92 ダル 追憶10
「ダル~お腹空いた~」
「んな事言ってもよ、お前が食べてばっかりいるから財布の中身がすっからかんなんだよ」
腹を摩りながら駄々をこねてくるアイシアに、俺は財布を逆さまにしながら文句を言う。
結局、アイシアは俺の旅に同行するようになった。
役立たずと一緒に旅をするのは正直嫌だったんだが、アイシアは初歩的な攻撃魔術や珍しい回復魔術も使えたりと、意外にも自衛できるくらいの力は兼ね備えていたんだ。
ただ、一々会話を求めてきたり、今みたいに腹減った~とか歩き疲れた~と我儘を言ってくるのは面倒極まりないんだけどな。
アイシアと行動を共にしてから半年程経ち、俺達はとある小国に辿り着いていた。
ここらで路銀を稼いでおかないとこの先やっていけないから、ギルドにでも行ってクエストを受けるか近場のダンジョンを攻略するしかない。
「あっ! ね~見て見てダル!」
「なんだよ」
そんな事を考えていると、突然アイシアが立ち止まり俺を呼んでくる。
彼女は掲示板に張ってある大きな紙を指しながら、嬉々とした顔を浮かべてこう言ってくる。
「武闘大会だって! それにね、優勝したら賞金も出るんだって!」
「へ~、そんなものがあるのか」
「ねぇダル、これに出てみたら? ダルなら絶対優勝できるよ」
「それで賞金ゲットってか?」
「あったり~! これで美味しいご飯を食べられるよ~」
ったく、人任せかよ。調子の良い奴だな。
でもまぁ武闘大会か……面白ぇ。モンスターや盗賊のような輩とは戦っているが、マジで強ぇ奴等と剣を交えたことは余りないんだよな。
良い機会だ。ここらで俺の力がどれだけ通用するのか試してやる。勿論優勝を目指すがな。
武闘大会は明日開催との事なので、俺達は急いで会場に向かい受付を済ませる。
広いところで軽く鍛錬を行ってから、明日に備えて安めの宿に泊まり夜を明かした。
「これより、武闘大会を開催します!!」
「「おおおおおおおおおお!!」」
「盛り上がってんな」
「お祭りみたいだね!」
円形の会場には観客で埋め尽くされていた。
純粋に戦いを楽しみたいって奴等もいるが、それだけじゃないらしい。どうも大会運営が賭け事をやっているそうなんだ。
だから観客も本気だし、運営も金を稼げるって寸法だ。
大会はトーナメント方式で主なルールは二つ。
相手を戦闘不能にするか、参ったと言わせるかだ。武器の所持は自由で、例え相手を殺してしまったとしても罪には問われない。
結構荒いルールだが、死にさえしなければ大抵の傷を運営が回復魔術で治してくれるらしい。
「どう? 強い人は居た?」
「う~ん……どいつもこいつもパッとしねぇな」
大会が始まってから既に三試合が終わっているが、見所のある実力者は一人も出てきていない。冒険者で言えばブロンズぐらいだろう。
武闘大会ってぐらいだから強ぇ奴等が集まってきてると思って期待したんだが、これじゃあ拍子抜けもいいところだぜ。
「9番、ベルーナ王国第三騎士団副団長、イザーク!」
「「おおおおおお!!」」
「なんだこの歓声」
「人気者なんだね」
豪奢な鎧を纏っている優男がフィールドに出てくると、会場のボルテージが一気に上がる。気になったので横の奴に訳を聞いてみると、どうやら優勝候補の一人らしい。
けっ、イケメンの癖に強ぇのかよ。なんかムカつくな。
っていうか、お偉い騎士様がこんな小国の武闘大会なんかに出てくんなよな。
「勝者、イザーク!」
「あいつ強ぇな……」
イザークの戦いは一瞬で決着がついた。
その身のこなしや剣技を目にした俺は、あの野郎が只者ではないと察する。優勝候補は伊達じゃねぇってことか。
