十二
++第三防衛線への撤退路が、既に塞がれていた。
「伏兵!」馬子田の声が響く。
後方の林から姿を現した部隊は、特殊な装備を身につけていた。革と布で包まれた甲冑は、音を立てない工夫が施されている。弓は通常より小ぶりで、林間での運用に適している。これは明らかに、潜入戦専用の装備だった。
「夜陰に紛れて...」竹良は状況を理解した。
彼らは昨夜のうちに、第三防衛線の背後に回り込んでいたのだ。その時、竹良は不破関の設計上の欠陥に気付いた。第三防衛線の背後の林。あれは敵の潜入を防ぐために伐採すべきだった。
「包囲された形だな。」
戦況は急速に悪化していく。信濃からの増援部隊は、予想以上の練度を見せていた。彼らの使う戦術は、明らかに近江軍のものを基礎としている。しかし、そこには新しい工夫が加えられていた。
騎馬隊は横一列に広がり、弓による一斉射撃を行う。これは従来の突撃戦術とは異なる運用だ。馬上からの集中射撃は、防御側の陣形を効果的に崩していく。
「竹良殿!」馬子田が駆け寄ってきた。「残る選択は...」
その時、大きな音が響いた。
第二防衛線の土塁が、内側から崩れ始めたのだ。潜水部隊が仕掛けていた技術は、単なる近接戦だけではなかった。彼らは土塁の基部に、新たな破壊工作を施していたのだ。
崩落は急速に広がっていく。土塁の構造上、一度崩れ始めると連鎖的に破壊が進む。粘土で固められた表面が、大きな塊となって崩れ落ちる。
「降伏の準備を。」竹良は静かに告げた。
不破関の守りは、技術的な差によって破られたのだ。大海人皇子軍は、近江の最新技術を理解したうえで、それを上回る工夫を重ねていた。潜水具、軽量はしご、改良型装備。そして何より、それらを組み合わせた巧妙な戦術。
白旗が掲げられる。
その時、東の空がわずかに明るくなり始めていた。不破関の戦いは、実質的にはわずか一夜で決着したことになる。しかし、その短い戦いの中で、日本の軍事技術は大きく進歩していた。
(了)