8.一年祝いと届け物
リクがこの街に来てから1年が経っていた。
冒険者としての生活にも慣れ、薬草採取や護衛のクエストをこなしながら生計を立てる日々。
時折シビウの家を訪れるのも習慣となっていた。
シビウからは魔導書について教わることができたものの、彼が自らの過去や魔道具に関する真実を語ることはなく、曖昧な話題で終始していた。
リクもそれ以上は詮索せず、彼との交流は穏やかで心地よいものだった。
一方で、フラーカとの関係には微妙な距離感が生まれていた。
彼女は表面上リクと普通に接していたが、時折探るような視線を送ってくる。
それでも、リクが表立って魔物や魔道具について研究することはなく、二人の間に大きな亀裂が入ることはなかった。
ある日の夕方、フラーカはリクの冒険者歴一年を祝して食堂に誘った。
ここの売りはステーキらしい。
普段は粗いパンやポリッジ、せいぜいスープばかりだったからかなりうれしい。
10歳になったとはいえ、生ぬるいエールは元日本人として苦手意識があるので果実水を頼む。
フラーカはそんなリクを見て「まだまだ子どもね」と笑った。
二人はステーキを頬張りながら、冒険者としての日常について語り合った。
「そういえば今朝、面白いクエストが出てたわよ。見た?」
「いや、今朝はまだギルドに寄っていないんだ」
「それならちょうどいいわ。一緒に受けましょうよ」
フラーカが提案したのは、貴族街への届け物のクエストだった。
届け物という内容自体は平凡だが、貴族街への立ち入り許可が出るのは珍しい。
表立って「魔物」の研究ができず行き詰っていたこともあり、リクはフラーカの熱心な誘いに頷いた。
ギルドを訪れると、受付嬢が明るい笑顔で二人を迎えた。
「フラーカさんとリクさんで助かりましたよ! 貴族街のクエストは、ゴツい冒険者さんだと嫌がられることが多くて……お二人なら丁度いいと思ってたんです」
そう言いながら、受付嬢は大きな木箱を手渡した。
木箱には厳重な封がされており、「中身は絶対に見ないように」と念を押された。
「なんだろうね、中身」
「そんなの見たら契約違反よ」とフラーカが苦笑する。
二人は木箱を担いで貴族街に向かう準備を整えた。
リクとフラーカは苦笑いしながら書類にサインを済ませ、届け物を受け取った。それは貴族の館に届ける上質な絹のローブだった。
貴族街はリクが普段歩く街とは様子が異なっていた。
広々とした石畳は、平民街よりも平らで歩きやすい。
建物自体は元日本人からすると、大きさと清潔さ以外大差ないように思えるが、手入れの行き届いた庭園や装飾が生活の余裕をうかがわせる。
その中の一つである大きな館が今回の届け先だった。
フラーカが堂々と正面の扉をノックし、館の執事が二人を出迎える。
彼の鋭い視線にリクは一瞬身構えたが、フラーカの機転の利いた挨拶で事なきを得た。
執事に案内され、リクたちは館の中に通された。
「こちらが届け物です」と木箱を渡したところ、執事は箱を慎重に抱え、感謝の言葉もそこそこに奥へと立ち去った。
任務は終了のはずだったが、リクの目は館の中の装飾品や家具の隅々に注意を向けていた。
どこか見覚えのある光景がちらつく。
何気なく奥へと目を向けた。
そこには一見普通の本棚があったが、棚の隙間にチラリと見える機械的な装置が目に入った。
リクは冷静を装い、靴ひもを結ぶふりをして棚を観察した。
――間違いない、これ、「バッテリー」だ。
フラーカに「トイレを借りるから、先に出てて」と伝え、奥に進む。
一階には特に何もなかったが、二階の部屋には掃除ロボットが隅で静かに停止しているのを発見する。
外見はほこりを被っているが、その形状にリクは見覚えがあった。
階によって立ち入りのできる人間を分けているのだろうか?
「リック~!帰るわよ~!」
表通りから声をかけたフラーカの元へ急ぐと、リクは咄嗟に笑顔を作った。
「いや、何でもない。ただこの館、すごく豪華だなって思っただけさ」
帰り際、リクはふと裏庭に目を向けた。
そこで見たのは貴族の次男と思しき少年が何かを操作している姿だった。
少年の手にあったのは、明らかにリモコンだ。
そしてその操作によって、小型のドローンが空を旋回していた。
「ドローン……だと?」
リクは衝撃を受けた。
この国では「魔物」と恐れられる存在を、貴族の子供が平然と扱っている。
この国の秩序に対する疑問がさらに深まった瞬間だった。
少年は無邪気な笑顔でドローンを飛ばし、リクに気づく様子もなかった。
館を出たリクは、フラーカと共にギルドへ戻る道すがら考え込んでいた。
なぜ貴族の館には魔物と呼ばれる機械があるのか。
貴族はそれをどうして恐れないのか。
そして、それを平然と使う少年の姿は何を意味しているのか。
フラーカが横で何かを話していたが、リクはほとんど耳に入らなかった。
心の中ではこの国の仕組みに対する疑念が膨らみ続けていた。