はは、やっと面白くなってきたじゃねぇかよ。
それからも試合が進行されていき、ようやく俺の出番が回ってきた。
「32番、冒険者ダル!」
「そんじゃ、行ってくるわ」
「頑張って!」
アイシアに応援されながら、俺は観客席を飛び降りてフィールドに降り立つ。
「へへ、ガキかよ。こりゃ楽勝だな」
「さっさとかかって来いよデカブツ」
「なんだと!? ぶっ殺してやる!」
初戦の相手はハンマーを持った大男だった。
見た目で判断するバカに悪態を吐くと、デカブツは試合開始の合図が告げられる前に突っ込んできた。
俺は剣を振るってハンマーを弾き飛ばすと、その喉元に剣先を突きつける。
「まだやるか?」
「ま、参った……」
「勝者! 冒険者ダル!」
「「おおおおおおおお!!」」
「いいぞ~ダル~!」
初戦を勝利で飾った俺は、アイシアの隣に戻った。
弱すぎて肩慣らしにもならなかったぜ。これならイケメン野郎とあたる決勝まで余裕だな。
その予想は的中する。
俺とイザークは順調に勝ち進んでいき、ついに決勝戦となった。
「9番、副団長イザーク! 32番、冒険者ダル!」
呼ばれた俺はフィールドに飛び降りる。
出入り口から優雅に歩いてきたイザーク。対峙した俺は、イザークに気になっていた事を問いかけた。
「戦う前に聞いていいか。何でお偉い騎士様がこんな武闘大会に出てきてんだよ」
「我が騎士団の習わしなのだ。こんな小さな大会でも、優勝したら多少箔がつくからな。俺はそんな物に興味はなかったが、強者と戦えるならと参加した。まぁ、どの者も大したことがなく参加したことを後悔しているがな」
「はは、そうかよ。でも残念だったな、今度は俺に負けて後悔するぜ」
「笑止」
これ以上会話は要らない。
俺達は互いに剣を抜いて構える。
「決勝戦、試合開始!」
「「――っ!!」」
試合開始の合図が告げられた刹那、俺達は間合いを詰めて剣を振るう。
数合打ち合うと、一旦距離を取って息を正した。
「ふぅ……(こいつマジで強ぇな)」
今まで戦ってきた奴等とは比較できないほどイザークは強かった。
膂力、剣速、駆け引き、どれを取っても一級品だ。奴から滲みでる圧力も尋常じゃねぇ。
はは、面白ぇじゃねえか。
これだよ、俺はこういうのを待っていたんだ。俺と同等か、あるいは俺より強い奴と戦ってこそ己の真価を試される。
イザークに勝てさえすれば、きっと俺は階段を大きく登れる気がする。
「頑張れーダルー!」
「行くぞ!」
「来い!」
俺とイザークは死闘を繰り広げた。
一瞬のように短い時間にも、永久のように長い時間にも感じられた。ただ目の前の強敵に勝ちたい、負けたくないという一心で剣を振り続ける。そして――。
「はぁああああ!!」
「ぐっ!?」
俺が振るった剣がイザークの剣を払い落し、剣先を奴の眉間に突きつける。
「「はぁ……はぁ……」」
「勝者、冒険者ダル!!」
「「おおおおおおおおおおおおおお!!」」
「やったー! 凄い凄ーい!」
決着は着き、俺の優勝となった。
剣を鞘に仕舞っていると、イザークが信じられないと言わんばかりに口を開く。
「まさか冒険者に後れを取るとはな。俺もまだまだ鍛錬が足りないようだ。」
「……」
「ダルといったか。ありがとう、限界を越えた力を出しても負けたのはそれ以上に君が強かったからだ。世界はまだ広いと教えてくれて感謝する」
そう言って手を差し出してくるイザークに、俺もぐっと握手して、
「こっちこそありがとな、楽しかったぜ。なぁイザーク、一つ頼みたいことがあるんだ」
「何だ? 勝者の頼みだ、何でもとは言えないが俺ができる範囲の望みは叶えよう」
「俺の仲間になってくれないか?」
