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Log.6 【秘匿基地】

 水平二連の銃口が、漆黒をのぞかせていた。

「なあ、どうして俺は今、銃を向けられている」

 ショットガンを構えたネモを見上げる。その表情は、普段どおりの無垢な目だった。

「それが命令だから」

「そんな、どうして」

 波打つ機械島の海岸で、純粋な疑問を口にした。

「俺は君の邪魔をするつもりはないし、危害を加えようという気もない」

「それは関係ない」

「何がダメなんだよ!流れ着いたこの宇宙船を貰っていくのがダメなのか?」

「この島を知ったあなたを、生きて返すわけにはいかない」

「何でだよ!何も悪いことなんかしねえって!」

「私はここに来たときから命令を受けた。この場所は秘匿されていて、この島のことを知った人間はたとえ民間人でも生きて帰すな、と」

「生きて帰すな、って……」

 今一度考え直す。ネモが繰り返し口にしたその言葉。

「なあ、ひょっとして、この島に居さえすれば、君は俺を殺さないのか」

 少女はこくりと頷くと、

「命令にないから」

 そう応えた。それを聞いた途端、訳の分からない面白さがこみ上げてきて、

「あははははは!!本当に面白えな!」

「そう?」

 ネモが首を傾げる。

「わかったよ!住み着いてやるよ、この島にな!言っておくが、家賃は払わねえぞ」

「構わない。この島は私の所有物件ではないし、あなたと賃貸借契約を交わす資格を保有していない、参照すべき民法も、この島がどの国家にも属さないことから――」

「あー、冗談だよ冗談!俺はココに住む、そして君の仕事の邪魔をしない。それで良いな?」

「構わない」

 また無表情のネモがそう言った。安心した。寝床があって食料もある。レーションの数には限りがあるだろうが、魚でも釣りながらゆっくり考えればなんとかなるだろう。

「そうと決まれば飯だ飯!なあ、レーションはあとどれくらい残ってるんだ?」

「ゼロ」

 衝撃が脳を走った。

「え?なんだって?」

「残ってない」

「――嘘だろ」

「嘘ではない」

「まじか……」

「まじ」

 終わった。今日から食い物がない、詰むのが早すぎる。先程までの希望とは一転、無策に立ち尽くした。

「レーションがないんじゃ、君はどうやって生きているんだよ」

「私は電気さえあれば活動エネルギーに変換できる。変換効率も、食品の経口摂取より高い」

「何だよそれ、じゃあなんでレーションの備蓄があったんだ?」

「私がここに来てすぐの頃は定期的に軍人が短期滞在していたから。今はもう来ないから、補給も期待できない」

「そういうことかよ……」

 自分でもわかりやすいほどに、がっくりと肩を落とした。しかし、

「だがまあ、海を漂流するよりは何倍もマシだぜ。こんなところで死んでたまるか!」

 腹は減っていたが、無駄に力を消費する必要もない。

 その日は早めに、金属毛布をかぶって就寝した。


 そして朝は訪れる。幸いにも、思考が冴えていた。

 海岸を散策する。この島に流れ着くのは廃棄宇宙船。つまり、有人宇宙船の残骸を見つければ、その中に非常食やレーションが残っている可能性は高い。

 焼け焦げた宇宙船の残骸をごろごろと転がす。さながら回収した金属を売り飛ばす「仕分業者」になった気分だ。

 しかしどうだ。落ちている宇宙機のほとんどが無人機か人工衛星で、有人宇宙船の残骸はほとんど見当たらない。

「クソッ、まだ見つからねえか」

「何してるの?」

 ネモがまた、無表情で聞いてきた。無表情だが、不思議がっているようにも見えたのは気のせいだろうか。

「食料探しだ。鳥も飛んでなければ草も生えてねえ。これだけの島だ。何かしらあると思ったんだがな」

「この島に、自生している草や動物は存在しない。」

「ウソだろ?」

