98 エスト3 (後編)
「エストさん、ティアナさんから成人式パーティーの招待状が届いてますよ」
「ティアナさんから?」
迷宮攻略を終えた夜に宿屋の部屋で寛いでいると、手紙を持ったソラがそう言ってきた。
「パーティーか……」
どうしようかな。
招待してくれたのは嬉しいんだけど、今はそんな気分じゃないんだよね。
パーティーに行くか迷っている僕に、フウが柔らかい笑みを浮かべながら促してくる。
「最近攻略尽くめで根を詰めてたし、気晴らしに行ってみてもいいと思う。それに貴族の誘いを断るのも不敬だしね」
「そうですよ、行きましょうエストさん!」
「うん……そうだね。行こうか」
四人目の仲間も見つからず、アテナに追いつかれたくないと焦っていた僕は休まず攻略を続けていた。ソラとフウにも無理をさせてしまったと思う。
よくよく考えたら貴族からの招待を断るのもマズいだろうし、二人の後押しもあってパーティーに参加することにした。
「大丈夫かなこれ……絶対似合ってないよね」
貴族が着るような衣装を纏った僕は、鏡で自分の姿を確認しながら頭を捻る。
パーティー当日に侯爵様の屋敷に訪れた僕等は、このままの格好では浮いてしまうので侯爵様が衣装を用意してくれた。
ソラとフウは別室で着替えることになり、僕は屋敷の執事に見繕ってもらう。
けど、なんというか馬子にも衣装って感じでちょっと恥ずかしい。
「エストさん、凄く似合ってますよ」
「うん、かっこいいわよ」
「っ!?」
部屋に入ってきて褒めてくれる二人を見た僕は、目を見開いた。
ソラは純白のドレス、フウは漆黒のドレスを纏っている。ドレスアップしているソラとフウは、言葉も出ないほど美しかった。
「こういう時は何か言うことあるんじゃない?」
「ど、どうですか? 似合ってますか?」
「うん……二人共凄く綺麗だ」
ジト目を送ってくるフウと、少し照れ臭そうに尋ねてくるソラに素直な言葉を送る。
なんというか、こう言っては二人に失礼だけど見違えるほど綺麗だった。
パーティーの準備が整い、会場に客が集まる中、グレトラント侯爵とティアナさんが挨拶を行う。
その後は歓談となり、食事をしたり社交ダンスを踊ったりだ。僕はソラとフウに教わりながらダンスを踊り、ようやく慣れた頃にティアナさんに誘われて不格好ながらも頑張って踊った。
「ふぅ……」
慣れないことをして疲れた僕は、バルコニーに出て夜風に当たっていた。
基本的に場違いなんだよな。あっちを見てもこっちを見ても貴族様だし、何を喋っていいかわからない。
僕等は侯爵様を傭兵から助けたって紹介されているから下に見られるような態度とかは取られておらず、むしろどの貴族様からも好意的なんだけど、やけに持ち上げられるとどう返せばいいのか分からない。
「分かるよ、貴族のパーティーは疲れるよね」
「はい、正直言うと疲れました……って、イザークさん!?」
「やあ」
つい馴れ馴れしく答えてしまったけど、声をかけてきた人物に驚愕してしまう。
にっこりと爽やかな笑みを浮かべているのは、ワールドワンのリーダーでありプラチナランク冒険者のイザークさんだった。
(イザークさんも来てたんだ)
最初は見当たらなかったから、後から来たのだろうか?
