七
最初の衝突は、火矢の応酬から始まった。
関守兵の放った火矢は、特殊な三枚羽を備えていた。通常の矢より回転が速く、炎が消えにくい設計だ。矢筒には松脂が塗られ、これが着火すると強い炎を上げる。
しかし、大海人皇子軍の藤盾には、さらなる工夫が施されていた。
「竹良殿!」馬子田の声が上がる。「藤盾の表面に、何か塗られております!」
火矢が藤盾に命中しても、炎が広がらない。表面に施された処理が、燃え広がりを防いでいるのだ。竹良は目を細めた。おそらく、泥と塩を混ぜた防火材だろう。近江でも研究されている新技術だった。
「投石を再開。」
投石機が再び唸りを上げる。今度は、より重い玉石を使用した。藤盾は衝撃を吸収できても、その重量には耐えられない。数発の命中で、藤盾を持つ兵士たちの陣形が崩れ始めた。
しかし、それは大海人皇子軍の策略だった。
藤盾の隙間から、投射具が放たれた。それは通常の弓矢ではない。長さ四尺ほどの細い竹筒で、先端に鉄の錐が付いている。
「噴射筒だ!」竹良が叫ぶ。「伏せろ!」
竹筒からは、松脂と硫黄を混ぜた火炎が噴き出した。到達距離は短いが、木柵に命中すれば確実に着火する。これは大和の寺院で開発された技術を、軍事に応用したものだ。
「水を!」
関守兵たちは、準備していた水桶から素早く水を掛ける。水には塩が混ぜてあり、木材への浸透性を高めている。しかし、噴射筒の火炎は執拗に燃え続けた。
その隙に、長槍部隊が接近してきた。
「距離、四十歩!」櫓からの声が響く。
長槍の先端に取り付けられた特殊な鉄具が、陽光を反射して光る。近接すれば、木柵を破壊する強力な武器となる。しかし、それには死角があった。
「弩を使え!」
関の両端に設置された大型弩が、うなりを上げて発射される。これは近江の工匠たちが改良を重ねた新型で、通常の弓の三倍の威力を持つ。矢は長さ六尺、先端には鋼鉄の穂先が装着されている。
弩矢は、長槍部隊の陣形を切り裂いていった。藤盾では受け止めきれない威力だ。一度に三人、四人の兵が吹き飛ばされる。
しかし、大海人皇子軍は撤退しなかった。むしろ、攻撃の手を緩めない。彼らの狙いは、短時間での関の突破にあるのは明らかだった。