「嘘ではない。この島は南緯40度の高緯度冷涼気候。世界中の大陸からも大きく離れていて渡り鳥はここを通らない」

「そうなのか……じゃあ、魚はどうだ!エビや貝でも良い、なにか食えそうな生き物は」

「海域周辺を流れている還流は栄養に乏しい。だから生命の母数が少ない」

「生き物がいることにはいるんだな?」

「いる」

 ネモの答えに、心が踊った。

「本当か!どこにいるんだ?岸から離れたところか?それとも潮の満ち引きで作られる潮溜まりか?」

「水深約二千メートルの深海では独自の生態系が形成されている。可食部がありそうな生物ではカニが該当するけど、毒の有無は不明」

「つまり、手の届くことに食えそうなモノは無いってことだな」

 大きくため息をついた。

「そういうことになる」

「――わかったよ」

 気を取り直して、あたりを捜索する。

「なにか探しているの?」

「大きめの宇宙船だ。有人宇宙船の残骸があれば、その中に非常食が入っていると思ってな」

「それならあっちの方角を探してみると良い。比較的大きな宇宙機はあちらに落ちるようになっている」

「そうなのか?」

「この島の地形を一定に保つために調整しているから」

「……もしかして、君が調整しているの?」

「そうだけど」

「まさか、あのデカい対空砲で微調整しているとか言わないよな」

「間違ってはいない」

「まじかよ」

「でも少し違う。宇宙機は、私めがけて落ちてくる」

「どういうことだよ、それ」

 投げかけた疑問に、ネモは答える。

「私自身が誘導ビーコンだから」

 一筋の風が吹き抜けた。

「それって、めちゃくちゃ危ないじゃないか」

「危険な仕事であることは自覚している。だからこの任務に就くのに、生体コンピューターである私が選ばれた」

「生体コンピューター、だと……」

 生体コンピューター。人間の脳は、その小さな器官の中に軍事衛星を凌駕するほどの記憶能力・処理能力を有している。特に一二歳~一五歳の時期が知能のピークとなり、以降は年齢を重ねると下降してゆく。その時期の脳を、人為的にコンピューターとして利用できれば、安定して高い能率で高度な兵器の運用が可能となる。ネモは、そうして人工筋肉と培養液で作られた生体コンピューターの一人だという。

「怖くないのか?」

「どうして?」

「あーいや、落ちてきた衛星がもし自分にぶつかって死んでしまったら、とか考えないのかと思って」

「確かにその可能性は否定出来ないけど、起こってもいない事象を想像して萎縮することに意味はない」

「――そうか」

 ネモの思考は、どこまでも論理的だった。

「……でも」

 少しうつむきながら、ネモが口を開く。

「私は、失敗作だと言われた。それが心残り、かもしれない」

「――なんでだよ」

「わからない。でも、大事な役目だと言ってこの任務を任せてくれた」

 少女の目に、迷いはなかった。おそらく、「失敗作」だからこそ、危険な仕事が与えられたのだろう。

「まあ失敗だとか成功だとか、どうでもいいけどな」

 大げさに言ってみせる。

「生きてて、楽しけりゃ俺はそれでいいと思う」

「楽しい?」

「ああ、俺は今、楽しいぜ。一人で居るよりはな。君はどうだ」

「わからない。でも、あなたが来てから、普段使わない脳の領域が活性化した。これが、『楽しい』かもしれない」

「はっ、上等だ。さて、気を取り直して飯でも探しに行くよ」

「そう、気をつけて」

「君もな」

 後ろ手を振ってその場を後にする。先程の会話が、少し引っかかった。生体コンピューター、人工的に生み出された命、失敗作と罵られ、こんなところに一人閉じ込められ、いつ死ぬかわからない危険な仕事をして過ごしている。

 しかし、思考を整理すればそんなに悩むことでもないことを再認識する。同じなんだ。俺やユーリイ、リサやアンカーのみんなは全員孤児だ。行き場を失って、日々をなんとか生きるより、命がけの博打に挑んだ。

