けの片鱗すら浮かばせない、ひどく醒めた物言いだった。
「何を言うか!」
義平は激昂し、簾に掴みかかる。細い竹のすき間に指を押し入れ、引き剝がそうと力を込めた。が、簾は霞のごとく消えてゆく。
すぐに目を上げれば、網代車の影も形もなかった。
義平はぐっと口縁を固く結ぶ。簾を掴もうとした手の甲に、雪の結晶がいくつも落ちていく。それらは肌に溶けて、水になる。手を平返し、己の無骨な指に、一つ、また一つと、落ちては冷たく濡らす小さな塊を見た。
「……おのれ」
その手を拳にして、憎々しく唸る。
だが、再び開いた手のひらに落ちてきたのは、じわりと紅く滲んだ雪だった。
義平は打たれたように顔を上げる。すると、自分はどこかの屋敷にいた。
「――父上!!」
そこで、頑強な裸体で武士を相手に太刀を振るっているのは、父義朝だった。
「父上!!」
義朝は風呂にでも浸かったのか、剥き出しの浅黒い肌は血色がよく、疲れを感じさせない素早さで敵を斬り捨てていく。しかし襲いかかる太刀数は多く、しだいに追いつめられていくのが手に取るようにわかった。
「父上!! お逃げくだされ!! 父上!!」
義平は加勢しようと、腰の柄に手をかけようとした。だが腕も足も身体も、まるで縄で縛られたかのように動かない。
「父上!!!」
喉が裂けるほどに声を振りしぼる義平の心が、往にし世の哀しみにとらわれる。
それは、義朝の死。
たしか、父上は尾張で頸を討ち取られたのではなかったか。源家に仕えし累代の家人に騙し討ちにあって。
――これが、そうなのか。
義平は絶叫する。義朝が血だらけになって、どう、と倒れた。
だが、義平は視た。
義朝が事切れる間際に現れた、雅な美丈夫を。
ふいに義朝の背後に姿を見せ、周囲の誰にも見咎められはしない麗しい異形の男を。
それは、梅の花を散らせた鮮やかな色彩の袖を持ち上げると、義朝の左胸に手を喰い込ませ……血だらけの塊を抜き取ったことを。
義朝は太刀傷で命を絶たれた。しかし義平は、はっきりと視た。
父の心の臓を喰らう、鬼の姿を。
――おのれ、おのれ、おのれ!!
義平は慟哭する。
けして、許さぬ。
父の敵は、必ず討ち果たす。
――月夜霊!!