6月12日 案内状2
全てが用意された長机に、リュシエンヌと並んで座る。
教会で使用されるのは、主に茶色いインクだ。
茶色というとやはり、あの椅子を思い出してしまう……。
現在、巷では黒いインクが主流だが、少し前まではどこでも茶色のインクが一般的だった。
そのため、普通の家庭には、今でも茶色と黒のインクは必ずあるはずだ。
インクの色だけで教会関係者を疑うのは、やはり良くない。
リュシエンヌはしばらくインク瓶を見つめていたが、小さく息を吐いて蓋を開き、ペンを浸けた。
彼女の優しい文字に見惚れながら、自分の前に置かれたリストに目を通す。
一番上に、アレシアの名前が書かれていた……。
彼女は一国の王女だ。
日常的に同世代で集まるなんて、自分の国ではあるのだろうか。
ただの17歳として出席する、たわいもないお喋りの会。
きっと本当に楽しみにしているのだろう……いやいや、なにを感傷的になっている。
彼女には気をつけなければいけない、これからも関りあう必要はないんだ。
インク瓶を開けて、ペン先を浸ける。
日付をカードに記入し、封筒にアレシアの名前を書いて吸い取り紙を上に乗せる。
次の名前を書き始めた時、突然セレーネが小さな声をあげた。
「きゃ、びっくりした」
「まあ、おどろかせてごめんなさい」
「ううんいいの。どうしたのアレシア?」
いつの間にかセレーネの正面にアレシアが立っていた。
手には一冊の本を持っている。
リュシエンヌの手が一瞬止まったが、顏をあげずにペンを動かし続けた。
アレシアは、手に持っていた本をセレーネに差し出した。
「もう帰らなくてはいけないんだけど、この本セレーネに選んでもらったから返す場所がわからなくて……」
「ああ、そうだったわね。わざわざありがとう」
「ううん、こちらこそありがとう。あの……皆さんで何かお仕事されてるのかしら?」
アレシアは、セレーネに本を手渡すと、きょろきょろと机の上を見まわした。
カールは、顔をあげすに必死でペンを走らせている。しかし、耳が赤い。
顔をあげられないというより、緊張で動かせないようだ。
ルルはそんなカールに冷たい視線を投げながら、頷いている。
そんな中、ダネルが顏をあげ「お茶会の案内状を書いています!」と、元気よく答えた。
「来週行われるお茶会のことかしら? ルドウィクさんから聞いて、わたくしとっても楽しみにしているの」
一瞬だけ、その場の空気が止まった気がした。
リュシエンヌのペンがカリッと小さな音を立て、カールは顔をあげて俺を見ている。
何も後ろめたいことはないのに、ぶわっと体温が上がる。
アレシアはそんなことは全く気にしていないのだろう。
ただ、笑顔で俺を見ていた。
「そうですね。先日、貴重書架を案内したに話したお茶会です。まだこの国に来たばかりのアレシアさんが、交流を増やせる良い機会ではと思っています」
「はい、ありがとうございます」
「へえ、そうだったのね」
セレーネが少し肩をあげて俺に視線を向けた。
カールはすぐに顔を伏せて、ふたたび案内状を書き始める。
リュシエンヌはまったく顏をあげないままで、ペン先だけを静かに動かしていた。
「アレシアさーん、今回のお茶会は大規模になるので、楽しみにしていてくださいねえ」
「ありがとう、ルルさん」
ルルが声をかけると、アレシアは満面の笑みで答えた。
俺の目の前には、さっき書き終えたアレシア宛ての案内状がある。
吸い取り紙をめくると、インクはすっかり乾いていた。
あ! そうか、今渡せばいいんだ。
この案内状が、前回どうやって消えたのかがわからなかった。
だからこそ、今日は配達人に直接手渡そうと考えてここに来た。
だが、そんなことをしなくても、目の前に本人がいる。渡してしまえばいい。
前回、彼女が故意に来ていなかったと考えた場合、これでおかしな嘘はつけないだろう。
書き上がった案内状のカードを封筒に入れる。
隣を見ると、リュシエンヌが驚くほどの速さで案内状を書いていた。
そっと、机の上に置かれた彼女の左手に手を重ねる。
ペンを動かす手がピタリと止まり、リュシエンヌがゆっくりと顔をこちらに向ける。
その灰青色の瞳をじっと見つめ、俺は手に持ったアレシア宛ての案内状を軽くぱたぱたと揺らした。
その動きを見て、リュシエンヌは首を傾げながら、俺の顔と案内状を交互に見ている。
俺は小さく頷き、アレシアの方へ視線を移した。
リュシエンヌは「あ!」と小さく声をあげ、うんうんと二度頷き笑顔を見せた。
アレシアは、まだルルとセレーネの二人と話をしている。
ようし、今だ。
封筒を持って席を立つと、三人が一斉にこちらを見た。
作業の邪魔をしていると勘違いしたのか、アレシアが俺を見て慌てたように姿勢を正した。
セレーネとルルも会話を止め、こちらに注目している。
「三人とも話しの途中ですまない。アレシアさんにこれを渡しておこうと思って……」
「私に?」
「はい。これが、さっき話していたお茶会の案内状です」
木蓮が型押しされた真っ白な封筒を、アレシアに差し出す。
表にはアレシア・カトランの宛名。
「まあ」と嬉しそうな声をあげ、アレシアは封筒を受け取った。
横にいたセレーネは、何か言いたげな表情で視線を逸らす。
カールが急に顔をあげ、じっと俺を見つめている。ルルはそんなカールを見ていた。
ん? 何やらおかしな空気だ……まさか、もしかして……。
アレシアと話したいために声をかけたと思われているのか?
カールは瞬き一つせず、俺から全く目を離さない。
いやいや、勘違いはよしてほしい。
リュシエンヌさえわかっていれば俺はそれで構わない……だが、周囲に変な誤解をされたままなのは気持ちが悪い。
「あ、いや、特に深い意味はなく、アレシアさんがお茶会を楽しみにしているようなので先にお渡ししただけです。もし配達の事故でもあれば、参加者も悲しみますから」
「お気遣いありがとうございます、ルドウィクさん……」
封筒の宛名を確認しながら、アレシアは小さくお辞儀をした。
顔をあげた視線は、俺ではなくリュシエンヌを捉えている。
まただ、なぜ彼女を見るんだ?
「ルドウィクの言うとおりよアレシア。たっくさんの人が来るの、楽しみましょう」
「ええ、セレーネ」
「もちろん私も行くし、二人も来るよね、リュシ?」
セレーネは、机に向かって案内状を書き続けているリュシエンヌに声をかけた。
案内状篇
キリが悪いので一時間後にもう一話更新します!