 今もその気持ちは変わらない。生きるためなら、なんでもやってやるさ。あとはもう一つ、やりたいことが出来た。あの子を一度、心から笑わせてやりたい。

『私は、失敗作だと言われた。それが心残り、かもしれない』

 あのときに見せた表情は、いつもの無表情でも、少しだけ悲しそうに見えた。だから一度は笑わせてみよう。作戦はこれから練る。

 ネモの指定した場所に行き、あたりを見回す。

 あった。大型の廃棄宇宙船だ。

 居住区画の、緊急用救助レバーを両手で引き上げる。

「ぐあっ!」

 強力なバネで、救助用ハッチが勢いよく開いた。思わず体勢を崩す。

 中を探る。あったぞ、乗組員用の宇宙食と嗜好品のガムだ。宇宙食は三食分のみだったが、ガムは二袋、それぞれ十粒ずつ入っているようだ。

 ガムは空腹を紛らわすにはうってつけだ。子供の頃、飢えを凌ぐために噛んでいた。

 これを持ち帰って昼食にしよう。そしてまたひとつ、「意味がわからない」と言われそうなことを思いついてしまった。結果的に自分の首を絞めることになるだろうが、やらずに後悔するよりは、やって後悔したほうが良いだろう。

 そして。

「意味がわからない」

 ネモの口からは、案の定の言葉が飛び出した。

「なんでだよ!良いじゃねえか」

「あなたはそんな事を言っている余裕はないはず。なのにどうして?私に食料を与えたいなんて」

「ああ確かに意味分からないだろうな、俺もちょっとわからないかもしれない。」

「私は食料を摂取しなくても生きていける。でもあなたは、食べ物がないと生きていけない」

「分かってるさ」

「ならどうして?あなたにとって不利益しか無いはず」

「ああ、まあそうだよな。じゃあ、俺がお願いしたら聞いてくれるか?」

「あなたが良いなら、私に断る理由はない」

「なら決まりだ。飯を一緒に食おう」

 殆ど強引なお願いだった。俺はまだネモのことをよく知らないし彼女だって俺のことをよく知らないはず。知りたいか知りたくないかは別だがな。まあでも、一緒に飯を食うってのは良いものだ。一人で食べるより気分もいいし、楽しいと思う。

