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6月3日 演奏会2

◆演奏会2 帰宅の馬車


ヴェーバー邸をあとにして、帰りの馬車の中。リュシエンヌはすっかり落ち込んでいた。


「私のせいでセレーネが大変なことになってしまったんだわ」

「君は関係ない、たしかに未来は変わった。でも、それは君が何かをしたからじゃない、しなかったから変わったんだ」

「でも……」

「ほんの少し変わっただけの事だ。それより一つ回避できたことを喜ぼうよ、俺は嬉しい」

「うん……ありがとうルド」


リュシエンヌは少しだけ微笑んだ。


「それにセレーネは大丈夫だよ。なんたってクリストフがついてるから」

「ええ、彼がいれば安心だわ。私達、二人が楽譜を取りに行ったあとおしゃべりしてたの。だから、最初はセレーネに何かあったってわからなかった。そうしたらルドの声が聞こえて、どうしたのかしら? って言った瞬間、クリストフは飛び出してたわ」

「さすがクリストフだな、セレーネのことを一番に思ってる。ま、俺がリュシを思う気持ちには勝てないと思うけど」

「……っもう!」


いつものように少し唇を尖らせて、照れているのを隠すように、リュシエンヌは馬車の窓へと視線を移した。車内には車輪の音だけが鳴り響いている。


「あの……彼女、アレシアは?」


外の景色を眺めたまま、リュシエンヌは訊ねた。


「彼女は特に何もなかったよ、まだ楽譜も取りに行ってなかった」

「えっ、そうなの?」

「うん、リュシじゃなく俺が楽譜を取りに行ったことで、何らかの変化が起きていたんだろう」

「そうなんだ……」


あの時、アレシアがリュシエンヌを見ていたことは、言わないほうがいい……。


とりあえず、彼女を避けたことで二人の接触がなかったのは、大成功と言っていいのではないだろうか。アレシアの様子に疑問は残るが、リュシエンヌに何もないことが一番重要だ。


さて、次はなんだったか……ああ、図書館だ。

彼女が座るとわかっている椅子に、いたずらされていた。

これは、どう考えても完全にアレシアを狙ったものだ。

俺とリュシエンヌ以外の誰かが関与している……? そうだとしても、目的が全く見えてこない。


「リュシ、10日なんだけどさ」

「うん」


リュシエンヌは窓から目を外し、こちらに向き直った。


「君は調べ物の為に朝から図書館に行ったんだよね?」

「ええ」

「誰かと約束してた?」

「ううん、違うけど……アレシアがいるのはわかってた。前回は楽譜の事件の時に仲良くなってたから……それに、セレーネは週の初めは必ず図書館にいるでしょ、三人でお話ししたかったの……」


三人がどれだけ仲良くなっていたのかは、詳しく聞いていないのでわからない。

それでも、好意を持っていたのは間違いないだろう。それを俺が……本当に最悪な男だ。

下を向くリュシエンヌのおでこを、人差し指でちょんっとつつく。


「もう、子供みたいにしないで」

「ごめんごめん。で、俺は10日の開館前に図書館に行こうと思ってる。そこで理由をつけて椅子を調べるつもりだ。早く来てるのは司書の勉強をする数人程度だから、大丈夫だ」

「でも……」

「もちろん、君は来なくていいよ。開館したらアレシアが来てしまうだろ? 会わなければまた一つ事件から離れられる」


リュシエンヌは、俺の顔をじっと見つめ「んーー」と何かを考えるような声をあげた。

あれ、俺今なにかおかしなことを言ったかな?


「どうしたリュシ?」

「ううん……なんでもない」


なぜか、リュシエンヌの顔が赤く染まっていく。

馬車内が少し暖かいせいで暑くなってしまったのか、手でぱたぱたと顔を扇いでいる。


「気分でも悪いのかい?」

「ううん……」

「窓を開けようか?」

「違うの……ルドが図書館に行ったあと……会えるかなって」


リュシエンヌの顔がますます赤く染まり、凄い勢いで顔を扇いでいる。

これは……くっ! 嬉しい。

現在の状況になってからのリュシエンヌはこういう事が増えた。

こんなこと口に出しては言えない、でも、俺はとにかく嬉しい!!


「ああ、何の予定もないよ。リュシさえよければ、うちでお茶でもどうかな?」


自然と上がってしまう頬を押さえながら、冷静を装って答えた。

リュシエンヌの表情がぱっと明るくなる。


「本当? 行きたいわ」

「よかった。じゃあ、ヨハンに相談してまた改めて連絡するよ」

「わかった」


リュシエンヌは、美しい灰青色の瞳を輝かせながら微笑んだ。

外を見ると、いつの間にかパーヴァリ家の門の前まで来ていた。

そのまま馬車は門をくぐり、敷地内に入る。リュシエンヌをエスコートしながら馬車を降りた。


「リュシ、今日はゆっくり休んでくれ。10日のことは任せてほしい」

「うん……ルド、本当にありがとう」

「大好きな君の信用を、完全に取り戻したいからね」

「あなたは何もしてないのに……」

「でも、君を悲しませたのは『俺』だから、とにかく俺が悪いんだ、まかせて!」

「ふふ、ありがとう」


今日一番の笑顔を見せたリュシエンヌは、可愛くカーテシーをすると屋敷に入っていった。

背中を見送り、途端ににやけてしまう頬を押さえながら、また馬車に乗り込んだ。


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