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Log.1 【戦闘宙域】


 青い地平線を見上げる暗黒の空間に、無線の怒号が飛び交っていた。

『急げ!早く対地通信を復旧させろ!』

『分かってますよ!やってますからあなた方はさっさと奴らを追い払ってください!』

 地球軍管轄宇宙研究プラットフォーム。灰色の宇宙服に身を包み、ぐにゃりと曲がったアンテナを溶断(ようだん)するエンジニアが震える声で怒鳴り返した。

『私は去年やっと研修を終えたばかりの新米ですよ!先生はさっきの爆発に巻き込まれてしまったのに……無理ですよ!』

『つべこべ言うな!新しいアンテナをくっつけるだけだろ!緊急手順で起動すればあとはコンピューターがやってくれる!』

 無線以外が聞こえない真っ暗な真空の中で、へっぴり腰のエンジニアは震える手を抑えながら作業を続けていた。

『敵ミサイル、まもなく到達!迎撃します』

『エンジニア!物陰に隠れろ!』

『ひいっ、は、はい!』

 プラットフォームの前面に配置された環状のミサイルポッドから、デブリ衝突防御炸裂弾が発射された。軌道上を周回する無数の「宇宙ゴミ」。それらが

プラットフォームに衝突し、損傷するのを防ぐことを目的に開発されたこのミサイルは、樹脂でできた弾頭に高温の反応炸薬を充填した特殊弾頭だ。文字通りその高温で飛来するデブリを蒸発させ、無害化する。

 ほのかに赤い尾を引きながら飛翔した迎撃弾が、熱の防壁を作り出した。飛来したミサイルは炎の壁にぶつかるとたちまち爆発し、無数の金属片を周囲に撒き散らした。

 ヘルメット内部のHUD(情報画面)に警告のアラートが明滅する。飛来したミサイルの防御には成功したものの、その破片すべてを焼き尽くせたわけではない。

 深海の高圧にも耐えうるよう設計されたチタン合金製の外殻が、火花を散らしながら破片と衝突して確かな陥没を作っていた。あんなものに当たれば、人体などいともたやすく貫かれるだろう。宇宙服だって、かすりでもすれば穴が空き、たちまち窒息してしまう。バクバクと鳴る心臓をそのままにため息をつこうとしたエンジニアは、聞こえてきた怒号でそれを呑み込んだ。

『今だ、行け!モタモタしてると次の攻撃が来るぞ!』

『く、くっそおおお!』

 エンジニアは、これまで出した中で最も大きな声で叫びながら作業に向かう。

 永遠にも、一瞬にも感じられたその作業は、指示通り「新しいアンテナをくっつけるだけ」の指示を遂行した。

『繋げました!繋げました!』

『よくやったぞエンジニア!ステーションに戻れ!あとはゆっくりコーヒーでも飲んでろ――おい、聞いて……』

 エンジニアは、破れた宇宙服から空気を漏らしながら、くるくると宙を漂っていた。

『ちくしょう、今月で何人目だ!』

 時代遅れの小銃を担いだ防護兵の男は、オペレーターからの警告に焦燥を噛み潰しながらアンテナに向かった。

 確かに回路が修復されている。これで敵のジャミングをくぐり抜けて支援要請が行える。

『第二波!迎撃不能です!隠れて!』

 防護兵は振り子の要領でプラットフォームの影に退避し、身をかがめた。直後、辺り一帯を無数の曳光弾が音もなく飛び去った。

 地球軍には装甲化した宇宙戦闘機が配備されていない。そのため、遊泳用の宇宙服に金属板を仕込んだ程度の防護服を着せられ、小銃と携行ミサイルで敵の宇宙戦闘機を撃破する必要があった。

 いま飛んできた曳光弾は、明らかに人体を殺傷するために使用されていた。

『第三波!敵の強襲機編隊です!密集陣形にて接近中!』

 しっかりと視認できるほどの距離に、それは現れた。ダブルデルタの両翼上に6連装ミサイルポッドを搭載した宇宙戦闘機は、丁寧な動作でプラットフォームに対して相対停止すると、ミサイルハッチを展開しつつ地球軍の防衛機構が停止していることを確認し、舐め回すようにゆっくりと照準を合わせた。

『敵機に発見された』

『ロックオンされている』

『飛散破片の想定殺傷圏内』

 複数の警報音がヘルメット内に響く。

「これまでかよ……クソッ!」

 屈強な防護兵の男は、音もなく金属片が舞う暗黒の空間で、ひとり弱音を

漏らした。

『大丈夫。援護要請は、確かに受け取った』

 声が聞こえた。戦場に響くはずのない、無垢な少女の声。

 視界が煌々とした炎に包まれる。地上からの支援砲撃だ。修復されたアンテナからの援護要請がなんとか間に合った。密集した強襲機を撃ち抜いたそれは一筋の光跡を残して消え、撃ち抜かれて爆発した強襲機は次々と編隊機に誘爆を起こし、砕け散って頭上の青に墜ちてゆく。

 破損しつつも健在のプラットフォームを見渡した防護兵の男は今一度周囲を見渡し、作戦の終了を他の戦闘員に通達すると、ようやく安堵のため息をついた。

 男の視界には、数秒前までの激しい戦闘が嘘のように暗く静まり返った宇宙が何事もなかったかのように広がっていた。

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