7.魔導書と嫉妬
シビウのふっかふかのソファーに埋もれたリクは、目の前に並べられた魔道具、つまり家電製品を観察していた。
エスプレッソマシンでコーヒーまで出してくれて、至れり尽くせりだ。
シビウはリクが忌避感を示さないことに満足げに微笑みながら、説明を始めた。
「これが俺の自慢の『魔法の杖』だ」
彼がリモコンを手に持ち、高らかに掲げる。リクは笑いを堪えながらそれを見つめた。
(…それ、リモコンですよね?)
「お前、本当に変わってるな。この国の連中なら、『呪われた物』だの『穢れた技術』だのと騒ぐところだぞ」
シビウはそう言うと、リモコンを操作して棚の上にある小型の扇風機を回し始めた。
羽が音を立てて回り、やわらかい風が頬を撫でる。
「どうだ?風が出るんだぞ。すごいだろう?」
「はい、便利ですね。でも、それは技術ですよね。魔法じゃなくて」
リクの言葉に、シビウは目を細めた。
「そうだな。だが、この国じゃ『魔法』って呼んでおいた方が忌避されず生き延びられるんだよ。お前もそう言っておけ、いいな?」
シビウは棚から分厚い本を取り出し、リクの前に置いた。『初心者入門!サルでもわかる やさしい電気の本』と表紙に書かれている。
「これはな、魔導書だ」
「魔導書?」
リクが訊ねると、シビウは悪戯っぽく笑った。
「まあな。この国の連中は文字が読める奴も少ないから、こういう本を見ただけで怯えるんだ。けどお前は読めるだろ?持っていけ、暇つぶしくらいにはなる」
リクはページをめくり、中に書かれた図解や説明を見て心を躍らせた。
電気の仕組み、回路の基礎、さらには簡単な修理方法までが初心者向けに書かれている。
「これ、本当にもらっていいんですか?」
「いいさ。お前みたいな変わり者にはちょうどいいだろう」
シビウの言葉に、リクは素直に礼を言い、魔導書を大切に抱えて家を出た。
シビウの家を出てすぐ、リクは待ち構えていたフラーカに出くわした。
彼女はリクが手にしている本を一目見るなり顔を険しくした。
「それ、どこで手に入れたの?」
「森の中で親切な人に貰ったんだ。すごく面白い本だよ。魔導書だって」
リクが説明すると、フラーカは彼の手から本を奪い取った。
「リク、あんたバカなの?こんなもの持ってたら大変なことになる!」
「どうして?これってただの本じゃないか」
「ただの本じゃないわ!教会の連中に見つかったら『異端』扱いされるわよ。あんたの立場がどうなるか分かってる?」
彼女の必死な表情にリクはたじろぎながらも言い返した。
「でも、これを知れば、もっと多くのことが分かるかもしれない。魔物や魔石のことだって」
その言葉にフラーカの目が揺れた。
彼女はリクの探究心に理解を示しつつも、内心では不安と嫉妬が渦巻いていた。
彼女は文字が読めるのが自慢だったが、リクが手に入れた本には自分では到底及ばない知識が詰まっていることを痛感していたのだ。
フラーカは深く息を吐いて、本をリクに返した。
「好きにすればいいわ。でも、深入りしないで。この国では知りすぎることがどれだけ危険か分からないの?」
「分かってる。でも、それでも知りたいんだ」
彼の固い決意を前に、フラーカはそれ以上何も言えなかった。
リクを守りたい気持ちと、彼の突き進む道への嫉妬や恐れの間で複雑な感情を抱えていた。
森を出た二人は無言で歩き続けた。
フラーカはリクの背中を見つめながら、彼が自分の知らない世界に踏み込んでいくのを感じていた。
「無茶だけはしないでよ、リク……」
小さく呟いた言葉は、リクの耳には届かなかった。