現の夢、二
「馬鹿者! このような場で眠るではない!」
語気荒く叱りつけ、参るぞと背を見せ、歩き出す。だが頼朝は、黙してうなだれた。
「どうした」
義平は振り返り、訝しげに眉をよせたが、弟がどこか気落ちしている有り様に感づいた。
「足を動かさぬか。父上たちに遅れる」
「……はい」
頼朝はか細い声で、返事をする。
義平は口元を難しくさせると、手で目の前の雪を払いのけ、頼朝へ向き直った。
「どうしたのだ、頼朝」
一行は平家方に捕まらないよう、必死に逃げ落ちている最中である。頼朝の様子を案じる時間はない。義平の口も自然と厳しくなった。
頼朝は寒さで冷たくなった手と手を握りしめ、恐々と義平を見上げる。
「……夢を見ておりました」
母者さまの夢ですと、寂しげに洩らす。
「……」
義平の目にわずかな翳が差す。頼朝の母はこの戦乱の少し前に亡くなっていた。それを思い返して、頼朝が元服したとはいえ、まだ数え年十三であることに思い至る。
「お前を、案じておられるのであろう」
頼朝は哀しげに鼻を啜った。
「御仏となられ、見守っておられるのだ。なれば、生きねばならぬ」
わかったなと言い聞かせて、弟が俯くように首を揺らし、また顔を上げると、義平もただちに前を向いた。
白い闇が常にある。
「忌ま忌ましい」
吐いた息もろとも、雪に溶けた。頼朝の細い息遣いを背で感じて、再び踏み出す。が、すぐさま歩みをやめる。
義平は辺りを睥睨し、眼差しを鋭くする。一文字に唇を引き結び、射て貫くかのように、頼りなさげな足取りで来て己を不思議そうに仰ぐ弟へ、そしてその背後へと視線を動かす。
頼朝は兄の眼光の尖さに怯えて後ずさったが、ただならぬ気配を汲んで、腰にある太刀を抜刀しようとした。
とっさに、義平はその手首を掴む。
「父上を追え」
「で、ですが――」
「ゆけ」
有無を言わせず、命ずる。
頼朝はどうしてよいかわからず、途方に暮れたさまよい人のように、太刀と義平とを目で行き来する。しかし、肩を落として兄に従った。
「兄者さま、お気をつけて」
脇に避けて、頼朝は可憐に言う。
「案ずるな、逸れずに進め」
はい、と素直に返し、言われた通りに雪の中へ歩を進める。
見る間に姿がかき消えた頼朝を見届けて、義平は後方を見据える。
追っ手か。
確かに、何者かのそそがれる眼を感じた、だが、いずれのゆえか心がざわついている。まことに平氏方の武士が追ってきたのか。
義平は足を開き、いつでも戦えるようにする。
来るか。
やがて、後方から音もなく現れたのは、一台の網代車だった。牛はおらず、雑色を見当たらない。二つの車輪だけが、まるで生き物のように勝手に動いて、義平へと迫ってくる。風雪は、その牛車を畏れるかのように避けている。
義平は頭を一振りして雪を払い落とすと、震えもせずに正面から睨み据えた。