Log.5 【ネモ】
「兵器だと?君は人間じゃないのか?」
「その問いかけに、多くの軍人や研究者が答えを出せていない」
「ああ、気を悪くしたのならすまない。でも、俺には君が普通の女の子にしか
見えないんだ」
「私は気にしていない」
「そもそも、君が兵器と呼ばれる理由は何だ?さっきみたいにデカい銃を扱える
からか?」
「そう。私の肉体は、人工的に作られた」
「そんなことができるのかよ……」
思わず絶句した。人工的に人間を生み出して兵器にするなんて聞いたことがない。
先程までの違和感が、少し解消されて安堵する自分にも、無意識的な苛立ちが
わずかに起こった。
「じゃあ君は今、何と戦っている」
「自ら戦闘行動は行わない。私の役目は、廃棄された宇宙機をこの場所に誘導する
ことだから」
「誘導?どういうことだ?」
少女は答えない。しかし、刹那の間を置いて。
「来た」
今までの会話を突然中断し、ネモは部屋を後にする。
「お、おい」
「話は後。私にはやることがある」
「何だよ、やることって」
ネモが背負っていたのは、先程の巨大な銃だ。身の丈をゆうに超えるほどの
全長、巨大な銃口。それはまるで銃というより、大砲を背負っているようにすら
見えた。
扉が開く。宇宙船の外、残骸が散らばった地面だ。
気になる。異質なものに対する好奇心が、少女のあとをぴったりと追っていた。
「ついてきても構わないけど、命の保証はしない」
「ああ、わかってる」
少女の警告を受け入れなかったことを、後悔することがあるだろうか。
巨大な銃身を覆っていた金属パーツが花開くように展開する。展開したそれは
支柱となり、地面に伸びた。
展開された銃は、想像していたそれよりも遥かに大きかった。ネモが背負って
いるだけでも巨大だと感じたが、折りたたまれていた銃身が合わさり伸びると、
まさに対空砲という言葉が相応しい火器だった。
「そこに居ると死ぬ。離れるか、見たいなら私のすぐ後ろに来て」
「あ、ああ!」
ネモの警告は、何故かこの上ない説得力があった。
「もっと近く」
「こうか?」
「もっと。このままだとあなたの股間から下が千切れ飛ぶ」
「そいつは勘弁だ!」
ほとんど密着状態だった。しかしこの子に抱きつくわけにもいかないので、
膝をかがめながらネモの真後ろに陣取った。
「電圧、正常、一次排熱開始」
加熱された銃身から、熱蒸気が勢いよく吹き出した。
「うわっ!」
思わず身を反らしかける。だが、股間が吹っ飛ぶのではたまらないので耐える。
「安全装置解除、臨界到達。相対速度確認、誤差修正。」
異様な発熱だ。この銃が、周囲の気温を高めているようにすら感じる。
「発射」
ぎゅん、という巨大な轟音が鳴り響き、静寂が訪れた。
地面が陥没するかのような感覚。否、発射の衝撃で金属片がばらばらと舞って
いた。
静寂から耳鳴りだけが帰ってきて、銃口からは白い煙が金属の焦げる匂いととも
に立ちのぼった。
直後、ブシュウという音を出して蒸気が再び噴き上がる。薬莢のような金属塊が、ずどんと地面に落ちた。
空には、白く輝く点がきらきらと映り、やがて見えなくなった。
「す、すげえ……」
「廃棄宇宙船の誘導と破壊。これが私の仕事」
ネモは、表情ひとつ変えずにきれいな瞳で呟いた。
「恐れ入ったよ。とんでもねえ武器だな、それ」
「カートリッジ給電式多目的電磁高射砲。もともとは対飛行要塞を想定した
重邀撃機の主砲だった。人間が扱えるようには設計されていない」
「なんというか、技術力の差を感じるよ」
少女は赤熱する銃身を気にする様子もなく折りたたみ、携行式の形状へと戻す。
「ところでなんだがその銃、どれくらい重いんだ?」
「あなたでは持てないと思う」
「そんなの、やってみなきゃ分からないだろ!」
「私にはわかる」
「なんでだよ!試しに持たせてくれよ」
「それは出来ない。あなたが落として破損したら困る」
なんだか馬鹿にされた気分だ。悔しい。辺りを見回す。あった。台になりそうな、ちょうどいい高さの宇宙機だ。
「その衛星を使って何をするつもり?」
衛星の土台に肘をつく。それをネモは不思議そうに見つめていた。
「力比べだよ!俺だって筋肉には自信がある。組んだ手をお互いに押し合って、
相手の手を台に付ければ勝ちだ」
「理解出来ない。無意味な行動」
向けられる冷ややかな視線にさすがにカチンと来た。
「あーそうかよ。負けるのが怖くて出来ないんだなあ、そいつはしょうがねえ」
大げさに笑ってみる。ネモは表情を変えることは無かったが、
「やる。あなたにそこまで言われる筋合いはない」
「そうこなくっちゃ!」
ネモは人工衛星の台に肘を付き、手を組んできた。
少しひんやりとした、小さく華奢な少女の手は、彼女が兵器だという告白を
忘れてしまうほどに儚く、細く、美しかった。
「よし、じゃあこの弾が落下したら合図だ」
ポケットから小銃の弾を取り出す。宇宙船の中で排莢した、もう使わない弾薬だ。
こくりとうなずくネモ。ピン、と指を弾き、細長い銃弾が宙を舞った。
コツンと落下音がした直後。
少女の腕は俺の手の甲を破壊し尽くす勢いで台に叩きつけ、関節の可動域を
超えて動かされた腕は身体ごと振り回す。
仰向けにぶっ倒れ、気がつけば青空が頭上に広がっていた。
「くぅ……」
「理解した?」
悶絶する俺を気にする様子もなく問いかける。
肩を抑え、泣きそうなのを我慢しながら、必死に何度もうなずいた。
「力加減が出来なかった。ごめんなさい。泣くほど痛いとは思わなかった」
泣いていた。泣きそうではなく。だって痛いもん、肩と手首。
「起き上がって。脱臼している肩を直す」
なんて威力だ。腕相撲しただけだぞ。脱臼して、あと手首はたぶん骨折した。
なんか情けなくなってきた。
「は?」
直後、心地よい重みとともに、ふわりとした少女の香りが漂った。ネモが
背後から腕を回してきたのだ。
少女の小さな体躯が、精一杯腕を広げて密着している。
「力を抜いて」
耳元でネモが囁く。その透明感ある無垢な声が、頭の中をふわふわと回遊する。
小さな手に、腕と肩を押さえられる。さらさらとした少女の白髪が首元を触ってくすぐったい。
直後。
「うぎゃあああああああああ!!!!!!」
外れていた肩が、激痛とともに整復された。