96 エスト3 (前編)
「エストさんが作るご飯、美味しいです」
「本当そうよね。美味しいからつい食べ過ぎちゃうけど」
「はは、そう言ってくれると作りがいがあるよ」
僕が作ったお昼ご飯をもりもり食べるソラとフウ。
よっぽど美味しいのか、猫と狼の尻尾がフリフリと揺れていた。
ソラは白虎種で、フウは黒狼種。
二人共獣人族だから、可愛らしい見た目に反して凄い量を食べるんだよね。僕としては、二人が喜んでくれるなら幾らでも作ってあげるつもりだ。
ただし、その都度食料を調達しないといけないんだけどね……。
「悪いわね、エストばかりに作らせちゃって」
「そんなことないよ。元々料理とか得意だからさ」
スターダストに居た時も殆ど僕が料理を作っていた。
けどそれは、冒険者として自分が役立たずで、その負い目から率先して雑務をやっていたんだ。それが皮肉にも、僕の料理スキルは結構高くなっている。
ただ、スターダストに居た時と比べて今は負い目なんか一つもなく、ソラとフウに美味しいご飯を作ってあげたいという気持ちで料理しているから僕も楽しかった。
(クラリスを出てもう三日か……)
僕はエスト。
金色ランク冒険者であり、スターライトのリーダーだ。
そんな僕は付与魔術を得意として、クラリスでは【手品師】なんて二つ名をつけられている。
クラリスの上級迷宮を踏破した僕は銀色から金色に昇格し、ソラとフウも銅色から銀色に昇格した。個人だけではなく、パーティーであるスターライトも金色に昇格したんだ。
これ以上クラリスで達成する目標が無くなってしまった僕等は、さらなる高みを目指し、スターライトの名を轟かせる為に王都バロンタークで活動することを決めた。
王都に向けて旅立ってから三日。
これといった出来事はなく、穏やかな時を過ごしていた。
「さっ、ご飯も食べたしそろそろ行こうか」
「「はい(ええ)」」
ご飯を食べて休憩も取った僕等が、王都に向けて出発しようとしたその時だった。
突然ドンッとけたたましい爆発音が聞こえてくる。
「なんだ!?」
「音はあっちから聞こえました」
「どうするエスト」
聴力が優れている二人は爆発音の方角がわかるそうだ。
そしてフウは僕にどうするか意見を聞いてくる。う~ん、ちょっと気になるな。
「確かめるだけ確かめに行こうか」
「そうね」
ソラとフウが先導してくれて、僕達は急いで音が聞こえた場所まで駆け出す。
そこで目にした光景に驚愕した。
「誰か襲われてます!」
ソラの言う通り、誰かが盗賊のような格好した奴等に襲われていた。
見たことがない鉄の塊と、幾つかの馬車を囲っている盗賊達。鉄の塊と馬車を守るように、鎧を纏っている騎士達が盗賊と戦っている。
「どうします、エストさん」
「勿論助けるさ!」
盗賊に襲われている騎士を見ながら尋ねてくるソラに即答する。
このまま黙って見過ごすなんてできない。
「エストならそう言うと思った」
「行こう!」
僕はソラとフウ、それと自分自身にも付与魔術をかけて戦いの場に赴く。
「助太刀します!」
「おお……感謝する!」
「何だお前等!?」
「邪魔立てするなら纏めて殺っちまえ!」
騎士に協力することを伝え、襲い掛かってくる盗賊と戦う。
盗賊の割りには戦い慣れているみたいだけど、上級迷宮を踏破した僕等の敵ではない。瞬く間に倒していき、無事に盗賊を退治した。
「ふぅ……これで終わったか。二人共、怪我はないかい?」
「大丈夫です」
「全然余裕よ。大したことなかったわ」
問題ないと微笑むソラに、やれやれといった風に肩を竦めるフウ。
どうやら愚問だったみたいだね。まぁ怪我がないならそれに越したことはない。
「助けてくれて感謝する。えっと……」
「僕はエスト、冒険者です」
「ほう、冒険者だったのか。道理で強い訳だ」
手を差し出してくる騎士に僕も握り返して挨拶をする。
「盗賊に襲われるなんて災難でしたね」
「いや、奴等は盗賊ではなく雇われの傭兵だろう」
「傭兵……ですか? いったい何の為に……」
盗賊だと思っていたけど、騎士が言うには傭兵らしい。
僕の質問に、騎士は鉄の塊を見ながら口を開いた。
「恐らく侯爵様のお命を狙われたのだろう」
「侯爵様?」
って、何だろう?
