四
朝日が完全に昇り、接近する騎馬隊の詳細が見えてきた。先頭には、大海人皇子の私有馬牧で育てられた特徴的な赤馬が並んでいる。騎手たちは二枚襷の挂甲を着用し、背には長弓を背負っていた。馬具は近江式の改良型で、鞍には高い後輪が付けられている。これにより、騎射時の安定性が増している。
「百歩の位置に、目印の旗を。」竹良が命じる。
二本の白木の柱が、関の前に立てられた。射程の目安となる距離標識だ。柱の間隔は五歩。ここを通過する敵兵の数を数えることで、正確な兵力も把握できる。
「竹良殿。」馬子田が声を潜めて報告する。「後方から歩兵隊も見えてまいりました。」
「装備は?」
「赤漆の長槍、二間ほどの長さのものが目立ちます。盾持ちを前列に配しております。」
竹良は眉を寄せた。長槍と盾の組み合わせは、木柵に対する突撃戦術を示唆している。盾は新たな技術で製造された軽量の藤盾だろう。背面に革を張り、正面には漆を塗布して防水性を高めている。一人で持ち運びが可能で、矢に対する防御力も十分だ。
「投石具の準備を。」
「承知。」
関の裏手には、十基の投石機が配置されていた。近江の工匠が製作した新型で、二丈の支柱に据え付けられた腕木が、バネの反動で石を投げ出す仕組みになっている。射程は二百歩。通常の矢が届かない距離からの攻撃が可能だ。
投石機の弾には、拳大に割られた花崗岩を使用する。これは重さが均一で、放物線を計算しやすい利点がある。弾は既に千個以上が準備され、投石機の脇に山積みされていた。
「先陣、七十歩の距離です。」櫓からの声が響く。
接近する騎馬隊の装備には、さらに特徴的な点があった。馬の胸当てが通常の革製ではなく、鉄の小札を組み込んだ新式のものを使用している。これは機動力をある程度犠牲にしても、防御力を重視する方針を示している。
「彼らの狙いは...」竹良は呟いた。
その時、騎馬隊の動きが変化した。先頭の一団が左右に分かれ、その間から一騎が前進してきた。白馬に跨る武者は、直垂の上から赤漆の挂甲を着けている。腰には太刀を佩び、背には金具の輝く漆塗りの靫を負っていた。
「使者か?」馬子田が問う。
「いや...」
竹良の言葉が終わらないうちに、白馬の武者が弓を引き絞った。その動作は、ある意図を持っているかのように、緩やかだった。