6.隣人と家電製品
朝陽が街の屋根を照らし始めた頃、リクは宿を出た。
宿と言ってもカプセルホテルのようなものだが、何といってもお財布に優しいので助かっている。
リクは昨日と同じようにギルドで薬草採取のクエストを受注し、街を出た。
薬草の種類はすでに覚えたし、街の外の空気にも慣れてきた。
フラーカには注意されたが、今日は少し奥まで足を伸ばしてみるつもりだ。
一方で、フラーカもまた、危なっかしいリクのことが気になっていた。
特定のパーティーは組んでいないし、ここしばらくは商人の護衛の予定もない。リクのことは気まぐれで二度助けたが、これも何かの縁だ。「一人で出歩かせるのは危険だ」と感じ、こっそり後をつけていた。
森の奥に進むと、リクはそこが静かで不気味な雰囲気に包まれていることに気づいた。風が吹き抜ける音に混じって、妙な音が聞こえる。「ブブブン ブーン」という音――まるで古びたエンジンが動いているようだった。
「誰かいるんですか?」
声をかけると、茂みの奥からボサボサの髪をした中年の男が現れた。
男は薄汚れたローブをまとい、長い筒と持ち手の付いた物体を持っている。
「おいおい、冒険者か?ここに何しに来た?」
男は嫌そうな表情を浮かべながらリクを睨む。
「薬草採取の途中で迷い込んだんです。あなたは?」
リクが尋ねると、男は大きな溜息をついて答えた。
「俺の名前はシビウだ。お前のような小僧が踏み込んでいい場所じゃないぞ。さっさと引き返せ」
リクが引き返そうとせず立ち尽くしていると、シビウは目を細め、後ろ手に持っていた物体を前に構えた。
「悪く思うなよ、冒険者。これが魔法ってやつだ」
そう言って彼が手元のスイッチを押すと、物体はブンブン唸り、長い筒から強烈な風が吹き出した。
それを見た瞬間、リクは思わず笑いを堪えた。
「それ……ただのブロワーですよね?落ち葉掃きでもしてたんですか?」
シビウの表情が一瞬で硬直した。
冒険者なら恐怖で逃げ出すはずだったのに、目の前の少年はまったく動じていないどころか、平然と製品名を口にした。
「おい……お前、一体どこでそれを知った?」
シビウは警戒しながらも興味深そうにリクを見つめた。
「まあいい。お前みたいな奴は珍しい。来い、面白いものを見せてやる」
シビウはリクを自分の住処に招いた。
そこは森の奥に隠れるように建てられた小さな小屋で、外観はごく普通の古びた家だ。しかし中に入ると、リクは目を見張った。
棚には見覚えのある家電製品が並び、天井からは使い古されたケーブルが垂れている。電子レンジ、食洗機、電気スタンド……異世界で見るはずのないものばかりだ。電線はないから、家庭用の発電機でも使っているのだろう。
「驚いただろう?」
シビウが得意げに言うが、リクは落ち着いた様子で答えた。
「ええ、街中と比べてだいぶ暮らしやすそうですね」
「お前、魔の者か?」
「え?」
シビウは眉をひそめたが、すぐに笑みを浮かべた。
「いや、何でもない。お前、変わったガキだな。俺が見た冒険者の中でも一等奇妙だ」
話を聞くうちに、シビウがかつてこの国で「魔法使い」として名を馳せていたことがわかった。
魔法使いは珍しく、彼ももともと国立の研究機関に所属していたというが、今ではほとんど人付き合いをせず、持ち込んだ家電製品を修理しながらひっそりと暮らしているという。
「魔法使いって、本当に魔法を使うんですか?」
リクが訊ねると、シビウは鼻で笑った。
「魔法なんてものは存在しない。俺たちはただ技術を知っていただけさ。だがこの国じゃ、技術を見せびらかせば迫害される。だから『魔法』なんて名前で誤魔化してきたんだ」
その言葉にリクは納得した。やはり、この世界の「魔法」は地球の技術そのものだったのだ。
「だから生き物ではない機械のことも魔物と?」
「そうだ。この国の人間からしたら魔法使いは魔物を使役するとんでもないやつに見えるんだろうな」
シビウと話しているうちに、この国における「魔法」や「魔物」への価値観がわかってきた。
人々が魔法使いに向ける感情は、尊敬と畏怖、忌避感…といったところだろうか。
「お前、俺と同じ匂いがするな。どこでそんな知識を手に入れた?」
シビウが探るように聞くが、リクは異世界転移について初対面の人間に話す勇気は出なかった。
心苦しいが、誤魔化すことにする。
「冒険者になって魔物を見たけど、どう考えたって生き物じゃないでしょ。誰かが何かのために作ってると思ったんだ。でも、人に聞いてもみんな嫌な顔をして教えてくれないし、何かあると思って」
幸いシビウもそれ以上問い詰めることはせず、酒を煽りながら家電の話を続けた。
この男が隠遁生活を送っているのは、働くのが嫌になった以上に、何か事情があるのだろう。