六
返答の文箭が放たれた瞬間、戦場の様相が一変した。
大海人皇子軍の陣形が、三重の層を形成し始める。最前列には大型の藤盾が並び、その背後に長槍部隊、さらにその後方に弓兵が配置された。これは新しい戦術だった。藤盾は軽量で機動性が高く、従来の木盾や革盾と異なり、複数の兵が同時に持ち上げることができる。
「投石、開始。」
竹良の号令と共に、十基の投石機が一斉に作動した。腕木が唸りを上げて跳ね上がり、拳大の花崗岩が放物線を描いて飛んでいく。石弾は藤盾の上に雨あられと落ちたが、編み目の細かい藤材が衝撃を吸収し、大きな効果は得られなかった。
「なるほど...」竹良は相手の装備を理解した。「藤盾は、投石に対しても有効か。」
通常、投石は重装備の兵士や盾に対して強力な効果を発揮する。しかし藤盾は、その柔軟な構造によって衝撃を分散させることができる。これは明らかに、投石機対策として開発された防具だ。
「弓兵、準備。」
木柵の上の弓兵たちが、一斉に弓を構えた。彼らの使用する矢は、三種類が使い分けられる。通常の鉄鏃付き矢は貫通力に優れ、対人用として最も効果的だ。竹鏃の矢は軽量で飛距離が長く、牽制に適している。そして火矢は、藤盾や木製の装備に対して効果を発揮する。
「彼らの装備には、まだ別の工夫がありそうだ。」
馬子田の言葉通り、大海人皇子軍の装備には新しい技術が随所に見られた。長槍の柄には、滑り止めの工夫が施されている。これは、木柵を引き抜く際の確実性を高めるためだろう。また、兵士たちの草摺には、通常より長い革紐が使われている。おそらく、機動性を重視した改良だ。
「火矢の準備を。」
火矢用の油壺が開けられる。近江の工房で開発された新しい油は、水をかけても容易には消えない。藤盾に対する有効な対抗手段となるはずだ。
その時、大海人皇子軍の陣形に新たな動きが生じた。騎馬隊が二手に分かれ、関の左右を迂回し始めた。これは挟撃の準備というより...
「応援の到着を防ぐ気か。」竹良は状況を理解した。
近江からの増援が到着する前に、不破関を制圧する。それが大海人皇子の狙いなのだろう。時間との戦いが始まっていた。
「各位、持ち場を固めよ。」竹良の声が響く。「これより、不破の戦い、始まるぞ。」