八
三度目の攻撃は、さらに巧妙だった。
大海人皇子軍の前衛が、木製の輪を転がし始めた。直径一丈ほどの輪は、柔軟な若竹を編んで作られている。内部には革袋が仕込まれ、水が充填されているようだった。
「あれは...」竹良は目を見開いた。
輪が転がされると、その後ろを這うように兵士たちが進む。輪は盾の役割を果たし、弓矢や投石から彼らを守る。水を含んだ革袋は、火矢への対策だろう。
「新手の攻城具か。」
近江の防衛研究でも、同様の発想は出ていた。しかし実用化には至っていない。若竹の調達と加工、革袋の防水処理、そして運用技術の確立。これらを短期間で実現させた技術力は侮れない。
「弩を、輪に集中させよ。」
しかし大型弩の矢も、柔軟な若竹の編み目を完全には破壊できない。矢は突き刺さるものの、編み目が歪んで衝撃を吸収してしまう。
その時、輪の後ろから投射具が放たれた。
「投り槍!」
それは通常の投槍ではなかった。槍の先端に赤い布が巻かれ、そこから煙が上がっている。
「狙いは...」
槍が木柵に突き刺さると、赤い布から猛烈な煙が噴き出した。風に乗って煙が広がり、たちまち視界が奪われる。
「発煙筒を組み込んだ投槍!」馬子田が叫ぶ。
これも新たな技術だった。寺院で使用される薫香の材料を軍事転用したものだろう。煙の色から見て、硫黄と松脂を主成分としている可能性が高い。
「布の上に塩を撒け!」
関守兵たちが、準備していた塩を撒布する。塩には煙を沈める効果があった。しかし、それは大海人皇子軍の真の狙いではなかった。
煙幕の陰から、破壊工作の部隊が接近していた。彼らの装備も特徴的だ。鉄の小札を革で包んで音を消した短甲。布で包まれた工具類。そして何より、足裏に特殊な革具を付けている。これは足音を消すための工夫だろう。
「木柵の根本を!」
破壊工作の部隊は、木柵の基礎部分に何かを仕掛け始めた。竹良は、それが何かを悟った。
「火薬か!」
寺院の技術者たちが研究を重ねている新技術。硝石と硫黄、木炭を調合した爆発物。まだ完全な制御は難しいが、破壊力は確実だ。
「撤退準備!」竹良の声が響く。「第二防衛線へ!」
不破関は、この事態も想定して造られていた。木柵の五十歩後方には、第二の防衛線が築かれている。土塁と堀、そして櫓を組み合わせた防衛施設だ。