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Log.2 【回収業者】


 この世で一番高く売れるモノを知ってるか?

 宝石?そうだな、たしかに金持ちが暮らす上級地区やスペースコロニーなら、いい値段で売れるだろうな。だが、そんなに高い金を払ったところで腹が満たされなけりゃ、このスラムじゃ、いや、居住区ですら買うやつが居ない、つまり売れないんだ。

 この街で高く売れるものは、食べ物、燃料、そして金属だ。金属は本当によく売れる。利用価値が高いからな。食器にもなるし、工具にも車にもなる。家を建てる時に使う釘だって金属だ。今じゃ鉱山労働は花形だ。働けば働いた分、掘れば掘った分給料が弾む。だから鉱山労働で死者が出ると喜ぶんだ。新しい求人が

出るってな。おかしいだろ?

 そもそも、この街で金属の取引価格を知ってるやつが居ると思うか?金属屋は、鉱夫が掘り出した鉄の山を、相場の2割程度の安値で買い叩いている。そんな事も知らずに毎日汗だくで働くなんて、少なくとも俺はやってらんねえ。

 だから俺は、割の良い仕事をしている。鉱石ではなく、金属の回収業者だ。仕事が入るのは不定期だが、良いものを仕入れられたなら半年は問題なく暮らせる。いつかは金をたんまり貯めて、上級地区にでかい門を構えてやるさ。

 この辺で流通している金もそれなりには持っているはずだ。居住区の貸家住まいのやつよりはな。だがあまりにも羽振りの良い暮らしをしてみろ。暴徒に身ぐるみ剥がされておしまいだ。

 じゃあどうするかって言うと、普段は漁師、ということにしている。スラム住まいのな。漁師の仕事は良い。食い物は獲れるし、数が多いから目立たない。船に乗ってても怪しまれないからな。

 今日スラムに来たのは、ある用事のためだ。スラムの連中が時たまの贅沢で使うボロ宿。普段は地面や草の上で眠るスラム労働者も、高所作業や爆弾処理、潜水など、危険な作業の前日に体を休めたり、翌日死んでもいいように贅沢をする目的で使う。

 顔見知りの店主に慣れた手付きでサインを送ると奥の隠し部屋に通される。

 階段を下った先に広がっていたのはスラムの雰囲気とは打って変わって賑やかな闇酒場だ。顔見知りの常連客たちと軽く挨拶を交わし、一人席につくと、ショットグラスと二つ折りの紙切れがカウンターにそっと置かれる。

 俺はショットグラスに注がれた果実酒を一口に含むと、軽く会釈をして酒場を後にした。

 二つ折りの紙切れを開き、口に含んだ果実酒を吹きかける。化学反応で浮かび上がった情報が、今回の目的だ。

 ――なるほど、こうしちゃいられない。

 俺は紙切れを懐のポケットにしまうと、足早に港へ向かった。

 斜陽に染まる港は、すっかりと酒場に変わっていた。一部の者を除いて漁師の朝は早い。そのため、早いうちに眠れるよう、ストレス解消も含めて皆で安酒を浴びるのだ。

「よう、売れ行きはどうだ?」

「さっぱりだ。全部腐りかけだとか言って買い叩かれたよ」

 酔っ払った漁師仲間に乾いた返事を返すと、むきになったようなふりをしながら荒っぽくエンジンスターターを引っ張った。

 黒煙を噴き上げながら爆音が響いた。

「なんだあ?今から出るのかよ」

「うるせえ、今に見てろよ。溢れるくらいのイカを釣って戻ってやる」

「ガハハ、気をつけろよ!」

 やかましいくらいの声を背に後ろ手を振った俺は、波に揺れる船上でおもむろに腰掛けた。

 今から向かうのは、俺の家だ。この船はただの沿岸漁業船に見えるが、積んでいるエンジンは全くの別物だ。最高速度50ノット、自慢の快速だ。

 海は好きだ。俺が生まれた街にも海はあった。港が破壊される前は人通りが絶えないくらい栄えていし、そんな港で絶え間なく起こる船の往来を見ていれば、どれだけでも時間を潰せた。

