20.告解と落雷
翌朝、王宮の門前には怒れる群衆が押し寄せた。
王室の兵士たちが門を守っていたが、彼らの表情には迷いが見える。中には民衆に加わろうとする者もいた。
リクたちはジジの手配した荷車に乗り、広場に到着した。
雨は降り続き、重い空気が街を包み込む。
リクはスピーカーを手に取り、王宮の中に呼びかけた。
「王よ、聞こえているか! これ以上沈黙を続ければ、この国は無秩序に陥る! 今ここで、あなた自身が真実を語らなければならない!」
しばらくして、王宮の大扉がゆっくりと開いた。中から現れたのは威厳を保とうとする初老の王だった。
だが、その目には疲労と諦めが浮かんでいた。
王は一つ深く息を吸い込むと、群衆を見渡しながら言葉を発した。
「民よ、私はこの国の頂点に立つ者として、長い間お前たちを裏切り続けてきた。その事実を、私は今日、この場で公にしなければならない。」
その一言で、広場にいた群衆は息を飲んだ。ざわつきが一瞬広がるが、王が続けると、静寂が戻った。
「貴族たちは、お前たち庶民を見下し、技術を独占していた。彼らは、自らが優越感に浸るために、お前たちを技術から遠ざけてきた。技術を使えば生活は豊かになる。それを知りながら、彼らはあえてその事実を隠し、進展を妨げてきたのだ。」
王の声が重く響く中、民衆の中から怒りの声が上がる。
だが、王は手を挙げてそれを静めた。
「それだけではない。教会と貴族は結託し、魔物と呼ばれる存在を利用してお前たちを恐怖に陥れた。魔物――いや、機械は、実際には汚れたものでも、恐ろしい存在でもない。それは人間が作り出したものであり、制御可能なものだ。それを知りながら、教会はお前たちに嘘をつき、魔物を討伐する英雄譚をでっち上げてきた。」
広場が再びざわつく。その中で、王はさらに深い懺悔を語り始めた。
「私自身もまた、その欺瞞に加担してきた。この国は、隣国――いわゆる『魔物の国』から目こぼしを受けてきた。その理由は、この国が技術的に遅れていたからだ。脅威にならないと判断され、彼らは我々を見逃していた。だが、その遅れをわざと作り出していたのは、私たち貴族と教会だ。」
王の声が震えた。彼は民衆の目を見据えながら、苦渋の表情で続けた。
「魔物の国には、お前たちと同じ普通の人間が暮らしている。だが、彼らは技術を使いこなし、便利で豊かな生活を送っているのだ。この国でも、魔法研究所には、生活を大きく変える技術がたくさん存在していた。それらはすべて、貴族のために独占され、一般庶民には一切共有されなかった。」
王は静かに頭を垂れた。
「私の罪は重い。これほど多くの人々を苦しめてきたことに対し、何の言い訳もできない。ただ、この国を変えることは、私に残された最後の務めだと信じている。」
雨が降り始めた。細かな滴が広場を覆い、王の衣服を濡らしている。
それでも彼は頭を上げ、最後の言葉を放った。
「これからは技術を貴族や教会の独占にさせない。リック、シビウ、リンディータ、フラーカ――お前たちを新たに設立する『技術省』の長に任命する。お前たちが中心となり、この国を新しい時代へ導いてほしい。」
王の宣言に群衆が一瞬静まり、次の瞬間、歓声と涙が入り混じった叫び声が響き渡った。
革命は無血で成し遂げられたのだ。
広場が歓声と涙に包まれる中、リクは胸の中で静かに誓いを立てた。
彼は民衆を見つめながら、未来への責任を深く自覚していた。
数日後、リクたちは民衆の前で叙勲されることとなった。王が直接リクたちに勲章を授与し、新設された「技術省」の長に任命する儀式だった。
広場には人々が集まり、晴れやかな空気が漂っていた。だが、リクはどこか落ち着かない感覚を抱えていた。
「……なんか、これで終わりって感じがしないんだよな。」リクはぽつりと呟いた。
「何言ってるの? 私たちやったんだよ。」フラーカが微笑んだ。「もっと自信持ちなさい。」
「うん、そうだね。」リクはぎこちなく笑い、王のもとへ歩みを進めた。
その瞬間だった。空が真っ白に光り、耳をつんざく轟音とともに、リクの全身を雷が貫いた。
気が付くと、リクはゴルフ場跡地のソーラーパネル群の横に立っていた。
雨は上がり、光が差し始めている。風は穏やかだった。
横には乗っていたはずの自転車が転がっているが、体には外傷も痛みもなく、服すら焦げていない。
「……え?」
リクは呆然と周囲を見回した。そこは間違いなく日本だった。
「……終わった、のか?」
呟きながら、リクはぼんやりとした頭で思い出す。
そういえば、この場所に来たのはコンビニでアイスを買うためだった。
リクは、自分がいかに些細な目的でここにいたかを思い出し、苦笑を漏らした。
アイスを食べる気はとうに失せていた。
冷えた体と、心の奥に刻まれた異世界での経験が、それどころではない心境にさせていたのだ。
どうしてこんな事態になったのか。
異世界での経験が現実離れしていたせいか、何もかもが夢だったような気さえする。
溜息を一つつくと、リクはずぶ濡れのまま家へと歩き始めた。
家に着くと、リクは濡れた服を脱ぎ、タオルで頭を拭きながら、本棚に手を伸ばした。
そこには一冊の本があった。
『初心者入門!サルでもわかる やさしい電気の本』
「……また一からやり直し、か。」
リクは苦笑しながら本を開いた。どこかで再び、技術を通じて誰かの人生を変えられる日が来るかもしれない。そんな漠然とした希望を胸に、リクはページをめくった。
これにて完結です。お付き合いいただきありがとうございました!
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