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Log.7 【迎撃】

 結論から言うと、洗濯や着替えの問題は解決した。全裸だったが、素直にネモに相談したところ、水槽に汚れた服を入れるだけで超音波によって汚れを落とす洗浄機械があるらしい。衣服に染み込んだ水も超音波が弾き飛ばして乾くようだ。超音波すげえ。

「おお、すげえ、本当に臭わないな!」

「不思議。あなたが知っていて私が知らないことがあるのに、私が知っていることをあなたがすべて知っているわけではない」

「そりゃあな。君の上官の名前を俺が知らないように、俺と一緒に行動していた回収業者の名前を君は知らないだろう」 

「理解した」

 ネモがこくりと頷く。我ながら良い説明が出来たと納得していると、ふと生じた疑問があった。

「そういえば、君は眠るのか?」

「眠る。休眠せずの活動も可能だけど、私の脳の演算野は動かし続けると能率が落ちるという弱点がある」

「弱点なのか?誰だってそうだと思うけどな」

「現に、私の処理能力が足りなかったために、地上に攻撃機の侵入を許した」

「それってまさか――!」

「そう、おそらくあなたを攻撃した機体。第二衛星はあのとき、地上の複数目標と宇宙の地球軍プラットフォームを同時に攻撃してきた」

「そんな激しい攻撃だったのかよ」

「第二衛星は年々、地球への攻撃姿勢を強めている。最近は地球上に傀儡国家を作って資源の搾取も行うようになった」

「まじかよ……」

「軍は近いうちに第二衛星が大規模攻勢を仕掛けてくると予想している。そのとき真っ先に狙われるのは、おそらくこの場所」

「何でだ?狙うとしたら、大都市とか、大陸とかじゃないのかよ」

「この島は陸地から最も離れている。つまり、敵側から見れば『最も安全な場所』

になるはず。制圧したらここを拠点にして侵攻を始める可能性が高い」

「そういうことかよ」

 無感情に呟いた少女の言葉が、やけに重くのしかかった。

「だからといって、簡単にこの場所を明け渡す訳にはいかない。私がここに居る限り、同じ失敗はしない」

 彼女が瞳に灯す闘志は、簡単には消えそうにない。それは頼もしくありながらも、どこか儚げな印象すらあった。

 なにか言葉をかけてやりたいと思ったが、良い言葉が思い浮かばず口を噤んだ。

 聞いたこともない警報音が船内に鳴り響いたのは、その時だった。

 ネモは警報音に驚く素振りもなく、高射砲を担いだ。

「おい、何が起きたんだよ!」

「緊急事態。複数の突入体が確認された。敵かもしれない」

 ネモは慣れた様子で巨大な対空砲を担ぎ上げる。見ているだけで何も出来ない自分がじれったかった。

 展開された対空砲の支柱が地面に突き刺さり、連結した銃身が通電される。

「目標補足。――生体反応を確認」

「人が乗っているのか?」

「乗っている」

「――撃つのか?」

「わからない。判断できない」

「攻撃機とかではないんだよな?」

「それは間違いない。あれは地球軍の再突入カプセル」

「命は助かるんだよな?」

「わからない。突入角が正常じゃないから、カプセルは耐えられても内部が高温になっているはず」

「なんだと!」

 行き場のない焦燥が胸に焼き付いた。今自分が何をしようがその人を助ける術はない。出来ることは祈ることのみだ。

 真っ黒に焦げ付いた円錐形のカプセルが、パラシュートの減速もままならず、海面に激しく着水した。

「そして問題は――」

「助けに行く!」

「待って、あなたを島から出せない」

「すぐそこだ、人命救助のためだ!必ず戻る!」

「それを保証する担保がない」

「今でもいい。戻らないと判断したらいつでも撃ち殺してくれて構わない!」

「それは――」

 ネモは言葉を詰まらせた。だが彼女は俺を止めようとしなかった。

 飛び込んだ海水は、想像していたよりも遥かに冷たかった。