 海岸沿いを進み、岸壁の向こう側に見えてきたひとつの影。俺たちの家だ。ひとつの大型船を中心に連結された大小の船舶が、島のように停泊している。

 母船「アンカー」と呼んでいる中心の巨大船には、俺を含め数十人の孤児が暮らしている。スラム育ちも多く、俺もその一人だ。

「よう、戻ったかニール!」

「ユーリイか、買ってきたぞ、今日の食い物」

 ユーリイは、俺と同じくらいの歳の青年だ。この船で最も年長の俺たちは、チビ達の面倒を見ながら情報屋からのタレコミを待っている。

「助かるぜ、明日は俺が出る。お前は休んでおけ」

「いや、その必要はない。情報が入った。今日の晩には出るぞ」

 そう口にすると、ユーリイの目つきが変わる。

「デカいのか?」

「ああ、相当デカいらしい。どうやら戦勝国どもがやりあった残骸らしくてな。向こう岸の業者も大勢出てきそうだ」

「そいつは楽しみだ!闇市で仕入れたこの《254AAGサウロペルタ》をぶっぱなす

時が来たんだな!」

「そのデカブツいくらしたと思ってるんだ。金額分はきっちり働いてもらうぞ」

「分かってるって、それで編成は?いつも通り高速艇で小運搬か?」

「''いつも通り''ならそれでいい。だが今回は敵も多くなりそうだ。総力戦で行く。アンカーを切り離ぞ」

「おいおいマジかよ!――いくら火力が要るからって、デカい船を随行させれば

船団の足も遅くなるじゃないか」

「そのための《254AAGサウロペルタ》だ。目標が近づいたら俺が単独先行して海域を抑える。戦力差で油断させるんだ。援護頼むぞ」

「はっ!無駄遣いにならずに済みそうだ」

「とにかく準備を急ぐぞ。海域到達まで2週間が目標だ」

「飛ばすねえ、了解!」

 作業は日が落ちてからも続く。

 暗黒の波を切り裂きながら、一隻の影がゆっくりと滑り出していった。



 目的地までおよそ半月の航海。辺り一面に陸は見えず、ただ荒れる波と暴風が船室を叩いていた。ふつう、金属の回収業者は海に出たりなんかしない。街を出て、街道を行き、錆びた車両や金属缶を拾っては荷台に積み込んで金属屋に売りに行く。それでも十分立派な商売だ。だが俺たちは違う。誰が興味あるか知ったことではないが、少しだけ昔話をする。

 十二の頃だ。

 世界中を巻き込む、大きな戦争があった。あの日のあの瞬間が、また夢に現れやがった。突然中断された学校の授業、地下の講堂に集められたと思えば、凄まじい衝撃・轟音とともに天井が吹き飛んで灰色の空が覗いた。破壊され尽くした街に警報音が鳴り響き、轟音と衝撃波が絶え間なく突き抜け、空はずっと、赤い炎が弾けていた。

 戦争の話は、テレビから流れてくるニュースで知っていた。学校でも「地球の反対側の国で戦争が起きて大変なことになっている」と習った。

 まさか、その翌日に自分の国が戦場になるなんて、思いもしなかっただろ?

 白転する視界、吹き飛ぶ瓦礫、赤熱する地面。鼓膜が破れたか、何も聞こえなくなった。1発のでかい爆弾が落ちたらしい。

 その日、俺はすべての友人と家族を失った。

 一瞬前まで都市だったところには、何も残らなかった。誰一人として言葉を発する気力がなかったもんだから、とにかく静かだったよ。

 家に帰れば飯を食えると思っていたが、破壊され尽くした家だった場所に戻ったところで当然そんなこともなかった。生き延びた大人たちは身を寄せ合って飢えをしのいでいたらしいが、親の居ない子供を保護する余裕など奴らにはなかった。だから大人を恨んだりはしていない。悪いのは爆弾を落とした戦勝国だ。

 水はなんとか調達できたが、食料はだめだった。3日間何も食えず、ついには我慢できずに盗みを働た。さまよう孤児も、盗みをするようになれば駆逐の対象だ。各地を転々とし、密輸船に忍び込んではいくつもの国を渡った。そしてたどり着いたスラムである噂を耳にした。命をかけるほど危険な仕事「回収業者だ。

 少し前に聞いた話だが、頭上の空の更に上の宇宙空間。軌道上での運用を終えた人工衛星や宇宙機は、陸地への被害をなくすために陸地から最も離れた海上の「到達不能海域」へ投棄される。

 宇宙機の大半は断熱圧縮によって燃え尽きるが、宇宙事業が盛んになるとともに耐久性の向上、加えて肥大化傾向にある宇宙機は、中には形を保ったまま落下してくることもあり、その残骸はたとえいびつであろうとも価値が高いらしい。なんでも、小舟ほどの大きさのものでも二、三ヶ月は働かずに済むような金に替えられるらしい。

