十
はしごを使った攻撃は、三方向から同時に開始された。
「中央、左翼、右翼...それぞれ二十基のはしご。」竹良は状況を見極める。「面白い作りだな。」
大海人皇子軍のはしごには、いくつかの工夫が施されていた。竹を薄く裂いて組み上げることで、驚くべき軽さを実現している。さらに、上端には鉄製の鉤が取り付けられ、土塁に固定できる設計になっていた。
「投石、開始!」
再配置された投石機が唸りを上げる。しかし、はしごを担ぐ兵士たちの上には、新たな防具が展開されていた。
「亀甲陣か...」
六角形の小型の盾を、甲羅状に組み合わせた防御陣形。各盾は革紐で連結され、一体となって動く。これは大陸伝来の戦術を、軽量化して改良したものだろう。
投石機の石弾は、この防御網を完全には打ち破れない。石は跳ね返されるか、ずれて横に逸れていく。
「弩を!」
しかし、重装備の防御陣形には死角があった。機動性の低下だ。大型弩の矢は、隊形の継ぎ目を狙って放たれた。幾つかの矢は的中し、防御網に亀裂を生じさせる。
だが、大海人皇子軍はその犠牲を覚悟の上だった。弩矢の雨の中を、はしご部隊が着実に前進していく。
「堀までの距離、三十歩!」
その時、竹良は不自然さに気付いた。敵の歩みが、やや遅すぎる。まるで、何かの準備のための時間稼ぎのように...
「後方を警戒しろ!」
直後、悲鳴が上がった。堀の中から、兵士たちが這い上がってきたのだ。
「潜水具!」馬子田が叫ぶ。
彼らは竹筒を使って水中を進んできたのだ。竹の節を抜いて作った長い筒を、口にくわえて呼吸する。この技術は、真珠採りの技法を応用したものだろう。
水中から現れた兵士たちの装備も特殊だった。革の単衣に、細かな鉄の環を縫い付けている。水中での動きを妨げず、かつ最低限の防護を確保する工夫だ。武器は短い直刀。長すぎる武器は、水中での機動性を損なうからだ。
「内側から攻め込む気か...」
堀の中の杭は、潜水部隊にとってはむしろ足場となった。彼らは杭を伝って這い上がり、土塁の内側に達する。
「内側部隊、応戦準備!」
関守兵たちが、内側の防御隊形を形成する。彼らの装備は、近接戦に特化している。短い矛と小型の盾。狭い空間での戦いに適した装備だ。