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99 イザーク(前編)

 



 ――騎士の家系に生まれた俺の人生は、騎士以外の選択肢はなかった。



「イザーク、今日からお前は第三騎士団副団長だ。その命と剣を国家に捧げる覚悟はあるか」


「勿論です。この命尽きるその時まで、国家繁栄に剣を捧げる覚悟です」


 騎士学校を首席で卒業した俺は、ベルーナ王国第三騎士団の副団長に就任した。

 学生上がりがいきなり副団長に就任される大抜擢など、騎士の歴史を遡っても俺が初の快挙だった。


 当然、「何故あんな学校上がりのガキが副団長に」とやっかむ連中は出てくる。

 弱い癖に先輩風を吹かしてくる者、気に入らないからと嫌がらせしてくるような舐めた真似をしてくる者。

 そういうくだらない奴等は力でねじ伏せた。


 俺に打ち負かされた奴等は、次第に見る目が変わっていく。

 憎悪と嫉妬は信頼と尊敬となる。奴等が勝手に変わったのではない。俺の色に染めたんだ。若輩者だが副団長に相応しいと、実力で分からせてやった。


 そうして第三騎士団を掌握した頃、団長から提案される。


「イザーク、お前武闘大会に出てみないか?」


「武闘大会……でしょうか」


「ああ。近隣国で一年に一度開かれるんだが、毎年騎士団の新入団員が一人参加する習わしになっているんだ。今年はお前が代表で出て欲しい」


 くだらない。

 誇りある騎士が武闘大会などの低俗なものに参加する必要などない筈だ。

 その態度が顔に出ていたのだろう。団長は苦笑いを浮かべて、


「お前の気持ちも分かるが、武闘大会に優勝すれば多少なりとも箔が付いてこの先の昇進にも役立つぞ。俺もそうだし、歴代の騎士達も武闘大会で優勝している。それに武闘大会には強者が集まってくるから、お前にとっても良い話じゃないか?」


「……」


 そんな所で付く箔などに興味など一欠けらもなかったが、強者と戦えるのは琴線に触れた。

 正直、騎士団の連中とは訓練していても張り合いがなかった。団長にさえ一度も土をつけられていない。


 その武闘大会に行けば、少しは本気を出せる相手と巡り合えるだろうか。


「分かりました。このイザーク、先達せんだつ達に恥じぬよう優勝をもぎ取ってきましょう」


「おう、任せたぞイザーク」


 こうして俺は、新人団員の代表として武闘大会に参加することになった。




「これより、武闘大会を開催します!!」


「「おおおおおおおおおお!!」」


 円形の会場コロシアムは観客で埋め尽くされていた。

 意外というか、こんな小国の武闘大会の割りには盛り上がっていて驚いた。純粋に戦いを楽しみたいという客もいるが、それだけじゃないらしい。どうも大会運営が賭け事(ギャンブル)を行っているそうだ。


(くだらない)


 戦いにそんな低俗な賭けを持ち込むなと、大声を放つ観客席を軽蔑した眼差しを送る。


「勝者、傭兵団フロッグ!」


「うぉおおおおおおお!」


 一組目の対戦が終わり、勝者が勝鬨を上げる。

 観客は激しい戦いに熱狂している様子だが、対照的に俺の心は冷えていた。


「弱い」


 参加者の実力をこの目で確認した俺は、小さくため息を吐く。

 参加者は冒険者、格闘家、傭兵と様々だが、どいつもこいつも弱過ぎる。よくこのレベルで参加する気になったと呆れてしまうほどにな。


「9番、ベルーナ王国第三騎士団副団長、イザーク!」


 出番が来たので試合会場に向かうと、観客がざわつく。

 どうやら俺は今大会の優勝候補らしい。我が騎士団が毎年参加して好成績を残すから、期待されているのだそうだ。


「勝者、イザーク!」


 試合は一瞬で決着がついた。

 分かっていた事だが、余りにも歯応えがない。その後も試合が進行されていくが、これといった強者は現れなかった。


「つまらん」


 期待した俺が馬鹿だったな。

 こんな低俗な大会に騎士の俺が参加するのではなかったと、後悔した時だった。


「勝者、冒険者ダル!」


「「おおおおおおおお!!」」


「いいぞ~ダル~!」


(あいつ……できるな)