確かアスタルテっていう名前だっけ。イザークさんの側に眼帯を付けた美女も居るけど、彼女はイザークさんに一言告げて会場の中に戻って行く。
憧れの人を目の前に緊張していると、イザークさんは僕に話かけてきた。
「エスト君、だったかな? 君のことは知っているよ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、本当さ」
まさか彼が僕を知っていたなんて……。
プラチナランクのイザークさんに認知してもらえていたことが嬉しく、僕の心は舞い上がっていた。
「一度ギルドで見かけたし、クラリスから来た期待の冒険者と聞いている。付与魔術だったかな? 仲間を強くさせる素晴らしい魔術の使い手だそうじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
本当に僕のこと知ってるんだ。
それに付与魔術のことも褒めてもらえるなんて……凄く嬉しいな。
「ところでエスト君は迷宮教団という存在を知っているかな?」
「迷宮教団ですか……すみません、聞いたことがないです」
素直に告げると、彼は「ははは、そうかそうか」と可笑しそうに笑ってしまう。
無知なのが恥ずかしくて、僕はイザークさんに尋ねた。
「その迷宮教団って、どんなことをしているんですか?」
「そうだな……迷宮を保護し、又は育てることを目的として活動している団体かな」
「保護に育てる……ですか?」
今一ピンときていない僕に、イザークさんは夜空を見上げながら、
「迷宮は永久にそこにある訳ではない。魔力が枯渇すれば、やがて消滅してしまうんだ」
「そうなんですか?」
知らなかった。迷宮はずっとそこにあるものだと思っていた。
「そうだよ。それでエスト君、迷宮がなくなる事によって一番迷惑を被るのは誰だと思う?」
「それは……冒険者ですか」
僕の答えにイザークさんは「正解だ」と真面目な顔を浮かべて、
「迷宮の恩恵を一番受けているのは俺達冒険者だ。迷宮と冒険者は共存関係にあり、無くてはならないものなんだよ。
それだけじゃない、迷宮はこの母なる大地そのものの一部であり、無くなれば世界中の土地が干からびてしまう。だから迷宮教団は迷宮が消滅しないように保護し、時には苗木を植えるように生み出しているんだ」
「まさかイザークさんは……」
「ああ、俺は迷宮教団だ」
やっぱり……話の流れからして彼が迷宮教団の人じゃないかとは思った。
迷宮を保護し育てる……か。そんなことをしている人達がいるんだな。
という事は僕等が冒険者としてやっていけるのは迷宮教団のお蔭なのか?
でも、どうしてイザークさんはその事を僕に話したんだろうか。意図が分からず困惑していると、彼は衝撃の言葉を放ってくる。
「そこでエスト君、是非君に迷宮教団に来てもらいたいと思っているんだ」
「――っ!? 僕をですか?」
「そうさ。君に来て欲しいんだ」
「あの……どうして僕なんでしょうか?」
分からない……何故僕を勧誘するのか。
その理由を問うと、彼は僕の瞳を真っすぐに見つめて、
「君が俺に似ているからだ」
「僕が、イザークさんに?」
「君は誰かに嫉妬して生きているだろう?」
「――っ!?」
イザークさんに図星を突かれ、心臓が飛び跳ねる。
そうだ……僕は強くなった今でも嫉妬している。光輝くアテナにも、そんな彼女の隣に居られるダルに対しても。
「君の気持ちはよく分かるよ。俺もダルという男に嫉妬しているからね」
「イザークさんが、ダルにですか?」
「ワールドワンは元々ダルのパーティーだという事はもう知っているかな?」
そう聞いてくるイザークさんに、僕は「はい」と頷いた。
ギルドでイザークさんと初めて会った時、ワールドワンを作ったのはダルであると彼が言っていたのを聞いていた。
「世界一の冒険者になるという夢を掲げていたあいつは、誰よりも光輝いていた。だがその光は余りにも強く、高く、俺はダルに嫉妬してしまっていたんだ」
「そう、だったんですか……」
彼の気持ちは痛いほどよく分かる。僕もそうだったからだ。
「エスト君、君は“こちら側”の人間だ。是非、迷宮教団に来て俺の力になってくれないか」
「……」
「力が欲しくないか? もっと強くなりたいと思わないかい?」
「えっ……」
「迷宮教団に来れば、君は力を手に入れられる。その力があれば、君が嫉妬している人にも負けることはない」
力は欲しいさ。
今まさに、僕は躓いている。その力というものが何なのか分からないけど、この現状を打破できるのなら欲しいに決まっている。
でも……僕は……。
「さぁ、どうする?」
手を差し伸べてくるイザークさんに対し、俯く僕はぐっと拳を握ると、
「すみません……少し考えさせてください」
「そうか……」
そう答えると、イザークさんは残念そうに手を引っ込める。
とその時、会場から大きな歓声が聞こえてくる。
「バロンターク八世、ご到着!」
バロンターク八世って……この国の王様ってことか?
へぇ、王様もパーティーに出席することになっていたのか。
「やれやれ、王様は重役出勤ということかな。ではエスト君、良い返事を期待しているよ」
そう言いながら僕の肩をポンと叩き、会場に戻っていくイザークさん。
(僕は……)
彼の背中を眺めながら、僕はどうすればいいかずっと考えていた。