5.穢れと教会
夕方、採集が終わってギルドに戻ったリクは、街の人々や冒険者たちから「魔物」と「魔石」について情報を集めていた。
ギルドは賑わっていた。
受付には新人とみられる冒険者らが列を作り、ベテラン冒険者たちはテーブルを囲んで談笑している。リクは勇気を出して声をかけた。
「すみません、昨日冒険者になったばかりなのですが、魔物について教えていただけませんか?」
声をかけたのは、装備をしっかり整えた中年の冒険者だった。
彼はリクを一瞥し、酒を口に含んだ後に答えた。
「魔物か。まず、四つ足魔物は街道沿いに出ることが多いな。突進してくるから、迂闊に近づくな。遠くから矢か魔石弾で仕留めるのが常道だ」
情報をまとめると以下のようなことらしかった。
まず、「四つ足魔物」や「転がる魔物」と呼ばれるものがいるらしい。
車輪(=四つ足)で走り回る恐ろしい魔物とされているようだが、これは自動車やロボット掃除機だろう。
それから、空を飛ぶ魔物だ。
鳥のように空を舞う「羽を持つ魔物」と呼ばれているらしい。
音を立てて空を飛ぶため、不気味な存在とされるが、正体はドローンやラジコン飛行機だろう。
「光る魔物」という、光る目や奇妙な光を放ち、夜に現れる恐怖の象徴もいるらしい。これは懐中電灯かな。
ヘッドライトを光らせた車が近づいて来ようものなら、こっちの人は恐怖で腰を抜かしてしまうんじゃないか?
「うなる魔物」を見たという人もいた。
大きな音で唸る恐ろしい存在なんだとか。発電機やエンジンかもしれない。
あと、「うねる魔物」がいると話してくれた人もいた。
工業用ロボットのアームや機械仕掛けの玩具かな。
「魔物って言っても、生きているようには見えなかったんですけど」
「道具は俺たちが使うもんだろ。魔物は気味の悪いことに勝手に動く。魔物ってのは脳味噌がどこにあるんだかわからない気味の悪いもんだ」
「魔物って、どういう仕組みで動いてるんですか?」
リクの質問に、男は途端に顔色を変えた。
「……仕組み?そんなことを考えるもんじゃない。魔物はただの穢れた存在だ。それ以上知ろうとするな」
リクはその言葉に違和感を覚えた。
男の語調には、単なる無知からくる無関心ではなく、何かを恐れているような響きがあった。
その後もリクは他の冒険者たちに話を聞いたが、どれも同じような反応だった。「魔物は穢れた存在であり、その仕組みを探るのは禁忌である」という考えが染みついているようだった。
やり取りを観察するうちに、リクは興味深い事実に気づいた。
ギルド内では、魔物に関する話題が一定のラインを超えると、急に冒険者たちが口を閉ざすのだ。
特に「魔物の治療」や「魔石の使い道」といった話題になると、みな一様に視線を伏せるか、「教会に咎められるぞ」と低くつぶやいて話を終わらせた。
「教会?」
「そうだ、教会の連中が目を光らせてる。魔物や魔石を穢れとして封じ込めてきたんだから、余計なことを言わない方がいい」
どうやら、教会がこの街で非常に強い影響力を持ち、人々の考え方や行動にまで干渉しているらしい。
翌日、市場を歩きながら、リクは冒険者以外の人々とも話してみた。魔物や魔石について尋ねると、どの人も怯えた表情を浮かべ、こう口にする。
「魔物の話なんて穢れが移るだけだ。やめておくれ」
「教会に知られたら、清めの儀式を受けさせられるぞ」
清めの儀式、穢れの話……。
どうやら、この国の人々が「魔物」や「魔石」を単なる恐怖の対象としてではなく、宗教的なタブーとして扱っているらしい。
教会がその信仰の中心にあり、彼らが定めたルールによって人々が魔物に近づかないよう統制されているのだ。
街外れにある教会を訪れてみると、入り口には「穢れに触れる者は罰を受けるべし」と刻まれた碑文が立っていた。
眼光が妙に鋭い門番がいたので中には入るのは止めた。
恰好からリクが冒険者であることがわかったのかもしれない。
街の人々と話したときに、冒険者だからといって差別されたりはしなかったが、冒険者稼業が成り立つのは、一般の人々が魔物に触れることを極端に嫌がっているからかもしれない。
その夜、宿でリクは自分の考えを整理した。
教会が魔物や魔石を「穢れ」として厳しく管理し、仕組みや用途を知ろうとすることを禁じている。
その理由は何なのだろうか?
「もしかすると……この国では『技術』そのものを恐れ、進歩を阻害しようとする力が働いているのかもしれない」
リクの胸には新たな疑念が浮かんだ。この国の教会は、「魔物の穢れ」を理由に、技術的な進歩を阻むために情報を統制しているのではないか。
そして、その情報を操作している裏には、何か大きな目的があるのではないか。
この国で技術が発展しないように仕向けているのは、果たして教会だけなのか?それとも……。
次の日、薬草採取のクエストを兼ねて街の外に出たリクは、さらに深い謎に足を踏み入れることになる。