 焦げたカプセルにたどり着く。高温になったカプセルが、周囲の海水を加熱していた。

「ちっくしょ、あちいなあ!」

 熱に悶えながら、カプセルの救助ハッチをこじ開ける。

「おい!大丈夫か!」

「う、うう」

 白煙の中から現れた、傷だらけの防護服に身を包んだ壮年の男。

 破損したヘルメットから覗くその額からは血を流し、意識も朦朧としている。

「俺がわかるか?」

「あ、ああ。還ってこれたか……」

「その怪我はどうした!」

「これか……なに、こいつの運転が荒っぽくてな……大したことじゃない」

「冗談言ってる場合じゃねえぞ!つかまれ!」

 男と一緒に海に飛び込む。力が入っていないのか、重たく感じる。

 しかし、岸にたどり着く頃には、男の意識は更に薄れていた。 

「おい!頑張れよおっさん!」

「はあ……クソッ、堪えるな」

 水から上がり、仰向けに倒れた男は高射砲を構えたネモを焦点の合わない目で

見つめる。

「おまえさんか、あのとき支援砲撃をしてくれたのか」

「そう。あなたの要請があったから、プラットフォームを守ることができた」

「その声、間違いないな。だがすまない、プラットフォームは」

 男が言葉を詰まらせる。そしてひとこと、

「第二衛星軍に破壊された」

 苦しそうに告げた。

 空が燃える。灰色の空で、真紅の火球が輝いた。落ちてきたプラットフォームだ。煌々と輝くその火球は、直視できないほどの光量で目を焼いた。

「目標補足。炸裂設定、時限信管。――発射」

 衝撃波とともに、極超音速の弾丸が撃ち出された。

 火球に向かって一直線に伸びる弾丸は炸裂すると大量の子弾を放出し、墜ちる火球を粉々に砕いた。

「なんとも、おっかねぇ嬢ちゃんだ」

 広がる爆炎と黒煙を噴きながらおちてゆく残骸を見て、かすれた声で男が呟く。

 満足げに口にしたそれが、この男の最期の言葉だった。

「警戒して。敵」

 ネモは冷静に告げた。黒煙を突き抜けながら現れたのは、第二衛星の攻撃機だ。

 ひとつの巨大な塊に見えたそれは連結を解除し、無数の編隊となって襲い来る。

「迎撃焼夷弾頭、定格出力――発射」

 ネモは立て続けに迎撃弾を発射した。炸裂した弾頭は光熱の火球で防壁を作り出し、攻撃機の装甲を容易く溶解させた。攻撃機の弾頭が誘爆したのか、連鎖爆発が引き起こされた。

「すげえ……」

 思わず息を呑んだ。第二衛星の攻撃機の大群を捌き切るほど卓越した戦闘能力。

ネモは撃ち漏らした攻撃機にも次々と攻撃を命中させ、撃ち落としてゆく。

 しかし、断続的な砲撃音が突如として止む。

「片付いたのか?」

「まだ。砲身がオーバーヒートして冷却が必要になった。武器を変える」

「ちくしょう、俺にも扱える武器は無いのかよ、じれってえ」

「ニールには、弾薬の装填をお願いしたい。そうすれば、私は戦闘に集中できる」

「――!」

 少女に貰った指示以上に、嬉しいものがあった。

「了解したぜ、ネモ!」

 船内に走る。ネモから自発的に名を呼ばれるのはこれが初めてだ。なんだか、認められたような気がした。

 弾薬庫の位置は、鮮明に覚えている。全裸で風呂を探して回った時に見つけた。

 巨大な対空砲弾が取り付けられたベルトを、体に巻き付けた。

「重てえぞ、ちくしょう」

 カートリッジ給電式多目的電磁高射砲の弾丸は、弾頭と、発射薬の代わりに使い切りのバッテリーチャージャーが取り付けられている。このバッテリーが重い。

 だが今できることはこれだけだ。全身に力を込め、ゆっくりと、しかし急いで、そして確実に弾薬を運搬した。

 外に出ると、状況は芳しくないものに変化していた。

 ネモは大型の対物狙撃銃を、拳銃でも扱うかのように両手に構え、迫り来る攻撃機を次々と撃ち落としている。

 拠点としていた宇宙船の尾翼からは空に向けて妨害用のチャフ弾やフレアが断続的に連射され、宇宙船の残骸が積もった地面からはミサイルランチャーがいくつもせり上がり、次々と迎撃弾を撃ち出していた。

