15.再会と教会潜入
リクは、教会の裏に隠された秘密を調査するために、信頼できる協力者を探していた。
だが、彼にはこの国で信頼できる人脈などほとんどない。
シビウやリンディータは知識と技術で支えてくれるが、現地での案内役として動くには不向きだった。
そんな中、リクの脳裏に浮かんだのは、冒険者として一緒に旅をしたフラーカの顔だった。
彼女は実直で、確かな判断力を持つ人物だった。
そして何よりも――リクは少し気まずさを覚えながらも思い出した。フラーカの実家は教会だ。
「教会に詳しい彼女なら、調査に協力してくれるかもしれない。」
彼はフラーカを訪ねることを決めた。
だが、彼女はリクが魔物や魔族に興味を持っていることを知って怒りを露わにしていた。
再会して協力を頼むのは簡単なことではない。
それでも、他に頼れる人間がいない以上、試すしかなかった。
翌日、リクは隣町にあるフラーカの宿泊先を訪れた。
冒険者たちが利用する簡素な宿だ。
宿の主人に彼女の居場所を尋ねると、共用の食堂で食事をしていると教えられる。
リクが食堂に足を踏み入れると、簡素な木製のテーブルに座ってスープをすすっているフラーカの姿を見つけた。
彼女はリクに気づくと、スプーンを置いて少し驚いた表情を浮かべた。
「リック? 一体どうしたの?」
「フラーカ、少し話を聞いてほしいんだ。」
リックは緊張しながら、椅子を引いて向かいに座った。「君の助けが必要なんだ。」
「助け?」フラーカは眉をひそめた。
「あなたは私に何も言わずこの街を去ったじゃない。それでも私を頼るなんて、何があったの?」
リクは深く息を吸い込んでから、視線を彼女に向けた。
「教会について調べたいんだ。裏で何かが行われている。君の実家が教会だということは知っているし、教会周辺に詳しい君に案内を頼みたい。」
フラーカはその言葉に沈黙した。
彼女の顔には困惑と怒り、そして少しの興味が混じっていた。
「私が教会を調べるのを手伝うと思う?」彼女は冷ややかに言った。
「実家は教会だし、父は神父よ。それに、君が魔物に興味を持っていることも知っている。私がそれを受け入れると思う?」
「フラーカ、確かに僕は魔物や魔族に興味を持っている。でも、僕が調べようとしているのは、ただの好奇心のためじゃない。技術がどう使われているのか、何がこの国の人々を苦しめているのかを知りたいんだ。それを知れば、きっと君も納得してくれる。」
リクの真剣な声に、フラーカは再び沈黙した。彼女の中で葛藤が始まったことは明らかだった。
「……簡単に協力するとは言えないわ。でも、話を聞くだけは聞いてみる。」彼女は小さく溜息をついた。「教会で何が起きているのか、少し興味が湧いてきたのも事実だし。」
リクはその言葉に安堵し、深く頭を下げた。「ありがとう、フラーカ。」
彼女はスープを飲み干し、立ち上がった。「それじゃあ、今から教会周辺を見て回るの?」
「まずは調査の計画を練りたい。その後で、一緒に行動してもらえれば助かる。」リクは立ち上がりながら答えた。
一瞬の沈黙の後、フラーカはリクの目を見たまま、ぽつりと呟いた。
「…条件があるわ。」
「何だって言って。」
「教会を穢すようなことは絶対にしないこと。それを破るなら、私があんたを捕まえて父に突き出す。」
「約束する。」リクは頷き、差し出した手をしっかり握った。
こうして、フラーカはリクと共に教会調査に協力することを決めたのだった。
彼女の中にはまだ疑念が残っていたが、それでも彼の言葉には誠実さがあった。
そして、何よりも――彼女自身が信仰と現実の間で揺れ動く自分に気づいていた。
数日後、フラーカが案内役となり、リクとリンディータの3人で教会の敷地内を探ることになった。
フラーカの知識のおかげで、巡回している神父たちをかわしながら、教会の裏手にある古びた倉庫の中へと潜り込んだ。
「この倉庫、使われてないはずだけど。」フラーカは不思議そうに呟いた。
「中に何があるのかなんて、私も知らない。」
「調べてみよう。」リクが声を落とし、慎重に扉を開けた。
倉庫の中は薄暗く、埃の匂いが充満している。
しかし、床の中央には不自然に新しい木箱が積まれていた。リンディータが近づき、箱を覗き込む。
「これは…配電盤?」リンディータがつぶやく。