「……は?」
呆然とするイザークに、俺はへへっと笑いながら続けて口にする。
「俺は世界一の冒険者になる。その偉業を成し遂げる為にもお前の力が欲しいって思ったんだ。だから俺と一緒に来い、イザーク」
イザークはマジで強かった。
これまで戦ってきた誰よりも。こいつとなら、世界一を目指せると確信したんだ。
「く……はははははは!」
「なんだよ、笑うことねーだろ」
「すまない、まさか騎士の位を捨てて冒険者の仲間になってくれなんて思いもしなくてな。世界一か……そんな大それた事一度だって考えもしなかった。くく、面白いじゃないか」
「じゃあ……」
「いいだろう、お前の仲間になってやる。但し、ダルがその栄光に相応しくないと判断した時はすぐに抜けさせてもらうがな」
「それで構わねぇぜ。これからよろしくな、イザーク」
こうして、武闘大会に優勝した俺は新たにイザークを仲間として加えたのだった。
◇◆◇
「ねぇ、なんかこの村変じゃない?」
「確かにな、小さい村なのに魔道具があちこちに使われてやがる」
「街灯もそうだったな。それ以外にも随所に見受けられた」
アイシアの質問に、俺とイザークがそれぞれ答える。
イザークを仲間に加えた俺達は、半年ほど各地を旅していた。その途中で小さな村に立ち寄ったんだが、都市で使われるような魔道具がそこかしこにあったんだ。
小さな村の割りには贅沢というか、生活水準が異様に高い。
そのちぐはぐ差に疑問を抱いていると、快く泊めてくれた民家の女性が料理をテーブルに置きながら話してくれる。
「村にある魔道具はね、全部『森の魔女』様から頂いたものなんだよ」
「「森の魔女?」」
「そうだよ。私が生まれるずっと前から森の深くに一人で暮らしていてね、時々村に来ては便利な魔道具を食料とかと交換してくれるんだ」
「おばさんが生まれる前からって……何歳だよおい」
「それって、もしかしてエルフなのかな? エルフの中には寿命が長い人も居るみたいだし」
エルフか……俺はまだ会った事が無いんだよな。
人間と比べて数が少ないし、森の中にひっそりと暮らしているから滅多にお目にかかれない。
姿は人と変わりないが、耳が長く魔術に長けた種族ってことは本で読んだ気がする。
「魔女さんはね、優しくてと~っても綺麗なんだよ」
「そうなのか?」
「うん! 妖精さんみたい!」
娘さんが嬉しそうに教えてくれる。
そういえば、エルフは外見が優れているってのも本に書いてあったけ。
美人のエルフか……ちょっと会ってみてぇな。
「ダル~。鼻の下が伸びてるよ~」
「痛てぇって、やめろよアイシア」
どんなエルフなのか妄想していたら、アイシアが睨みながら鼻を抓ってくる。
ったく、妄想するぐらい別にいいじゃね~か。
「ダルじゃないが、確かに興味があるな。俺もエルフとは一度も会ったことがない」
「だよな! だったら明日森の魔女に会いに行ってみよーぜ! 本当にエルフか気になるしよ」
「まぁいいだろう」
「もう~、どうせ綺麗な人か見たいだけでしょ」
イザークの話に乗っかるように意見を唱えると、二人共了承してくれた。アイシアに関しては余り乗り気じゃなかったけどな。
俺達は民家で一泊した後、朝早くから森の中に入っていく。
しかし、どこを探しても住居らしき建物は見つからなかった。
「本当にエルフなんて居るのかよ」
「もしかしたら見つからないような魔術を使っているのかもな」
「それじゃあ探しても見つからねーじゃねぇかよ」
そんな風に愚痴を吐いていると、アイシアがあっちの方向を見ながら黙っている。どうしたと尋ねると、彼女は「うん……」と頷いて、
「多分あっちかも。不思議な感じがする」
