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サラリーマン、龍と異世界メシ充してます ~食いしん坊な龍と行く、最強スローライフ~   作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)


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第一話

新作を投稿してみます。

よろしくお願いします。

カクヨム版もあります。

 朝、目覚ましのアラームがけたたましく鳴り響くよりも早く、吉倉圭吾は意識の浮上を感じた。

 瞼の裏に残る浅い眠りの残滓を振り払うように、ゆっくりと目を開ける。


 視界いっぱいに広がるのは、慣れ親しんだ寝室の白い天井。

 その白さは、まるで彼の内心の空虚さを正確にトレースしたかのように、どこまでも均一で、何の感情も映し出してはいなかった。


 しん、と静まり返った部屋の中で、壁掛け時計の秒針が刻むカチ、カチ、という乾いた音だけが、聴覚を鈍く刺激する。

 その音は止まることを許されない時間の行進を、冷徹に告げているかのようだった。


 時計は午前5時30分を指している。


 スマホにセットしたアラームが鳴動するまで、あと30分。 

 その中途半端な時間が、圭吾にとっては最も長く、重苦しいものに感じられた。


 起き上がるべきか、それとももう少し微睡むべきか。


 しかし、どちらを選んだところで、これから始まる一日の重圧から逃れられるわけではない。

 窓の外は、夜の闇がまだ完全に明けきらない、曖昧な薄明かりに包まれていた。


 厚手の遮光カーテンのわずかな隙間から覗く空は、まるで色褪せた水彩画のように、鈍い鉛色をしていた。

 低く垂れ込めた灰色の雲が、空全体を覆い尽くし、大地を押し潰さんばかりの威圧感を放っている。

 まるで、この街そのものが巨大なコンクリートの牢獄であるかのように。


 圭吾はベッドの上で身じろぎもせず、ただ白い天井を見上げ続けた。

 心の奥底から、今日一日を乗り切るためのわずかな気力が湧き上がってくるのをひたすらに待っていた。


 しかし、その期待が満たされることは、もう何日も、いや、正確には何ヶ月も前からなかった。

 体は鉛のように重く、思考は霧がかかったように鈍い。


「今日こそ、定時で帰ろう……」


 ほとんど無意識のうちに、乾いた唇からその言葉が漏れた。


 毎朝、儀式のように繰り返される独り言。

 それはもはや切実な願いではなく、効力を失った古い呪文のようなものだった。


 自分自身を欺き、ほんの一瞬だけ、目の前の厳しい現実から意識を逸らすための空虚な儀式。

 口にすることで得られるわずかな安堵感も、すぐに脱力感と自己嫌悪に取って代わられる。


 その呪文がとうの昔に彼の心を軽くする力を失っていることを圭吾自身が誰よりも痛感していた。


 やがて、諦めたように深く息を吐き出すと、圭吾はようやく重たい上半身を起こした。


 軋むような関節の音とともに、ベッドの縁にゆっくりと腰を下ろす。

 素足に触れるダークブラウンのフローリングは、ひんやりと冷たく、その冷感が足裏から這い上がり、まるで心の芯まで凍らせるような不快な感覚を呼び覚ました。


 ここは都心のマンションの一室。


 リビングの窓からは、昼夜を問わず摩天楼のパノラマが広がるはずだった。

 夜になれば、無数のビルの灯りが宝石のようにきらめき、都会の華やかさを演出する。


 だが、夜明け前のこの時間、その壮大な景色もまた、命のない灰色の濃淡に沈んでいる。

 まるで、眠りから覚めることを頑なに拒む、巨大な生き物の寝息だけが聞こえてくるようだ。

 圭吾自身もまた、その巨大な生き物の一部であるかのように、動き出すことをためらっていた。


 吉倉圭吾、34歳。

 彼の年収は1500万円。


 数字だけを見れば、疑いなく世間が羨む「勝ち組」のカテゴリーに属するだろう。


 身にまとうスーツはイタリア製の生地で仕立てたオーダーメイド。

 腕には派手過ぎないロレックスのデイトジャスト。

 足元は、磨き上げられたジョン・ロブの革靴。


 ウォークインクローゼットには、彼の社会的成功を雄弁に物語るアイテムが、まるでショーケースのように整然と並べられている。

 ネクタイは数十本に及び、そのどれもが一流ブランドのものだ。


 だが、それら物質的な豊かさが、いつの頃からか、彼の肩にずっしりと重くのしかかるようになった。


 かつては渇望し、手に入れることで自尊心を満たしてきたはずのものが、今ではまるで自由を奪う枷のように感じられる。


 洗面所の大きな鏡の前に立ち、寸分の狂いもなくネクタイのノットを締めながら、圭吾はガラスに映る自分の顔を無表情に見つめた。


 まだ30代半ば。


 世間一般では若さと呼べる年齢のはずなのに、目の下には消えることのない薄黒いクマが慢性的に刻まれている。

 額にはここ数年で急に深くなった細かい皺が、彼の疲労を隠すことなく物語っている。

 彫りの深い、整った顔立ちは、大学時代には友人たちから「モデルみたいだ」「俳優になれる」などと冗談めかして褒めそやされたものだった。


 しかし、今の彼の表情からは、かつての快活さや輝きは失われていた。


 どこか生気のない、まるで精巧に作られた蝋人形のような印象を受ける。

 誰かが、彼の内面から色彩という色彩を根こそぎ奪い去ってしまったかのようだ。


 瞳の奥には、深い倦怠と、どこか諦観にも似た光が淀んでいる。


 一通りの身支度を終え、重い革のブリーフケースを手に、圭吾は自室を出た。

 静寂に包まれた長い廊下を抜け、エレベーターホールへと向かう。


 チーン、という軽い電子音と共に到着したエレベーターに乗り込み、1階へのボタンを押す。

 下降する箱の中で感じるわずかな浮遊感が、彼の不安定な精神状態と奇妙にシンクロする。


 1階のエントランスロビーでは、 コンシェルジュが、洗練された笑顔と共に丁寧に挨拶を送る。


 圭吾は、億劫そうに軽く会釈を返すだけで、足早にその場を通り過ぎた。


 彼らに向けられる丁寧すぎるほどの対応も、今の圭吾にとっては、見えない壁を意識させるだけだった。


 自動ドアが滑るように開き、外へ一歩踏み出すと、湿り気を帯びた生温かい空気が、彼の頬をねっとりと撫でた。

 空を見上げると、厚い雲は依然として空を覆い、今にも泣き出しそうな気配を漂わせている。


 雨が降るかもしれない。


 折り畳み傘を玄関に置いてきたことに気づいたが、わざわざ部屋まで取りに戻る気力は、もはや彼には無かった。


 濡れるなら濡れればいい。

 そんな投げやりな気持ちが、心を支配していた。

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