6月28日 カトラン子爵邸 裏庭1
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「どうしてなんだセレーネ? 本当に君だったなんて」
「えっ……? どうしたの二人とも?」
セレーネは、俺とアレシアを交互に見ている。
倉庫の黄色い灯りの中、三人の間に重苦しい空気が流れた。
「その右手に持っ……」
「あっ!」
扇子のことを問いただそうとした瞬間、セレーネが目を見開き、わざとらしく声をあげた。
アレシアは驚いて一歩下がり、肩がかすかに俺に触れる。
その反応を見たセレーネは、口の端をわずかに上げ、声をさらに大きくした。
「ねえ今はパーティ中でしょ? アレシアは主役なんだから、こんなところ……え? やだ、二人ってもしかして、そういう関係なの?」
「セレーネ、そんなことはどうでもいい」
「どうでもよくないわよ! えっ、付き合ってるの? 二人ってそうなの?」
芝居がかった早口で、こちらを茶化すようにまくし立てる。
友人に対してこのように話すなんて、不自然極まりない。
必死に取り繕おうとする焦りが、声の震えから伝わってくる。
「ねえ、いつからなの?」
「なにを言っているんだセレーネ。それより、君が右手に持っているものを見せてくれ!」
「えっこれ? ここで見つけたのよ。ルドウィクったら怖いわ、どうしたの?」
自分のペースがつかめて来たのか、さっきとは違い、セレーネは開き直ったような態度を見せ始めた。
「それは俺達には通用しないよ」
「わたくしも……あなたがホールで扇子を持っているところ見たの……」
加勢するようにアレシアが小さな声で呟くと、セレーネは唇をぎゅっと結び、眉を顰める。
「気のせいじゃない?」
セレーネは、アレシアの手に扇子を押し付けるようにして渡し、倉庫を出ようとした。
だが、扉の横に俺が立っているため、足が止まる。
その状況にクスッと笑った後、わざとらしいほど大きなため息をつき、こちらを見上げた。
「どうしたのルドウィク」
「話は終わっていないよセレーネ」
「私は話すことは特にないわ? ねえ会場に戻らないの? それとも二人でここに残るの?」
セレーネは、すっかりいつもの口調に戻っていた。
さっきまでの焦った様子も見られない。
アレシアに扇子を渡したことで、このまま逃げ切れると考えているのだろう。
ここで彼女を行かせてしまうとすべてが台無しになってしまう。
アレシアにリュシエンヌの悪口を吹き込んでいた理由……その真意がわからないことには、絶対にこの場所から出すわけにはいかない。
「セレーネ」
「どうしたのルドウィク? ああ! わかったわリュシね。大丈夫よ、ここでアレシアと会っていたこと内緒にしておいてあげる。安心して!」
「誰もそんなこと言っていないよ。それより、君の口からリュシの名前が出たからちょうどいい、聞きたいことがある」
「……なあに?」
一瞬だけ不満そうな表情をしたセレーネが、ちらりとアレシアを見た。
アレシアは、セレーネから全く目を逸らさず、姿勢も崩さない。
その態度を見て後ろめたくなったのか、セレーネは視線をはずし、また俺の顔を見た。
いつもと変わらない褐色の大きな瞳、長い睫毛が震えている。
「なんなのルドウィク?」
「君と、俺と、リュシの関係についてだ」
「何を急に? 私達幼馴染でしょ、それ以外に何かあるの?」
「そうか……アレシアに話していたこととは、だいぶ違うようだが?」
俺の問いかけに、セレーネの褐色の瞳がさらに大きく見開いた。
それでも視線を逸らさない瞳の奥には、僅かに苛立ちの色が見える。
「……知らないわ、もういいでしょ、そこ通してよルドウィク」
「それは出来ない。君がどうしてアレシアにリュシエンヌを悪く言っていたのか、理由を聞くまでは」
「……」
一瞬、セレーネの顔がゆがんだ。
ぎゅっと唇を結び、視線を逸らす。
少し目を伏せ、怒りなのか悲しみなのかわからない表情をしている。
「セレーネ」
「もう! リュシのことなんて知らないってば!」
セレーネは大きな声をあげ、思い切り腕を伸ばして俺を押しのけようとした。
しかし、触れる寸前でその動きが止まり、次の瞬間だらりと落ちる。
「?」
突然、呼吸が止まったかのように動かなくなったセレーネの視線は、俺を通り越し、倉庫の前の道を見ていた。
セレーネの顔色が、みるみるうちに白くなっていく。
「私がどうかしたの? セレーネ」
背後から聞きなれた声がした。
振り返ると、そこには困った顔をしたルルと、まっすぐセレーネを見つめるリュシエンヌが立っていた。