「これを食べればいいの?」

 ネモは、開封した金属包装から黄色い板のようなものを取り出して、不思議そうに見つめていた。

「ああ、そりゃラザニアだな。ちょっと貸してみてくれ」

 その「板」を、水につけてふやかす。過去に人が滞在していたと聞いてもしやと思ったが、これはアタリだった。食器と調理器具が最低限揃っていたのだ。

 飲料水も、電気を使って海水から供給できるしくみが生きていた。どうやら、ネモも水は飲むらしい。

「なあ、もしかしてこれは熱源か?」

「そう。滞在していた人間は、その赤外線放射装置で食べ物を温めたり、燃やしたりしていた」

「どうやって使うんだ、これ」

「装置の中に温めたいものを入れてからボタンを押せば加熱できる」

 ボタンを押すと、くぐもった駆動音とともに装置が起動し、加熱が始まった。

「まじかよ!すげえ!」

 ものの数分で、調理完了を知らせる電子音が鳴り響いた。

 取り出した容器からは湯気が立ち上り、カチカチの板は熱湯を吸ってすっかり柔らかくなっていた

「よし、これにソースをかけて、っと」

 完成だ。宇宙食のパッケージには「ミートソース」と書いてある。玉ねぎとトマトで煮込まれたコクのあるソースだ。おそらく「ミート」は入っていないが。

 テーブルの上にうまそうな香りが立ち込めた。

「よし、食べようぜ」

「――本当にいいの?」

「ああ!美味いものは一人で食うよりみんなで食うほうが美味いからな!」

 試しに、大きくすくったラザニアを口いっぱいに頬張ってみせた。

 ネモは、フォークの柄を拳で握り込むと、湯気が立ち上るラザニアを、おそるおそる口に運んだ。

「うん美味い!どうだ?」

「――わからない。わからない、けど」

 初めて見る表情だ。相変わらずの無表情で、笑ってはいないが、目を丸くしている。

「おいしい、かもしれない」

「ははは、だろ!」

 やはり食事を共にして良かったと思う。食い物に困らなくなったら、毎食でも誘って、こんな顔をさせてやりたいところだ。

 食事を終えた後も、心は満たされていた。しかし、貴重な食料を使ってしまったことは事実だ。食事は一日一食にとどめて、明日以降も活動は日が出て暖かい時間に行おう。体力の消耗を抑えたい。

 だが、一つ求めればもう一つ求めたくなるもの。漂う臭気に違和感を覚えたのは、与えられた寝室に戻った、その時だった。

「身体が臭え!」


 宇宙船内を歩き回る。居住区画があるということは、シャワー室くらいあるだろう。服も洗濯したい。はじめ出会ったときは「なんて格好をしているんだ」と思ったが、ろくに洗濯ができないこの環境ではネモの、彼女の上下一体型水着のような撥水生地の服装は適切なのかもしれない。

 シャワー室。あそこだ。もうこの臭い身体では居られない。どうせ誰もいないんだ。タンクトップとミリタリーパンツを脱ぎ、穿いていたパンツも脱いで片手にまとめる。

 もう全裸だ。早く、冷たい水でも構わないから汗と脂を流したい。金属製の扉を開き、シャワー室に入る。そして。

「何してるの?」

 全裸の少女と目が合った。しっとりと濡れた髪、水を含んでつややかな肌。成長途上を感じさせる華奢な肢体でも、確かな曲線があらわれていた。

 おそらく少女の方に羞恥心は無いとは思うが、俺にはある。全裸でこういう事態に遭遇したとき、無意識的に片足が上がる。上げた片足を交差することで、股間を隠すことができるのだ。加えて万が一がないように脱いだ衣服を体の前に持ってくる。これで完璧だ。

「あ、ゴメンナサイ」

 目をそらしながら口にするは社交辞令。しかしそれに応じないのがこのコンピューター少女だ。

「質問に答えて。何をしているの」

 全裸のまま、ネモが問いかけてくる。おそらく一般的な質問だろう。

「あーいや、身体が臭くなってきたから風呂に入ろうと思って」

「そう、残念だけど、風呂の設備はない。身体を清潔に保つ設備としてはシャワーがある」

「ああ、十分だ。それより、すまなかった」

「何が?」

「その、裸を見てしまったことだ」

「私は気にしていない。あなたが謝る必要はない」

「俺が謝りたかったんだ、シャワー室使わせてもらうよ」

「自由に使って。」

 視線を全く気にせず、ネモは上下一体型の服を穿いていた。

 気を取り直し、脱衣所からシャワーブースに入る。

シャワーのレバーを回すと、ブース上部に固定されたヘッドから温水が吐き出された。

「あ~生き返るぜ~!」

 温水は少しずつ温度を上げ、体温を少し超えるくらいの温度まで温まった。

 まさかこんなところで温水のシャワーを使えるとは思わなかった。普段のシャワーは水しか出ないのでこれはありがたい。後に聞いた話だが、太陽の光で電気を作れるので真水や温水、電気はある程度自由に使えるそうだ。

 紛れもない。今は最高の気分だ。腹も満たされ、風呂にも入った。問題は洗濯だが……。あとでネモに聞いてみよう。

 シャワー室から半身を乗り出し外を見回す。ネモの姿は見当たらない。よし、今なら全裸で歩いても問題無い。過去に人が滞在していたということは、ロッカー室に行けば着替えが手に入るかもしれないということだ。念のため、前は隠しておこう。

 とはいえ、この宇宙船、なかなかに大きい。さっき使ったキッチンとシャワー室の場所は覚えたが、ロッカー室はどこだ?

 角を曲がり、そして、片足が上がる。

 全裸のまま、少女と本日2度目の再会を果たした。


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