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幸福な日常①




「ねぇクラリス、僕達あと半年で正式な夫婦になるんだよ」

「ふふっ、ルイったら。ここ最近ずっとその話ばかりよ?」

「だって仕方がないだろう?初めて君に会ったあの日から、ずっと待ち望んでいた事なんだから」


 そう言いながら僕が不貞腐れたように頬を膨らませていると、彼女は楽しそうに、それでいて少し照れ臭そうに小さく微笑んだ。


「私だってルイと正式に夫婦になれる日が待ち遠しいわ。でも貴方みたいにずっとその事だけを考えているなんて出来ないんだもの」

「ちょ、ちょっとクラリス!?僕以外に君の頭の中を占める人間がいるのかい!?」

「もう、ルイったらそんなに慌てないで。どうしてそんな誤解をするのかしら。ルイは忘れているのかもしれないけれど、私達あと半年で学園を卒業するのよ?卒業したら今みたいに学園で一緒に昼食を取ったり、同じ空間で学ぶ事も、貴方のその姿を見る事も出来なくなるわ。そう思ったら婚姻はもちろん楽しみだけれど、学生であるルイと共に過ごせる今というこの貴重な時間も、私は精一杯楽しみたいの」


 そう言いながらふわりと微笑んだ彼女があまりにも綺麗で、気付けば僕はクラリスを押し倒す形で彼女のお腹に抱きついていた。


「ルイ!いくらここが王太子宮でも、この近さだと流石に注意されてしまうわ」

「平気だよ。ここの宮の主人は僕なんだから、少しくらいなら彼らだって目を瞑ってくれるさ」

「そんな事言って、先日も王妃様に注意されたばかりでしょう?」

「……クラリスは僕にこうして抱きしめられるのは嫌?」


 正論を言う彼女に面白くないと感じた僕は、意趣返しとばかりにわざと傷付いたかのように目尻を下げて悲しそうな表情を作った。

 そしてクラリスを見つめ少しだけ首を傾げると、彼女は途端に顔を真っ赤に染めてはくはくと言葉にならない悲鳴をあげていた。


(クラリスは僕がこうするといつも顔を赤らめるんだよね……あぁ、本当に可愛いな)


 この世界には女神から祝福を授かり生まれてくる人間が一定数いる。それは王侯貴族、平民など一切関係なく発現する。祝福の中には希少なものもあり、希少性が高ければ高いほど扱いも難しく、きちんと扱えるようになる為訓練が必要となってくる。

 その為祝福が発現している人間は十六歳になると必ず祝福を自分自身できちんと扱えるよう、学園に通う事を義務付けられていた。そして祝福持ちが平民だった場合でも、無償で学園に通う事が出来るよう、国が制度を整えている。

 

 僕とクラリス──エイブリー・クラリス・ハミルトンの婚約も、お互いが祝福持ちという事で取り交わされた政略的な婚約だった。

 僕の祝福は"維持”という食物の状態を維持する事が出来るというもの。

 対するクラリスの祝福は、我が国では近年発現が確認出来なかった“繁栄”という希少性の高い祝福だった。彼女の祝福はクラリス自身が何かをしなくては効果を得られるというものではなく、本人が幸福を感じる事で“繁栄”の効果を得られるという、幸福度の高さで効果の強さが変わる大変珍しいものだった。


 僕と彼女の婚約は、お互いが五歳で祝福検査を受けた後、すぐに取り交わされたものだ。

 初めての顔合わせの際、父親であるハミルトン公爵の後ろからおずおずと顔を出したクラリスは、緊張した表情で、でもしっかりとした所作で僕に挨拶をした。


 「おはつにおめにかかります。ハミルトン公爵が娘、エイブリー・クラリス・ハミルトンともうします」


 言い終わった後にほっとしたのか、目の前の彼女は小さく微笑んだ。

 僕はその笑顔を見て、一瞬で恋に落ちてしまった。今思い返してみてもあっという間の出来事だったと思う。

 そんな僕は今でも家族に揶揄われる事があるのだけれど、あの時初めて見たクラリスを僕は本気でお伽話に出てくる妖精だと思っていたんだ。

 お伽話の中でしか見たことのない妖精と将来結婚する事が出来ると舞い上がった僕を見て、大人達は微笑ましそうな困ったような、でも同時に妖精ではなく婚約者は人間だと何度も僕に教えてくれていた。


 それくらいあの日のクラリスは愛らしく、それでいて存在自体が女神から祝福されているかのように彼女の周りだけ纏う空気が違っていたように思う。

 日の光で白く透けて見える金の髪に、宝石のモルガナイトのようなローズピンクの瞳。

 僕と同い年なのに当時の僕よりも小さくて、それでいてふわふわで、クラリスの存在自体が強烈に僕を引き付けてやまなかった。

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