91 ダル 追憶9
「俺、旅に出るよ」
「そうか、とうとうここを出ちまうのか」
「ダル坊が居ないと寂しくなるね」
この町を出ることを伝えると、ギルドにいる受付のおっさんと魔術師の姉さんは寂しそうな顔で笑った。
「いつまでもここに居たって俺は成長できない。だから、もっと世界を見て周りたいんだ」
師であるウルドが死んでしまい、『世界一の冒険者になる』という彼の夢を受け継いで冒険者になった。
だがこの四年近く、俺は身体だけ大きくなっただけで冒険者として全く進歩していなかったんだ。
大人達がいるパーティーに入っても、俺がガキだからって報酬をちょろまかされたりもした。
仲間のレベルが低くて、俺ばっかり戦うハメになったりもした。
それでいて分け前は均等で、馬鹿らしくなってパーティーを抜けた。
大人達はもう懲り懲りだと、今度は同世代のパーティーに入ったりもした。
確かに気は楽になったが、そいつ等は全然やる気がなくて上を目指そうという気概がなく、終いには「ダルについていけないから、悪いけどパーティーを抜けてくれないか」と言われて追い出されもした。
だったら俺が最初からリーダーになって同世代の奴等を引っ張って行こうとしたんだが、痴情のもつれでパーティーが崩壊したりした。
特にこれに関しては、女のしたたかさって奴を思い知らされたよ。
男三人の女一人の四人パーティーだったんだが、その女が俺の事を好きだっつうから隠れて付き合うことになったんだ。だけどある日、女はパーティーの他の男と寝てやがった。
その場面に出くわした俺はカッとなって「俺の女に手を出しやがったな!」と殴り合いの喧嘩になったんだが、その時にもう一人の男も止めに入った。
けど笑っちまうことに、そいつも「いやいやあいつは俺の彼女だから!」とか意味わかんねーこと言ってきたんだよな。
「「どうなってんだ……?」」
と、俺達は何がどうなっているのか混乱しちまう。
実はその女、俺以外の男二人にも同じように好きだと言って隠れて付き合ってたんだよ。
それを知らずバカな俺達はまんまと遊ばれていたって訳だ。
「「え~……」」と余りにも馬鹿らしくなって、俺達はパーティーを解散した。
まぁその男二人とは、仲直りして一緒に酒を飲む仲になったけどよ。因みに女は喧嘩のどさくさに紛れて町から消えて行っちまったよ。
この四年間で俺が学んだことは、酒の飲み方やギャンブル。
それと女は恐ぇってことと、パーティーを上手く回すのは案外難しいってことだけだった。
冒険者としての実力は、四年前と比べて全く進歩していない。
このままこの町に留まっていたら腐っちまうと悟った俺は、町を出る決意をしたんだ。
「二人共、マジで世話になったよ。ありがとな」
「頑張れよダル坊。お前が世界一の冒険者になるのを期待してるぜ」
「死ぬんじゃないよ」
「ああ、行ってくる」
受付のおっさんや魔術師のお姉さん、ティア婆さんやこれまで世話になった冒険者に別れの挨拶を告げ、俺は旅に出た。
◇◆◇
「くっそ、全然抜け出せねぇぞ」
旅に出てから半年、俺は各地を見て回っていた。
その途中で大きな森を通らなければならなったんだが、霧が深くなって方向が分からず迷っちまったんだよ。
一向に森を抜け出せずどうしたもんかと愚痴を吐いている時だった。
――こっち。
「なんだ?」
――こっちに来て。
「誰だ!? 出てこい!」
不意に声が聞こえてきたんだ。
こんな森の中で人の声が聞こえるなんて怪しいだろうと警戒していたが、姿を現す気配が全くない。
――こっちよ。
「くそ、何だってんだよ」
だけど声だけは聞こえてくる。
黙っていても仕方なく、俺はその声に誘われるように森を駆けた。
すると――、
「泉……?」
森の中にひっそりと、底が見えるくらい水が透き通っている泉を見つけたんだ。
その空間は何だか不思議だった。泉の周りに綺麗な花が咲いていたり、様々な動物達が楽しそうにじゃれ合っていたり、この場所だけ絵本の中にいるような神聖な空気に満ち溢れていた。
「なんなんだ……?」
「ふふ、やっと来た。ずっと待ってたんだからね」
「だ、誰だお前!? ――女?」
ついボーっとしていると、突然背後から声をかけられる。
気配を感じず不意を突かれた俺は、やべぇ! と振り返りながら剣の柄を握る。だけど、声をかけてきたのが武器も持っていない女で驚いちまった。
「私はアイシア、よろしくね」
花のように明るく笑うアイシアは、今まで出会ってきた女の中でも一番綺麗だった。
淡い桃色の長髪に、澄んだ空色の大きな瞳。
あどけない顔立ちと、シミの無い真っ白な肌。背は俺より少し低いが、谷間が見えるほどの豊満な胸があり、変わった衣装を纏っていた。