「持ってきたぞ!」

「ありがとう。この銃を扱った経験はある?」

「似たようなモノなら使ったことあるぜ、任せろ!」

「あれの弱点は中央の球体。あれを破壊すれば動かなくなる」

「了解だぜ」

 対物ライフルを構え、照準を合わせる。四つの噴射口を自在に操り、不規則に高速移動するその物体を射程に納めるのは難しい。

「くそっ!避けられる!」

 焦りと苛立ちが、冷静な思考を阻害した。

 どんなに撃っても際限なく数が増えてくる。一発。発射した弾丸が、敵攻撃機に命中した。

「やったぞ!でも数が多すぎる!どうすれば――」

 その直後だ。

 後方より飛来した無数の誘導弾が、攻撃機群を焼き払った。

「何だ!?」

 突き抜ける爆音、空に光る銀翼、緑の大地と青い海のエンブレム。地球軍の戦闘機だ。

「援軍要請が承認された。これで戦況の悪化は防げる」

「ちくしょう、頼もしいじゃねえか!」

 今まで軍に抱いていた劣悪な感情が、少しだけ上向いた。しかし第二衛星の勢力も無人攻撃機の一辺倒ではない。ダブルデルタ翼の宇宙戦闘機が大気圏外より飛来し、地球軍機と交戦を始めた。

 地球軍機と宇宙戦闘機は互角に戦っていたが、数的劣勢を強いられていた。

 地球軍機の増援が無いのに対し、第二衛星の機体は次々と突入してくる。

「何だよ!墜としても墜としても沸いてくるぞ」

「今回の攻撃は今までで最も規模が大きい。このままでは防衛戦が崩れるのも時間の問題」

「こんな大規模攻勢をしかけるなんて、よっぽど勝算があるんだな」

「その可能性は高い。私たちは続く攻撃を防衛するので精一杯だから」

 そう言って、冷却が終わった高射砲を少女が構え直そうとした直後。

 巨大な爆発とともに、水飛沫と衝撃波が全身を襲った。

 燃える炎の熱が、空気越しに伝わってくる。拠点の宇宙船が被弾したのだ。

船体は真っ二つに割れ、直撃を受けた船体後部は大破し、炎に包まれていた。

「ネモ!」

 思わず駆け寄る。今まで無傷で戦い続けていた少女が倒れていたのだ。

 ぐったりとしたその肩を抱き上げる。と、少女はぱちりと目を開いた。

「問題ない。バックアップがやられたから一時的に増した負荷に驚いただけ」

「そうか……良かった」

 ネモは起き上がると、何事も無かったかのように立ち上がった。

「オーバークロック実行、演算能力を限定的に引き上げる」

 少女の全身から、湯気のような蒸気がふわりと発生した。バックアップによる演算補助を受けられない分、生体コンピューターとして限界を超えて能力を引き出すことによって補っているのだろう。

 爆炎を切り裂き、舞うように弾を避け、それでいて正確に鉄塊を撃ち抜くネモ。

戦場に白く舞うその少女は、美しささえ感じさせた。

 長い、長い戦闘だった。膠着しつつあった戦況は、ネモの活躍と、最大戦速で

駆けつけてようやく到達した戦闘艦の支援砲撃によって打開された。

 戦闘艦はその足の遅さと引き換えに攻撃能力・防護能力ともに戦局を変えうるほどの戦闘能力を持つ。これによって今回の局地戦における地球軍の勝利は確実となったが、主力艦隊の到着に時間がかかったという事実は、第二衛星側として見た到達不能海域の地政学的優位性を裏付ける結果とも言えた。 