「不思議な感じって曖昧だなぁ。まぁとりあえず行ってみっか」
アイシアの勘を頼りに、俺達は森の中を進んでいく。
すると、急に開けた場所に木造建ての小さな家が建っていた。
「こんな所に家が……」
「何だかそれっぽい感じがするな。入ってみようぜ」
二人にそう言って、俺は家の扉を叩く。
しかし全く反応がなく留守かと思ったが、ここまで来て出直すのもあれなので試しに扉を開けてみると、そこには一人の女性が居た。
(おい嘘だろ……)
生活感溢れる汚い部屋の中で、ソファーに寝っ転がっている女性を見た俺は言葉が出ないほど目を見開いた。
薄紫色の波打った長髪。彫刻のように完璧だが、色気も備わっている綺麗な顔立ち。真っ白な肌に、肉付きの良い惚れ惚れとした身体。そしてエルフ特有の横に伸びた長い耳。
人とは思えない、下界に降りてきた女神のような神秘的な美しさ。
アイシアも美しいが、それとはベクトルが違う妖艶な美しさだった。
けど、俺が驚いたのは容姿だけじゃない。
何よりも突出しているのは、その身に宿る膨大な魔力。ただそこに居るだけなのに感じ取ってしまうほど、濃厚な魔力量。
はは……凄ぇな。これが森の魔女か。
生物としての格の違いを思い知らされた俺は、珍しく興奮していた。
「おやおや、よくここに辿り着けたね」
「アンタが森の魔女か?」
「いきなり来て失礼な坊やさね。初対面のレディにはまず名を名乗りな。それが礼儀ってもんだよ」
「俺はダル。世界一の冒険者になる男だ」
「世界一って……ガキの癖に夢みたいなことを吐くじゃないかい。冒険者ってやつはよく知らないけど、そもそも世界一って何さね? 何をもって世界一なんだい?」
「偉業を成し遂げ、歴史に語り継がれ、一番凄い冒険者は誰だって話題が出たらすぐに俺の名が出るくらい、誰もが認めるような冒険者だ。そういう冒険者に俺はなる」
「……」
俺の夢を告げると、魔女は分かり易いくらい驚いた。
なんだよ、エルフって言うからもっと化物染みた奴だと思ったが、人間臭いところもあるじゃねえか。
森の魔女は一瞬だけ口角を上げた後、「へぇ~」と観察するように俺を見て、
「それで、未来の世界一の冒険者様がワタシに何の用さね。長居しないでさっさと帰ってくれると助かるよ」
「俺の仲間になってくれ」
「はっ?」
「「はぁああ!?」」
突然ぶっ込んだ俺に、アイシア達が驚愕の声を上げる。
まぁ驚くのも無理はねぇだろうな。俺自身、何も考えずに口走っちまったんだから。
でもこれは冗談でも何でもねぇ。俺の勘が、こいつは仲間にするべきだと強く訴えてくるんだ。
「おいダル、突然何言ってるんだ。得体の知れない奴を仲間にするなんて馬鹿なのか?」
「いいじゃねぇか。絶対面白いぜ」
「私は別にいいよ」
「アイシアまで……はぁ、もう勝手にしろ」
イザークが考え直せと言ってくるが、アイシアも賛成したことで降参した。
でも、アイシアが賛成してくれるのは意外だな。こいつの事だから「絶対ダメー!」とか言ってきそうなのによ。
「おいおい、何勝手に話を進めているんだい。誰がアンタ達の仲間になると言ったさね。ワタシはここで静かに暮らしていたいんだよ」
「こんな所に居てもつまんね~だろ。もっとワクワクするような冒険をして、俺と一緒に世界一を獲ろうぜ」
へへっと笑いながら強引に誘うと、魔女は一瞬呆然とした後に「ふっ」と微笑んで、
「面白いじゃないか。坊や……ダルの夢が叶えられるか、この『森の魔女』クレーヌがこの瞳で見届けてやるさね」
「おう! よろしくな、クレーヌ!」
という事で、俺達は森の魔女改めクレーヌを仲間に加えることになったんだ。