9.シビウの過去と紹介状
明けましておめでとうございます。
貴族街での出来事から数日後、リクはいつものようにシビウの家を訪れた。
扉をノックすると、いつもの気怠げな声が返ってくる。
「おう、また来たのか。まあ、入れ」
木の扉を押して中に入ると、シビウは例によって酒瓶を手にしてソファに沈んでいた。
だが、リクの顔を一瞥するなり、彼は真剣な表情に変わった。
「……なんだ、その顔は」
「聞いてほしいことがあるんだ」
リクは貴族街での出来事を、見たもの全てまくし立てるようにシビウに話した。
掃除ロボットや電源コード、そして裏庭で少年がドローンを操る光景まで。
シビウは話を聞く間中黙っていたが、やがて深いため息をついて口を開いた。
「……お前が見たことは正しい。そして、それがこの街の仕組みだ」
「前言ったよな。リック、俺も昔は『魔法使い』だったんだ」
シビウはぼんやりと天井を見上げながら語り始めた。
彼はかつて、この国の研究機関に所属する「魔法使い」の一人だったという。
貴族や王族のために、快適な暮らしを実現するための技術を研究することが彼の役目だった。
「俺たちがやっていたのは、今のお前が知っているような魔道具の開発だ。まあ、実際には魔法なんかじゃなくて、ただの技術なんだがな」
リクは小さく頷きながら続きを促した。
「俺はその技術を、街の人々にも広めるべきだと思ったんだよ。貴族や王族だけが便利さを享受して、他の連中は苦しい暮らしを続けるなんて馬鹿げてるだろう?」
しかし、技術を広めようとした彼は、一般の人々から恐れられた。
シビウが持ち出した技術は、彼らにとっては理解を超えた異物であり、不気味な存在だった。
「密告されて、研究所からも街からも追われた。教会も噛んでたよ。やつらは技術を『穢れ』や『魔物』と称して、人々に近づかせないようにしているんだ」
リクはその言葉に愕然とした。
同時に、シビウがその事実を抱えながらも酒に逃げ込む理由を少し理解できた気がした。
シビウの目には苦い後悔が浮かんでいた。
「俺は、ただの落ちぶれた飲んだくれさ。それに……」
シビウはリクに真っ直ぐな目を向けた。
「お前には謝らなきゃいけないことがある」
リクはきょとんとした表情で首を傾げた。
「俺はな……お前に魔導書を渡したのは、自分に理解者が欲しかったからだ。孤独に耐えられなかった。でも、お前に同じ道を歩ませるつもりはなかったんだ」
彼は深く息を吐き出した。
「もしお前が深入りすれば、俺と同じように追われることになるかもしれない。それでも、好奇心が抑えられないなら……俺はお前を止めないがな」
リクはふと思い立ち、シビウに尋ねた。
「その研究機関、今も存在しますか?」
シビウは短く笑い、古い引き出しを探り始めた。
羊皮紙を取り出し、スラスラと文書をしたためると、リクに手渡した。
「これが俺の紹介状だ。破門されたようなもんだが、貴族や教会の連中は技術だけは欲しがるから効果があるかもしれん。だが、行くなら気をつけろよ。深入りすれば、俺みたいになるぞ。」
リクは紹介状を手に取り、深く頷いた。
「ありがとうございます。僕は、自分の目で確かめてみたいんです。」
貴族や王族が技術を独占し、それを「魔物」や「穢れ」として一般の人々から遠ざけている。
教会による情報統制、技術を「魔法」と偽る仕組み、そして貴族街で見た便利さに満ちた生活。
リクはシビウの小屋を後にしながら、改めて決意を固めた。
自分が目撃したもの、シビウが語った過去、それを確かめるには次の一歩を踏み出さなければならない。
研究機関に行けば、この国を覆う技術と恐怖の仕組みがもっと明らかになるかもしれない。
森を抜ける頃、遠くからドローンの低い羽音が聞こえた。
それは、街を覆う監視の網が今も確実に機能している証拠だった。