12.視察団と魔族の正体
リクは、研究機関に与えられた一室で図面を見つめていた。
机には広げられた設計図と、分解された掃除機の部品が散らばっている。
小さな手でコンパスを操作し、慎重に新しい構造を描き込む。
彼の目の前にあるのは、軽量化されたフレームと、簡素化したモーター駆動の設計図だ。
「こうすれば持ち運びが楽になるし、壊れにくくなる…よし。」
自分の進捗に満足しながらも、どこか緊張感を拭いきれない。
それは、研究機関に明日やってくるという視察団の話を聞いていたからだ。
翌日、視察団は時間通りに到着した。
豪奢な衣装をまとった貴族たちは、研究機関の大理石の廊下を悠然と歩き、その背後には従者や護衛が続いている。
彼らの姿は、所長(初日にリクに声をかけたローブ姿の男性だ)の指示で整頓された実験室の空気に不釣り合いな威圧感を漂わせていた。
「ここが王侯貴族が支える研究機関か。相変わらず地味だな。」
先頭の男が鼻を鳴らす。
リクは視察団の言葉を耳にしながら、掃除機の設計図に目を落とす。
無視しようと思っていたが、突然彼らの一人がリクの作業机の前で足を止めた。
「ほう、子どもか? おもちゃでも作っているのかね。」
高圧的な声に、リクは思わず顔を上げた。
「いえ、掃除機の軽量化を試みているんです。」
リクが答えると、視察団の中の男がくすりと笑った。細面で、白粉を塗っているようだ。
「掃除機だって? 使用人のためになるものなんて作って、何になるんだ?」
男の声には明らかな侮蔑が込められていた。
「ですが…これが完成すれば、誰でも簡単に掃除ができるようになります。」
リクが反論すると、視察団の貴族たちは一斉に笑い声を上げた。
「誰でも? おかしなことを言う子どもだ。掃除など、使用人に任せておけば良いのだよ。」
リクはその言葉に憤りを覚えながらも、何とか飲み込んだ。
視察団は、次にリンディータの実験室へ向かっていった。
リンディータの実験室は、エアコンの部品や冷媒システムで埋め尽くされていた。貴族たちは部屋に入るなり、目を輝かせた。
「これはすばらしい! これがあれば、夏の暑さも冬の寒さも関係ないのだろう?」
視察団の一人がリンディータに問いかけた。
「現在の技術では、既存のエアーコンディショナーの部品を修理することはできますが、冷媒ガス……冷やすための特殊な気体が確保できず、補充ができません。新品の製造は難しいです。」
リンディータはいつもとは異なり、感情を押さえつけた声で説明した。
だが、その言葉を聞いた視察団の表情は一変した。
「馬鹿げている! 魔族の国でできることが、我々の国でできないなどあり得ない。」
「技術を出し渋っているのではないか?」
無茶な要求に、リンディータの表情はこわばった。だが、彼女は反論することなく視察団を見送った。無表情に見えたが、リクには彼女の嚙み締めた唇から血がにじんでいるのが見えた。
その日の夜、リクは研究室の片隅でリンディータと二人きりになった。
「どうしてあいつら、あんな偉そうなんだろう。」
リクがため息をつくと、リンディータは一瞬驚いたように彼を見つめた。
「…あんた、本当にシビウの紹介というか…あいつと同じ考えの持ち主だったのね。」
そう言って、彼女は意を決したように口を開いた。
「私は、魔族の国――いえ、技術の国から来た人間なのよ。」
リクの目が見開かれる。
「魔族の国?」
「そうよ。魔物って言われてるけど、私たちはただ技術が発展した国の住民。それだけよ。」
リンディータの目には怒りと悔しさが宿っていた。
リクは黙って彼女の話を聞いた。
貴族たちが、リンディータたち魔族の技術をどうやって搾取しているのか。
彼女が研究機関で何を思いながら働いているのか。
そして、彼女がどれだけ自分の境遇に苦しんでいるのか。
「そっか。それじゃあ良い気持ちしないよね。」
リクの言葉に、リンディータは目を丸くした。
「それだけ? 驚かないの?」
リクは小さく肩をすくめた。
「そりゃあ驚いたけど、技術が発展してるだけなら別に怖くないし。それに、魔族って聞いていた時は異様な見た目をした怖い人たちだと思っていたけど、リンディータだって普通の人だしね。」
その言葉に、リンディータが目を細めて笑った。
「…だったら、あんたはどうしてここにいるの?」
リンディータが問いかけると、リクは少し考え込んでから答えた。
「俺、元々は17歳だったんだ。魔物の国みたいに家電がある世界で暮らしてた記憶がある。でも、気づいたらこの国の田舎で、10歳の子どもになってた。」
リンディータは驚きの表情を浮かべた。
「何それ…本当に魔物の国から来たわけじゃないの?」
「違うと思う。でも、技術を使って人が快適に暮らせるなら、それが広がったほうがいいんじゃないかなって思ってる。」
リンディータは、リクの言葉に何かを感じ取ったように、静かに頷いた。
「リック、あんたに頼みがある。」
リンディータは決意を込めた声で言った。
「私が動くとすぐに監視が入る。空調機の完成を急かされてるから。でも、あんたには監視がついてない。ドローンを作って、シビウと連絡を取ってほしい。」
「ドローンを?」
「ええ。この研究機関から脱出するための手段よ。」
リクはリンディータの決意を目の当たりにし、静かに頷いた。彼の中で、何かが動き始めていた。