6月18日 パーヴァリ家(リュシエンヌ)
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――その夜 パーヴァリ家
エルネスト家の薔薇園を散歩したあと、ルドと一緒に馬車で屋敷へ戻ってきた。
手みやげは、薔薇の香りの焼き菓子とジャム。
それに、母が大好きなロゼット咲きの薔薇を、馬車からあふれそうなほどたくさん!。
喜ぶ母に、「大好きな婚約者と、その美しいお母様のためです」と、ルドが甘い言葉を言うと、母は私を見て嬉しそうな顔をした。
名残惜しそうに馬車へ乗り込むルドを、母と二人で見送る。
そのあと、母と侍女頭のメアリが薔薇の花束ではしゃいでいる横を通り抜け、私は侍女のケイトと部屋へ戻った。
ケイトが用意してくれた部屋着に着替えているあいだに、ベッドサイドには濃桃色の大輪の薔薇が飾られていた。
「ありがとう、ケイト」
「お嬢様ゆっくりおやすみくださいませ」
ケイトはテーブルにお茶を用意すると、静かに部屋を出て行った。
私はそのままソファに腰を下ろし、くるりと丸くなる。
飾られたばかりの薔薇の香りが、ふわりと鼻をくすぐった。
ああ、今日は本当に夢みたいに楽しい一日だった……。
真っ青な空、美しい薔薇、美味しいお菓子……そして、いつも以上に優しいルド。
二回目の人生を生きていることも、あの日ルドに契約書を書いてもらったことさえも、まるで嘘みたいに思えてしまう。
思っていた以上に、新しい人生は目まぐるしく変わっていく。
もし、あの日ルドに何も言い出せないままだったら……今の私はいなかったのかもしれない。
黙っていたら、ルドはアレシアと恋に落ちていたのかな……。
そういえば、図書館の椅子。インクがついていたって、ルドが教えてくれた。
もちろん、私じゃない……じゃあ、誰が?
ルドがアレシアを好きになったから、婚約を破棄されたんだと思い込んでいた。
でも、もしかして……それ以外にも誰かが関わっていたってことなの?
なんだか急に居心地が悪い感じになり、ソファの上で体の向きを変え、大輪の薔薇を見つめる。
前回、アレシアに起こったことを私のせいだと責めたのは、ルドだけだった。
あの時、誰から聞いたようなことを言ってたけど、それが誰かなんて考える余裕がなかった。
でも今は違う。
じゃあ、あの椅子は、誰が何のために汚したの?
その人は、誰に罪を擦り付けるつもりだったの?
また私に? それともただのいたずら?
前回の人生で、ルドに嘘を教えたのは誰?
今回の目的は何?
「どういうことなの……」
勢いよくソファから身を起こした。
はっきり言ってはいなかったけれど、ルドも気づいている。
婚約破棄の理由は、ただの心変わりだけじゃない。
でも、それを確信できないんだわ。
前の人生では、パーティでアレシアの扇子が消えた。
あれを隠したのは、椅子にインクをつけた人物と同じだったのかもしれない。
でも今回は、ルドが先に椅子を片付けてくれたから、アレシアは何の被害にも遭っていない。
そもそも誰も気づかなかったから、事件にすらなっていない。
扇子がなくなることも、起こらないはず……。
ううん、違う。
ルドとの仲が順調だからって、そんな楽観的に考えてたら駄目なんだわ。
私の知っている未来は、カトラン家のパーティまで。
それまではルドの言うとおりにしよう。
明日からは、図書館へ行くのも、外出だって、必要なとき以外は控えよう。
だって、 もう未来は変わってる。
今日みたいな素敵なデート、前の人生ではなかったんだもの……。
パーティの翌日からは、私の知らない未来が始まる。
すべてが終わったとしても、その先にまた何かが起こるかもしれない。
でも……もし、そうなったとしても、私は大丈夫!
だって私、一度死んでるんだもの!
それより怖いことなんて何もないわ。
それに、今のルドは私を信じてくれている。私もルドを信じてる。
「んーーーー」
ソファから立ち上がりながら、大きく伸びをした。
テーブルの上に用意されていたお茶を一口飲む。
少し冷めた紅茶は、いつもより少し甘く感じた。




