思考
三題噺もどき―ろっぴゃくごじゅうきゅう。
ベランダに出ると、ぽつぽつと雨が降り出していた。
もちろん、空は灰色に覆われ、見えるはずの夕日などかけらもない。
これから本格的に降り始めるのかどうか……酷くさえならなければそれでいいのだけど。
「……」
片手に持ってきた箱の中から、一本煙草を取り出す。
口にくわえ、その先にライターで火を点ける。
独特な、毒々しい匂いが鼻を刺し、雨の匂いに混じる。
「……」
眼下に見える道路には、少しだけ速足にかけていく姿がある。
エナメルバックを肩にかけた子供や、スクールバッグを片手に走る子供。
ランドセルを背負う子供たちは、少したのし気にかけていく。
年齢がこれだけ違うと、雨に対する反応がこうも違う。
「……」
今朝は雨の予報なんかは出ていなかったんだろうか。
出ていれば、学校に行く際に傘を持たせそうな気もするが。それともそれを嫌がったのか、単純に学校に忘れてきたのか。出るときに雨が降っていなければ忘れそうなものだ。年齢が上がれば、折り畳み傘くらいは持っていそうだけど。
「……」
まぁ、この程度の雨ならば、傘をさす手間を惜しむよりは、走った方が早いだろうな。
彼らの家がどこかは知らないが、本格的に降り始める前に帰ってしまえばいいのだ。
多少濡れるくらいはたいしたことないだろう。制服はどうなのか分からないが……ああいうのは濡れるとよくないのだろうか。
「……」
小さな雨粒が、ぽつぽつと、少しずつ地面を濡らしていく。
この感じだと、今夜はずっと雨かもしれないな……。止んでくれるのが一番いいが、散歩に行くときに降っていなければまぁ、最悪それでもいい。
私は傘をさすのはあまり好きではない。手がふさがるのがどうにも苦手なもので。だから、この程度の雨なら散歩するのだけど、濡れると怒る怖い鬼が居るのだ。
「……」
それにまぁ、先日の手紙の件もある。
雨が降ると匂いが混じって滲んでしまうし、夜というのはただでさえ暗いのに更に重く苦しくなる。あの手紙の主がどんな奴かは知らないが、奇襲が得意というやつもたまにはいるのだ。大抵は自分の力に驕って奇襲なんてことをするのはあまりいないのだけど。奇襲というか暗殺か……。闇を生きるものが闇に混じるのが得意なのは当然だろうが、それを生かすものはそうそういなかった。同族狩りに関しては特に、だな。
「……ふぅ」
履く煙が、雨に混じる。
まだ雨粒は小さいが、勢いが少し増してきた。
濡れないように、少し身を縮める。ベランダの手すりから離れて、窓に背を預ける。
怒られそうだが、まぁ、いいだろう。どうせ風呂に入る。
「……」
しかしまぁ、ここに居るのももう限界ということなのだろうか。
それなりに年数が経っているから、潮時は潮時だろうけど。
そう簡単にあっちこっちに引っ越せるようなわけでもないし、住まいを探すのもそれなりに苦労する。
「……」
今年に入って、二件だ。
まぁ、まだ許容範囲ではあるにはあるが、さらに続くようなものがあれば考えなくてはいけない。その辺の勘はアイツの方がいいので、手紙をいれた輩にも勘付いては居るだろう。手紙は私が燃やすが、この敷地に入った形跡くらいは簡単に見つけられるはずだ。
アイツだって、一日中家で家事をしているわけではないからな。買い物に行くことだってある。
「……」
結構気に入っていたのだけど。
ここから見える景色も、この周辺にある諸々も。
仕事自体は最悪どこでもできるのでその辺はたいして問題がないのだけど、周辺の環境というのはとても大切なのだ。
「……はぁ」
とりあえずは、まだ大丈夫だろう。
最悪返り討ちにでもしてしまえばいいし、続くようなら考えるくらいで良いだろう。頭の片隅に置いておくくらいでちょうどいい。
「……」
今日は正直それどころではないのだ。
……昨日二日酔いのせいで、あまり仕事ができなかったので溜まっている。さっさと終わらせないといけないのに。
「……」
煙草を灰皿に押し付け、部屋に戻る。
もちろん鍵は閉められていた。
「頭痛は大丈夫ですか」
「……あぁ、おかげさまで」
「仕事が溜まっているのは分かりますが、あまり詰めないでくださいね」
「……分かってる」
「…………」
お題:雨・学校・エナメルバック