 これしかないと思った。危険な仕事だが、他に生きるアテもない。俺は港に張り込み、回収業者への接触を図った。

 相手にされないかと思ったが、奴らは案外すんなりと受け入れてくれた。先日出た死人のぶん、人手が足りていないらしい。

 初めての獲物は運用終了となった気象観測衛星だった。ひどく焼け焦げていたが、これでもまだ価値があるというのだから驚きだ。周りに島影一つ見えず、荒波と暴風に何度も船をひっくり返されそうになる中、テコと滑車でそれを引き上げた。それで帰れると思うだろ?今度は他の「回収業者」が横取りに来るんだ。銃を持ってな。人間のやることじゃねえ、と思ったよ。でも、そうでもしないと食っていけないんだ。だからその日、初めて人を撃った。

 俺の初めての「仕事」では二人が死んだ。死ぬ人数としては少ない方らしく、良くても三、四人は死ぬそうだ。無論、最悪の場合は全滅だ。初めての仕事で「手柄」を立てた俺は回収した金属の塊の取り分を仲間より多くもらった。

 この世界では力こそが、結果がすべてだ。初めてできた仲間と五年ぶりの肉を食い、はじめて酒を飲んだ。普通に暮らしていれば肉なんて食えない。こんなに良い思いが出来るなら、危険だろうがこの仕事を続けてやる。死ぬのはごめんだがな。

 いくら戦闘技術を磨こうが、天候まで操れるわけじゃない。世話になった業者の仲間も仕事をするうちに死んでいって、ついには俺しか生き残らなかった。

 危険な仕事だ、仕方がない。だがそれはチャンスでもあった。多くの場合、死ぬのは歳を取って判断力が鈍くなったり、金をケチるあまり休息や栄養が足りないまま現地へ赴く者だった。俺はそれに気付いた。

 俺はスラムでうずくまっている、あるいは喧嘩を生業にしている、またあるいは身体を売り物にしている孤児を集めて「チーム」を作った。

 それまで稼いだ大半の金をつぎ込んで船を買い、居住区画を整備した。船の甲板を使って農耕ができれば食物に困らないと思ったが、これはうまくいかなかった。

 ユーリイはその時からのメンバーで、はじめは周りに怯えていたが、話してみれば誰よりも口が回ったし、射撃の腕は確かだった。世界がぶっ壊れる前は親父と一緒に動物を獲って暮らしていたらしい。

 孤児たちは生きるのに必死だったことと、喧嘩強いやつが多かったので手っ取り

早かった。すべては自分のためだったが、同情もあったかもしれない。

 俺たちは他の回収業者から宇宙船の金属板を相場の倍で買い取り、自分たちの船に装甲を施した。そしたらどうだ。豆鉄砲を食らってもびくともしない巨船で他の業者を一掃できた。だからこの辺りには俺たち以外の回収業者は存在しない、つまり独占状態だ。

 金が貯まるから俺たちはどんどん強くなった。だが「向こう岸」の敵も俺たちを真似てくる。俺たちのよりもデカい装甲船で現れた奴らに、爆弾満載の漁船をぶつけてやった。俺たちは奴らを助ける代わりに、盛大に沈む奴らの船から装甲板を剥ぎ取り、墜落した宇宙機もいただいた。

 そんな技術競争もついにはおおむね頭打ちになり、ある程度装甲を施した武装高速艇で競り合うという形に落ち着いた。武装高速艇は最も効率的な戦闘ユニットだ。小型で安価な上、相手からは砲撃の照準も合わせづらい。運用人数も少なくて済む。そしてなにより荷物を積み込んでから高速で離脱できる。

 はじめに高速艇を導入したのは俺達だったが、今はどこの業者も運用している。高速艇はよほどのことがなければ沈没もしないので回収業者たちは油断しているはずだ。今回はそこを突く。

 相手に数的有利の状況を作らせて油断させ、大口径機銃で各個撃破。作戦は完璧だ。

 昔話から始まった作戦立案も潮時のようだ。

 首筋より迫る睡魔に身を任せ、ゆっくりと身体を闇に預けた。

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[良い点] しっかりとした設定がされたド真ん中SF! すごく面白いです。 私もなろう系ではなく、SF書きのため、こういった作品を探しているのですが、なかなか見つからず。 ですが、ようやく良い作品にめぐ…
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