「よっしゃあ!やったな!一時はどうなるっかと思ったぜ!」

 ネモの表情に少しだけ疲れが見られる。少女の全身からは湯気が立ち上り、どこかぐったりしているようにも見えた。

「なあ、大丈夫か?」

「大丈夫。でも、想定より消耗が激しかった」

「助かったぜ、ありがとうな、ネモ」

 まだ張り詰めている顔を緩ませようと、大げさに喜んで見せる。

「まあ疲れているときはゆっくり飯でも食って寝るのが一番だ」

 しかし、少女の口から発せられたのは、想定外の反応だった。

「まだ終わっていない」

「何だと!?」

 思わず周囲を見回す。敵機らしきものは見当たらない。海上には十分すぎるほどの戦闘艦と、空には直掩の戦闘機が周回飛行して警戒にあたっている。

 この状況が覆されるなど、到底思ってなどいなかった。

 一瞬にして現れた爆炎とともに艦隊が蒸発するまでは。

 そのあまりにも大きな爆発は、乾いた破裂音というよりも、地響きのような振動を引き起こした。靴の先にまで海水が押し寄せる。爆発の衝撃が、波として押し寄せていたのだ。

 ネモはすべて想定内と言った表情で、再び高射砲を担ぎ上げて空を見上げる。

 遥か遠方にあると思われたそれは、想像していたよりもずっと近く、錯覚すら起こしてしまうほど巨大なものだった。

「何だあれは!」

「わからない。今までに交戦したことがない」

 戦闘艦を遥かに超越する巨大な構造物が、空を覆っていた。下方に噴き出す無数の炎、いたるところに取り付けられた巨大な砲。さながら「移動要塞」といった規模だろう。

「あれも第二衛星から来たのかよ!」

「おそらく違う。構造部品や規格で他の兵器との互換性がない。恐らくあれは」

 ネモがまっすぐな目で答える。

「月の宇宙戦艦」

 巨大な砲撃で戦力を失おうが、地球軍が外的を排除する姿勢には変わりない。

 残存艦隊は総力を結集し、次々とミサイルを発射した。しかし、それらのほとんどが宇宙戦艦に届くことはなく、艦体下部の迎撃装置から発せられるパルスレーザーが、ほとんどの弾頭を迎撃していた。

 なんとか命中したミサイルも、この大質量に有効打を与えるには、威力が低すぎた。表面の装甲板が少し傷付いている程度で、漆黒の船体がそれによって体勢を崩すことも無かった。

「そんな、こんな化け物どうすりゃいいんだよ!」

「有効打はある」

「ミサイルも砲撃も効かねえんだぞ!どうすりゃいい!」

「私の高射砲でも、おそらく装甲は貫通できない」

「じゃあどうやって!」

「弱点はある」

 ネモが高射砲を構える。狙いを定めたのは、炎が噴き出す推進機部分だ。確かに、推進機を破壊すれば空中に浮かぶ事が出来なくなり、海に落とせるはずだ。

 高射砲を構えるネモの真後ろに控えた。

 電磁加速により、砲弾が勢いよく飛び出した。

 ミサイルを凌駕する速度で飛翔体を撃ち出す電磁砲は、パルスレーザーの迎撃加熱を耐えきり、見事に推進機へ命中した。それまで動きをほとんど見せなかった宇宙戦艦が、動いた。艦首をこちらに向け、舷側の主砲を一点に合わせた。

「おいおいおいおいおい!やべえよ!」

「大丈夫。敵の照準装置に干渉した」

 数多の砲門から火が見えた。多数の砲弾はこちらめがけて飛来し、衝撃波の残響を残しながら俺たちの真横を通り過ぎた。はるか後方で着弾した砲弾は海を焼き、爆発が作り出した水柱は波しぶきとなって雨のように降り注いだ。

「もう少し……」

 ネモは苦しそうに悶えた。体中から立ち昇る蒸気。オーバークロックの影響か。

 何もしてやれないことがじれったい。思わず少女の額に手をやる。すごい熱だ。額に当てたその手を、ネモは祈るように小さな手で包み込んだ。

 直後、残存している戦闘感が、一糸乱れぬ用な動きで砲を旋回させた。海中から現れた機械島の残存砲台やミサイルポッドも同様に同じ方角を指し示した。 

「全火器管制システムの掌握に成功した。目標、敵宇宙戦艦」

 現海域の戦闘艦・戦闘機・支援機すべてのトリガーを握っているというのだ。

さらには撃墜したはずの第二衛星の攻撃機までも支配下に置いたのか、不安定に浮かび上がったそれは、女王たる彼女を守護する蜂の如く宇宙戦艦へ砲口を向けている。

「飽和攻撃、開始」

 一瞬の静寂の後、無数のミサイルが空を埋め尽くした。迎撃が始まる。そして、

「タイムオンターゲット。同時に弾着させる。弾種、対艦徹甲。――発射」

 発射された対艦砲弾が、宇宙戦艦の迎撃装置を起動させた。大型の対艦砲弾で、被弾してダメージを負った攻撃に対して敏感になっているのだろう。

 予測通りだ。脅威度の高いネモの砲に気を取られ、迎撃がお粗末になっている。

 対艦砲弾はパルスレーザーによって迎撃されたが、空を埋め尽くす程のミサイルが宇宙戦艦を全周から攻撃した。

 宇宙戦艦はバランスを大きく崩し、恨みでもあるかのようにこちらに向かって墜ちてくる。あれ程の巨体だ。平衡を失えば容易にバランスを崩して墜落する。

 頭上を通り過ぎた宇宙戦艦は、轟音とともに機械島沖合に着水し、停止した。

「すげえよ!あんなデカいのを落としちまうなんて!」

 驚き以上に、歓喜が勝っていた。しかしネモは何も答えない。

「おい、どうしたんだよ」

 立ち尽くすネモに問いかける。

 直後。

 どさり、という音とともに、少女が眼前に崩れ落ちていた。



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