同じ人間とは思えないほど美しく、どこか神秘的な雰囲気を醸し出すアイシア。
そんな彼女につい見惚れてしまっていると、アイシアは「お~い」と呑気に手を振ってくる。
「君の名前は?」
「俺は……ダルだ」
「ダル……うん、良い名前ね!」
「良い名前ね! じゃねーよ。何なんだよお前、ここで何してんだ」
「何してるって言われても、私はここで暮らしているんだよ」
「暮らしてるって……この森に一人でか?」
「うん」
それを聞いて驚いた。
こんな森の中に一人で暮らしてるって冗談だろ。嘘なんじゃねぇかと疑いの眼差しを向けていると、アイシアは頬をぷくっと膨らませて、
「何よその目~。本当なんだからね、友達だって沢山いるから寂しくないのよ」
そう言うと、木々に止まっていた小鳥達がアイシアの肩や頭に乗ってくる。その他にも動物がやって来ては彼女にすり寄り、アイシアは愛おしそうに撫でた。
「ほらね?」
「はぁ~わかったよ。それよりも、この森で暮らしてるって言うなら出口を知らないか? 迷っちまって困ってるんだ」
「知ってるよ」
「なら教えてくれよ」
出口を知っているアイシアにお願いすると、彼女は「う~ん」と可愛らしく考える仕草をして、
「いいけど、その代わり条件があります」
「なんだよ」
「その剣をちょっと貸してくれない?」
「剣を?」
突然剣を貸せと言ってくるアイシアに、俺は難色を示した。
唯一の武器を渡すのは気が引けるが、この女じゃまともに剣を振れないだろう。それに森を出られないと困るから、仕方なく鞘から剣を抜いてアイシアに渡した。
「ほらよ」
「ありがと。へ~、想いが込められている良い剣ね。きっとダルの大事な物なのね」
「まぁな」
「えい!」
「はぁぁああああああああ!?」
剣を眺めて褒めてくるからつい喜んでいると、アイシアはいきなり剣を泉に向けて投げ捨てやがったんだ。しかも結構遠くにな。
唐突な行いに驚いた俺は、「何してんだテメエ!」とアイシアの肩を掴んだ。
「まぁまぁ、そんなに怒らない。ちゃんと取ってくるから」
「当たり前だバカ野郎。失くしたら承知しねーぞ」
っていうか、そもそもどうしてこいつは剣を投げたんだ?
そんな疑問が浮かんでいると、アイシアは両手を泉の方に翳す。
――その瞬間だった。
泉の中から俺の剣が勝手に浮かび上がってきて、アイシアの手元に戻ってくる。しかも俺の剣だけではなくもう一本、黄金に輝く剣も合わせて飛んできた。
「なっ……え?」
不可思議な現象に開いた口が塞がらず呆然としていると、右手に俺の剣を、左手に黄金の剣を持ったアイシアがこう問いかけてきた。
「貴方が泉に落とした剣はこの大きな鉄の剣ですか? それともこのイカしている黄金の剣ですか?」
「いや……俺が落としたんじゃなくてお前が投げたんだろ……」
「いいから答えて」
自分が投げたのに落としたことにして強引に答えを求めてくるアイシアに、俺はため息を吐きながら自分の剣を指す。
「そっちが俺の剣だ」
「正解! 正直者の貴方には特別にこの黄金の剣も授けましょう」
「いらねーよ。っていうか鞘もねぇじゃねえか」
二本の剣を渡してくるアイシアに、俺は自分の剣だけ受け取りながら断る。すると彼女は「平気平気!」と陽気に笑いながら、
「この剣は人を傷つけることはないよ。だからこうやって腰に差しても問題ありません」
「あっおい、何勝手に――」
アイシアは近付いてくると、ごそごそと俺の腰に黄金の剣を差す。
危ねーだろと思ったが、剣に触れてもなんともなく、しかも異常に軽かった。まるでそこに存在しないかのように。
「う~ん、なんか見た目が不格好だから、どこかで鞘をゲットして仕舞った方がいいかも」
「はぁ、もう何でもいいよ。それよりさっさと出口を教えてくれ」
なんかもう色々と面倒臭くなった俺は、剣のことは一先ず放っておいて森の出口を聞いた。
アイシアは「うん!」と頷いて、スキップするように歩き出す。
「ついて来て」
それから先導するアイシアについて行くと、あっという間に森の中を抜けてしまった。
なんだよ、こんなに近いなら聞かなくても良かったかもな。
「助かったよ。じゃあ俺は行くから」
「何言ってんの? 私もダルについて行くよ」
「はぁ!?」
何言ってんだこいつ!?
いい加減にしろよと怒鳴って歩き出すが、アイシアは構わず後をついてくる。
ムカついた俺は一度立ち止まって、ジト目を送りながら問いかけた。
「おい、マジでついてくる気じゃねーだろうな」
「マジで~す!」
「はぁ……もう勝手にしてくれ」
イエーイとふざけてくるアイシアに調子を崩された俺は、もうどうにでもなれと深いため息を吐いたのだった。




