6月28日 パーティ当日2
給仕が忙しそうに、空のグラスを運びながら目の前を通り過ぎていく。
満開のアーチの中、そこには、鮮やかなオレンジ色の髪を肩から垂らし、まるでティアラのように白い花飾りを付けたアレシアがいた。
クリーム色のドレスには、髪飾りと同じ白い小花の刺繍と宝石がちりばめられている。
誰かを探すように、アレシアが人波を見回している。
一瞬、アレシアと目が合った。
そのまま彼女の視線はリュシエンヌに移り、何事もなかったかのように別の方向を向いた。
横にいるリュシエンヌは、今の彼女に気づいただろうか。
一緒に歩いていた足が、少しだけ止まっている。
「リュシ? どうかした」
「彼女……アレシアが扇子を手に持ってる……」
「それって、あの……?」
リュシエンヌは無言のまま、小さく頷いた。
俯いたまましばらく考え込んでいるので、一旦アーチの傍から離れることにした。
植え込みの近くのテーブルにリュシエンヌを座らせ、通りがかった給仕に温かい紅茶を頼む。
運ばれてきた紅茶を一口飲んだ彼女は、小さなため息をついた。
「ごめんなさい、驚いちゃって」
「いや、大丈夫だ。前の時は、こんなに早くから扇子は持っていなかった?」
「確か……いえ、わからないかも……」
「わからない?」
俺の問いかけに頷いて、リュシエンヌは少し眉を下げて笑った。
もう一度紅茶に口をつけると、次から次へと人が集まるキングサリのアーチを見て、目を細めた。
「前回は私、挨拶していないの……あなたと彼女が一緒にいて楽しそうにしてたから、近づくことができなかった」
「……すまない」
「今のルドが謝ることじゃないわよ」
「それでも、謝りたい気分なんだ」
「ふふふ、ありがとう。だから、もしかしたら最初から持ってたのかもしれないわ。でも、私が見たのはこの後よ」
「この後?」
「そう。今から30分もすればダンスが始まるの」
リュシエンヌは、中庭に向かって開かれたガラス扉へ目をやった。
その奥はダンスホールになっており、ここからでもわかるくらい豪華な飾りつけがされている。
「ダンスか……」
「ええ。ダンスが始まってから、扇子が色々な人の手に渡り始めたの……」
「その間アレシアは?」
「ずっと踊ってたわ。だってお相手が途切れないの。ま、最初はあなただったけどね」
少しだけ眉をあげ、笑いながらリュシエンヌは俺の顔を見た。
「あーもう! 俺って最悪だな」
「ええ、本当に!」
リュシエンヌは力を込めて言うと、すぐに吹き出した。
つられて一緒に笑ってしまうが、実際は笑い事どころではない。
婚約者を放っておいて、この国に来たばかりのアレシアにべったりだなんて……俺が友人なら見ていられなかっただろう。
そういえば、他の友人達は、どうして誰もリュシエンヌに声を掛けなかったのか。
「リュシ、俺……」
「あーまた謝ろうとしてる、もう本当にいいの。私はいま、新しい毎日を楽しんでる。たまに本当はもう死んでいて、この楽しい日が夢なのかって思う時もあるけど……」
飲んでいた紅茶のカップをテーブルに置き、俺の手にそっと触れた。
「こうやってルドの温かさを感じると、現実なんだって実感するの。今日はいつもより緊張してるけど、あなたがいるから大丈夫よ」
灰青色の瞳がまっすぐに俺を見つめている。
長い睫毛がゆっくり瞬きをし、優しい声と手の温もりが伝わってくる。
「好きだ」
「えっ」
「リュシ、大好きだ!」
「もう!」
顔を真っ赤にして、離れようとするリュシエンヌの手を、しっかりと掴みなおした。
パーティなんてどうでもいい。胸が苦しくなるほど、ただ彼女を好きでたまらない。
庭園に風が吹き、キングサリの香りがここまで漂ってくる。
その香りに、ふと我に返る。
とりあえず、今アレシアに挨拶に行くのははやめておこう。
扇子がこの場にある以上は、何があるかわからない……。
「リュシ、少しここから離れないか?」
「でも、挨拶しなくちゃいけないんでしょ」
「そうだけど、今は扇子を持ってるし……とりあえず離れよう」
「わかった。じゃあ、何か食べましょ」
二人でアーチに背を向け、手を繋いだままたくさんの食事が並べられたテーブルに向かった。
銀のトレーに並べられているフィンガーフードの種類は圧倒的だった。
普段は食べることのない食材や、この時期には珍しい色鮮やかなフルーツ。
一見して華やかで食欲をかき立てられる。
これはあきらかに、カトラン子爵家だけではなく、我が国の王妃が可愛い姪の為に手配したものだ。
「ねえルド。まるでお姫様の宝石箱を覗いてるみたいね。食べるのがもったいないくらい綺麗」
「ちょっとやりすぎかなとは思うけどね」
リュシエンヌの耳元で囁くと、もう一度テーブルの上の食事を見渡した彼女は、フフッと笑って小さく肩をあげた。
来場者たちのおしゃべりが明るく響き、皆がこのパーティを楽しみ、アレシアを歓迎しているのがよくわかる。
女性達はもちろんのこと、いつも以上に男性達の装いに力が入っていた。
会場内で演奏をしていた弦楽器奏者たちが、楽譜を入れ替え、何かの準備をし始めた。
バイオリン奏者が増え、ピアノ奏者も飲み物を口に運び、喉を潤している。
この雰囲気は、きっともうすぐダンスが始まるのだろう。
そんなことを考えていると、一気に若い貴族たちが会場に入り始めた。