「配電盤?」フラーカが怪訝そうに聞き返す。
リンディータは箱を指さしながら説明する。
「簡単に言えば、電力を分配する装置。これがあるってことは、近くに発電所があるはず。」
「発電所?」フラーカの眉がさらに深く寄る。
「教会がそんなものを持ってるなんて聞いたこともない。」
リクは箱の中に目を凝らし、そこに貼られたラベルを読み上げた。
「『出力:20kW、製造国:ファ・メカニカ』…魔族の国で作られたものだ。」
その言葉に、フラーカの顔が青ざめた。
倉庫を出た3人は、さらに内部の調査を進め、教会の地下へと足を踏み入れた。
フラーカが語るには、この先は「聖域」とされ、一般の信者は立ち入ることを禁じられている場所だという。
暗い回廊を進んだ先には、鉄の扉が立ちはだかっていた。
リンディータが持参した工具で鍵を解除し、中に入ると、そこには奇妙な光景が広がっていた。
部屋の中には壁一面に並ぶモニターが設置され、それぞれがこの国中の映像を映し出している。
「これは…監視カメラだ。」リクはモニターに映る街の風景を指さし、呆然とした。
「監視カメラって何?」フラーカが困惑しながら尋ねる。
「つまり、街の人たちを隠しながら見張るための目だよ。」リクが答えた。
フラーカの顔には不信と怒りが入り混じった表情が浮かんでいた。「そんなの、教会のやり方じゃない!」
「でも、現実はこれよ。」リンディータが冷静に告げる。
「教会は『神の力』として、この技術を利用して人々を操っている。それだけじゃない。発電所も含めて、これらの技術のほとんどは魔族の国から来ている。」
その言葉に、フラーカは何も返せなかった。
教会の地下で見た光景は、フラーカに大きな衝撃を与えた。
「魔物の技術を、教会が…」彼女は膝をつき、呟いた。
目の前の現実を否定したい気持ちが込み上げてくる。
しかし、それは長年信じてきた信仰を自分の手で砕くような行為に思えた。
彼女の頭の中で、いくつもの声がささやき始める。
「これは悪魔の誘惑だ。」
幼い頃から教え込まれた言葉が、耳の奥で鳴り響く。
父の厳格な顔が浮かび、「信仰を守れ」と叱咤するようだった。
「でも、これは真実だ。」
もう一つの声が囁く。
これほど具体的な証拠を前にして目を背けるのは、ただの臆病者のすることだと。
「信じることは正しいの? でも、それが間違っていたら?」彼女はぽつりと呟いた。
リクが静かにその場に膝をつき、彼女の顔を見た。
「君は教会の信仰の中で育ったんだろう。」リックが静かに言った。
その言葉に、彼女の心の奥深くが突き刺された。
「そうよ。私の全ては教会があってこそだった。」彼女の声は震えていた。
「私は、神父である父の言う通りに、教えられたことを守ってきた。でも…」
言葉を詰まらせる彼女を、リクはただ黙って見守っていた。
「でも私は、この手で教会を裏切ろうとしてる。」彼女の拳は震え、歯を食いしばっていた。
「父のために、教会のために、これまでずっと努力してきたのに、今さらそれを否定してどうするの?」
フラーカの中で、家族への想い、信仰への忠誠心、そして目の前の真実がぶつかり合い、渦を巻いていた。
「君は何も裏切っていない。」リクの言葉が、その渦の中に静かに響いた。
「君が信じてきたものを大切にすることと、真実を知ろうとすることは、同じくらい価値のあることだ。」
「でも、父はどう思う? 私がこんなことをしているなんて知ったら…」
「君のお父さんがどう感じるかはわからない。でも、真実を知ることで何かが変わるなら、それは君が信じてきた教会を本当に守るための一歩かもしれない。」
その言葉は、フラーカの中に小さな火を灯したようだった。
「…私は間違ってない?」
リクは真剣に頷いた。「間違っていない。」
フラーカは長い沈黙の後、ゆっくりと立ち上がり、リクを見据えた。目には決意が宿っていた。
「…わかった。やるわ。私も一緒に真実を探す。本当は、あなたと町の外で魔物を見たとき、どこかでこうなるんじゃないかって予感がしていたの」
フラーカはこの瞬間、教会の教えと、自分自身の信念の間に折り合いをつける道を選んだ。そしてリクたちとともに、この国の真実を探る旅を歩み始める。
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