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6月28日 カトラン子爵邸 中庭

 

 会場から、中庭に出て行く瞬間の後ろ姿が見えた。

 気づかれないよう慎重に後を追う。


 中庭は、さっきまで大勢の人がいたとは思えないくらい静まり返っていた。

 夕暮れに近かった空もすっかり暗くなり、少し離れた場所にいる人の顔はまったく見えなくなっている。


 会場から出たその人物は、急ぐ様子も見せず、ただまっすぐに中庭の奥へと進んでいた。

 中庭の中央では、カトラン家の使用人たちがテーブルの上の食器や花を片付けている。

 庭に置かれている二人掛けの椅子には、会話を楽しむカップルの姿が何組か見えた。


 そんな人達には脇目もふらず、その人物はキングサリのアーチへと進んでいく。

 外灯がない場所を選んでいるのか、着ている服の色さえはっきりと確認できない。

 黙々と歩く後ろ姿に、自分の全身に緊張が走るのがわかる。


 その人物は、アーチの中に入ると、突然中央付近で立ち止まった。

 アーチの向こうには、まだ庭が続いているようだが、外灯も少ない。

 逆光で真っ黒になった人影に気づかれないよう、近くの植え込みに隠れた。


 さて、これからどうすればいいのか……。

 まず、あの人物が本当に扇子を持っているという確証がまだない。

 レスター伯爵夫人の見間違いかもしれない。

 持っていたとしても、突然声をかけると隠されてしまう可能性がある。

 確実に持っているとわかるまでは、声をかけては駄目だ。


 中庭を、少し湿った風が通り抜けた。

 辺りには、自分とあの人影以外誰もいない。

 キングサリの甘い香りと、満開の花がさらさらと風に揺れる音だけが聞こえている。


 さっきまでの会場の賑やかさと熱気を考えると、同じ場所とは思えないくらいだ。

 人影はアーチの中で立ったまま、全く動く様子を見せない。


 いったい何をしようとしているんだ……。


「ハァ……」


 肩で大きく息をすると、自然とため息が口からこぼれた。

 胸の中が、モヤモヤした煙のようなものでいっぱいになっている。

 嫌な予感が全身にまとわりつく……。

 

 会場から、微かに拍手の音が聞こえてきた。

 アーチの中に居る人影もそれに気づいたのか、ゆっくりと振り返る。


 そして、一歩足を踏み出し、一瞬だけ会場に戻る素振りを見せたが、また立ち止まり元の方向へと向いてしまった。


 なにか迷っているのだろうか?

 それならば、このまま、何事もなかったように会場に戻る可能性もあるかもしれない。

 そうなってくれるといいのだが……。


 息を殺し、人影を見つめていると、木陰から一組の男女がでてきた。

 こちらの姿に声をあげそうになるほど驚き、お互い気まずい雰囲気になりながらも、男女は会場へと戻っていった。


 見ると、二人が出てきたところには少し窪みがあり、隠れるには最適な場所があった。

 あの場所なら、もう少し近づくことができる……!

 木陰から足を一歩踏み出した。


「何をなさっているのですか?」


 急に後ろから声を掛けられ、心臓が口から飛び出しそうになるほど驚いた。

 両手で口を押え、恐る恐る声の方向に振り返る。

 そこには、俺が驚いたことにつられたのか、目をまん丸にして両手で口を押えているアレシアが立っていた。


「こんなところで何をやっているんです!?」


 声を潜めて、アレシアに問いかける。


「だって……踊っていると、あなたがあまりに不自然な動きをしていたから気になって……そうしたら、中庭に飛び出して行ったじゃないですか! しかも、リュシエンヌさんを置いて! 昨日の今日で、そんなの気になるに決まってます」


 同じ様に声を潜めたアレシアは、それでも一気に早口で答えた。

 確かに、昨日図書館で話をしたばかりだ……気になっていたのだろう。

 それでも、パーティの主役がここに来ていい理由にはならない。


「でも、あなたは今日の主役、こんなと……」

「大丈夫です! ちょっと『お花を摘みに行ってきます』と伝えましたもの!」


 肩をあげてアレシアはふふっと微笑んだ。

 ダンスが始まってまだ三曲程度だが、カトラン子爵も『お花を……』なんて王女から言われたら、止めることはできないだろう。

 しかし、早く帰ってもらわなくては。


「ルドウィクさんを探してここまで来ましたが、隠れていたので驚きました……あの、アーチの中にいる人影をみていらっしゃったのですね?」


 キングサリの鮮やかな黄色さえわからなくなるほど、辺りは暗くなっていた。

 アーチの向こうに設置された外灯だけが、人影をこちらに教えてくれている。


「ええ……そうですが……」


 アレシアの扇子、それを追ってここまで来たつもりだが、まだ確証がない。

 それを今ここで説明するのももどかしい。だからと言って着いて来られるのも困る。


 その時、人影が少し動いた。


 一旦しゃがみこんだかと思うと立ち上がり、服装を整えているように見える。

 髪を直す右手に、あきらかに何か持っているのがわかった。


「ルドウィクさん。わたくし、昨日図書館でお話をしてからずっと気になってました。あなたが……あっ!」


 話の途中で、アレシアがアーチの方向を指さした。

 人影が、アーチの奥に向かって歩き始めている。


「アーチを抜けると、左は中庭へ戻る道です。右は突き当りになっていて、造園用の飼料などを入れる木製の小さな倉庫があります」

「わかった」


 アレシアの説明を聞きながら、足は人影を追いかけるようにアーチへ進んでいた。

 黄色い花が咲き誇るアーチは12m程度。既にもう人影は見えない。


 このまま左側に進んでいれば、中庭に戻る道……もうこれ以上追及することはないだろう。

 だが、右側に行っていたとしたら……。


 アーチの終わり、一本の街灯が二つに別れた道を照らす中、息をひそめて左側を覗いた。

 人影はまったくない。

 そのまま、ゆっくりと右側に顔を向ける。

 突き当りにある倉庫の扉が、わずかに開いているのが見えた。


「扉が……開いていますね」


 しっかりと後ろから付いてきていたアレシアが、小さな声で呟いた。


「……アレシアさん、君はここから来なくていい。というより、会場に戻ってください」

「しー。聞こえますよ」


 ここで話しているだけでも危険だ、気づかれてしまう。

 倉庫はあまり大きくなく、明かりもついていない。扉は少し開いたままだ。

 アーチの中にいた人影は、右手になにかを持っていた。

 もう、行くしかない。

 こんな時間に一人であんな場所にいるだけで不審者だ。


 そう思ったと同時に、右側の道へ飛び出した。

 倉庫に近づくにつれ心臓は跳ね上がり、その勢いで扉に手をかけた。


「そこで何をしている!」


 わざと大きな声をあげ、右手で扉を全開にした。

 中からすぐに逃げ出せないよう、左手で入口の枠をしっかりと掴む。


 突然声を掛けられたことに驚いたのか、人影は薄暗い中で肩をあげたまま、振り返りもせずに固まっている。

 ふと、入り口の枠を掴んだその壁に、照明の操作盤があることに気づく。

 スイッチを下へおろすと、倉庫の中に薄明かりが灯った。


 小さな電灯の下で見るその姿に、大きなため息が漏れる。


「セレーネ。こんなところで何をやっているんだ?」

「……」


 背中を向けたまま小さく頭を振り、ぎこちない笑顔を浮かべながらセレーネは振り返った。

 隠すように後ろへ回した右手には、アレシアの扇子が握られている。

 

「どうしてなんだセレーネ……まさか本当に君だったなんて……」


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