 最後の参加者の戦いを目にした俺は、初めて興味を抱く。

 ダルといったか……生意気そうな顔つきの少年は他の者とは違い、奴の剣には優れた技術が見えた。あいつなら他の参加者に負けることはないだろう。


 その予想は的中し、俺とダルはトーナメントを勝ち進み決勝であたる事になった。


 フィールドに出て相対すると、何故騎士が武闘大会に出場したのかと問うてきたので、理由を説明する。

 するとダルは可笑しそうに笑って、


「はは、そうかよ。でも残念だったな、今度は俺に負けて後悔するぜ」


「笑止」


「決勝戦、試合開始!」


 試合が開始され、俺とダルが剣を重ねる。

 驚いた……ここまで戦れるのか。剣技は勿論の事、騎士では使わないような駆け引き(フェイント)を織り交ぜてきたりと非常にやりにくい。俺と同様、“戦いを分かってる”奴の戦いだ。


 認めよう……お前は俺が今まで戦ってきた誰よりも強い。

 だが、負ける訳にはいかない。騎士団の看板を背負っている者として、一人の騎士として目の前の冒険者には断じて負けられない。


(勝つ、絶対に!)


 俺とダルは死闘を繰り広げた。

 一瞬のように短い時間にも、永久のように長い時間にも感じられた。既に意識は飛び、ただ本能のままに剣を振るう。その結果――、


「はぁああああ!!」


「ぐっ!?」


 ダルが振るった剣が俺の剣を払い落し、剣先を眉間に突きつけられる。


「「はぁ……はぁ……」」


「勝者、冒険者ダル!!」


「「おおおおおおおおおおおおおお!!」」


 負けた……のか。

 騎士である俺が、一度足りとて負けたことなかった俺が、冒険者に負けた。


 だが、不思議と後悔はなく心は穏やかだった。

 互いに限界以上の全力を出し切り、その上でダルが一歩勝ったのだ。


(世界は広い)


 どうやら俺は騎士団の温い環境に居て自分が最強であると驕り高ぶっていたようだな。

 井の中の蛙、大海を知らずとは正にこの事。己を恥じた俺は、勝者に声をかけた。


「まさか冒険者に後れを取るとはな。俺もまだまだ鍛錬が足りないようだ。」


「……」


「ダルといったか。ありがとう、限界を越えた力を出しても負けたのはそれ以上に君が強かったからだ。世界はまだ広いと教えてくれて感謝する」


 そう言って手を差し出すと、ダルもぐっと握手してきて、


「こっちこそありがとな、楽しかったぜ。なぁイザーク、一つ頼みたいことがあるんだ」


「何だ? 勝者の頼みだ、何でもとは言えないが俺ができる範囲の望みは叶えよう」


「俺の仲間になってくれないか?」


「……は?」


 意味が分からず狼狽してしまった。

 てっきり金品を要求されたり、騎士になれるように紹介して欲しいなどといった考えが浮かんでいたのだが、仲間になれとはどういう事なんだ。


 訳が分からず呆然としていると、ダルはへへっと子供のように笑いながら続けて口にする。


「俺は世界一の冒険者になる。その偉業を成し遂げる為にもお前の力が欲しいって思ったんだ。だから俺と一緒に来い、イザーク」


 世界一の冒険者になる。

 そんな大それたことを、ダルは一切恥ずかし気なく言い切った。

 心の底から本気で思っているんだ、こいつは。


「く……はははははは!」


「なんだよ、笑うことねーだろ」


「すまない、まさか騎士の位を捨てて仲間になってくれなんて思いもしなくてな。世界一か……そんな大それた事一度だって考えもしなかった。くく、面白いじゃないか」


 ただ騎士になる事だけを考えて歩んできた俺とは違い、ダルの野望は果てしなく大きかった。

 そして自分の夢を果たす為に、騎士を捨てて仲間になれというその豪胆さ。

 面白いじゃないか。その夢、俺も付き合わせてもらおう。


「じゃあ……」


「いいだろう、お前の仲間になってやる。但し、ダルがその栄光に相応しくないと判断した時はすぐに抜けさせてもらうがな」


「それで構わねぇぜ。これからよろしくな、イザーク」



 ――騎士の家系に生まれた俺の人生は、騎士以外の選択肢はなかった。


 ――そんな俺がダルと出会って敗北を喫し、初めて自分で自分の道を選択する。


 勝手に騎士を辞めることに両親や騎士団には申し訳なく思うが、この衝動は誰にも止められない。俺自身でさえな。


 こうして、俺は今まで歩んできた道を全て捨て去り、冒険者としてダルの仲間になったのだった。



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