聞いたことがない単語だけど、様付けするくらいだから偉い人なのだろうか。
頭を捻っていると、驚くことに鉄の塊から人が出てきた。
豪奢な服を着ている年配の男性と、ドレスを纏った僕くらいの歳の綺麗な女の子。
その二人は僕等に歩み寄ってくると、年配の男性が柔和な笑みを浮かべてこう言ってくる。
「おお、そなた達が助けてくれた冒険者か。どうもありがとう、お蔭で助かったよ」
「いえ、当然のことをしたまでですから」
「是非、お名前を聞かせてもらってもよろしいですか?」
綺麗な女の子に名前を聞かれた僕等は互いに自己紹介をする。
それから色々と話を聞かせてもらった。
見た目が優しそうなお爺さんの名前はグレトラント侯爵。
彼はなんと貴族様だったんだ。騎士が耳打ちして教えてくれたんだけど、侯爵は貴族の階級でも二番目に偉いらしい。
それを聞いた僕は慌てて畏まったんだけど、彼は笑って「構わん構わん」と態度を変えなくてもいいと言ってくれた。
貴族って堅苦しくて威張っているイメージを想像していたんだけど、グレトラント侯爵は全然そんな事はなく気さくで優しい方だった。
綺麗な女の子の名前はティアナさん。
侯爵様の娘で、十五歳の成人を迎えたばかりだそうだ。
侯爵様とティアナさんは、視察を兼ねてティアナさんの挨拶回りに各地を巡っていたらしい。それが終わって王都に戻ろうとした所、傭兵に襲われてしまったんだ。
襲われた理由は恐らく侯爵を狙ったもの。
政治絡みだったり、身代金目当てだったりと襲われることはよくある事なんだそうだ。他人事だけど、常に命を狙われるのは大変だなと思ってしまう。
「エスト殿達は、どちらに向かわれるのですか?」
「僕達も王都に行く旅の途中なんです」
「おお、それは奇遇ですな! ならエスト殿、王都まで我等と共に参りませんか」
「それがいいですわ! エスト様、是非一緒に行きましょ!」
「えっと……」
突然誘ってくる侯爵様とティアナさんに、僕は言葉を濁す。
ソラとフウに意見を聞こうかと顔を向ければ、彼女達は貴族の前で緊張しているのか無言の圧力で僕に判断を任せてくる。
「我々としても、エスト殿達のような強者が一緒に居てくれると心強い。勿論王都までの護衛料も出そう。どうかね?」
「お願いしますわ、エスト様」
「わ……わかりました。僕達で良かったらご一緒させていただきます」
結局引き受ける事にした。
どっちみち行き先は同じだし、侯爵様からのお願いを無碍にするのも忍びない。それにまた傭兵や盗賊などに襲われる危険もあるし、僕等の力で役に立てるなら護衛しても良いと思ったんだ。
「引き受けてくれて感謝する」
「ありがとうございます! よろしくお願いしますね!」
「はい、よろしくお願いします」
という事で、僕達は侯爵様達と行動を共にすることになった。
傭兵をクラリスに届ける為に護衛騎士の三分の一を残し、侯爵様と僕等は馬車に乗って出発する。
僕とソラとフウは、侯爵様とティアナさんが乗る鉄の塊にご一緒させてもらうことになった。
「えっ、これって動くんですか?」
ブロロロと重低音を響かせて一人でに動き出す鉄の塊につい驚いてしまう。
てっきり馬に引かれると思っていたんだけど……いったいどんな仕組みで動いているんだろう?
「おや、エスト殿は魔導車に乗るのは初めてですかな?」
「魔導車……ですか?」
「ええ、魔石のエネルギーを動力にして動いているんですわよ」
「へぇ……」
隣に座っているティアナさんが教えてくれる。
凄いな……そんな乗り物があるんだ。初めて乗ったけど、馬車よりも全然快適だし速度も一定だ。窓から見える景色も良いしね。
「魔導車だけではなく、魔導飛行船なんてものもあるぞ。これから魔導飛行船がある場所に向かうから、楽しみにしているといい」
「魔導飛行船ですか」
どんなものなんだろう?
飛行船っていうぐらいだし、魔導車よりも大きいのかな。
ちょっとワクワクしていると、ティアナさんに声をかけられる。
「ねぇエスト様、お話を聞かせてくださらない?」
「話ですか?」
「はい! 是非、冒険者のお話を聞かせてください!」
か、顔が近い……。
ティアナさんにぐいぐい来られて戸惑っていると、対面に座っている侯爵様が可笑しそうに笑う。
「はっはっは! どうやらティアナはエスト殿を気に入ったようだね」
「もうお父様ったら、からかわないでください。ねぇエスト様?」
「あ、あはは……」
だから近いよティアナさん!
「「ん、んん!」」
ティアナさんの距離感に戸惑っていると、僕の隣にいるソラと侯爵様の隣にいるフウがわざとらしく咳払いしてくる。言葉にはしていないが、「何デレデレしているんだ」と目が語っていた。
うわぁ……多分二人共怒ってるぞ。
(もう……どうしたらいいんだよ)
ティアナさんは貴族だから余り無下にはできないし、でもぐいぐい来るティアナさんに対応したらソラとフウが機嫌を悪くするしで、八方塞がりになってしまう。
うぅ……こんな事なら引き受けなければよかったかも。
こんな感じで、僕の精神は王都までもつのだろうか……。