90 フレイ 3(前編)
「クッソがーーー! ダルの野郎、どこほっつき歩いてるんだよ!」
イライラが限界を越えたオレは、椅子から立ち上がって喚いた。
椅子を蹴っ飛ばしたい衝動に駆られるが、アテナに怒られちまうのでギリギリ我慢する。
オレがキレ散らかしている理由はダルだった。
昨日の夜に部屋から出て行ったっきり帰って来てねぇ。朝までには帰ってくるだろうと呑気に待っていたが、結局昼を越えても全く帰って来やしねぇじゃねえか。
あ~イライラするぜ。これじゃあダンジョンに行けねぇだろうが。
オレは当たり散らすように、アテナのベッドに寝っ転がっているミリアリアに尋ねた。
「おいクソエルフ、お前ダルに何言ったんだよ!? 何か気に入らねぇこと言ったからアイツが帰って来ねぇんじゃねえのか」
「別に~。攻略が滞ってるから、さっさと調子を出せって言っただけだし」
「チッ、本当にそれだけかよ」
昨日の夜、ミリアリアはダルの部屋で何かを話していた。
そんでダルは逃げるようにどっか行っちまったんだ。ミリアリアが珍しく剣呑な雰囲気だったから喧嘩でもしてるのかと思ったが、こいつがつまんねー事でも言ったからあいつも帰って来にくいんじゃねえのか?
「っていうかさ、アタシが何か言ったところで子供みたいにイジけるタマじゃないでしょ、ダルは」
「ぐ……まぁそうかもな」
ミリアリアに正論を言われたオレは、何も言い返せず頭を掻いた。
ダルはちょっとやそっとでウジウジする奴じゃねぇ。それは分かってるけどよ、だったら何であいつは帰って来ねぇんだよ。
「イラついてるからって一々アタシに突っかかってくんのやめてくれる? ウザいんだけど」
「ンだとクソエルフ! やんのかオラ?」
「こらこら、二人共やめないか」
余計な一言を言ってきたミリアリアにガン飛ばすと、アテナが間に割って入ってくる。話を逸らす為か、顎に手を乗せながら口を開いた。
「一日経っても帰らないとなると、ダルの身に何かあったのかもしれない……」
「あン? 何かって何だよ」
「分からないが……事件に巻き込まれたとか。兎に角、このまま待っていても埒が明かない。一度皆でダルを探しに行かないか?」
「チッ、しょうがね~な。これでまだ酒飲んでたり女と遊んでいたりしたらぶん殴ってやる」
面倒臭ぇがアテナの提案に乗ることにした。
別に心配してる訳じゃねえぞ。ダルはそんじょそこらのザコにやられる奴じゃねぇのは分かってる。
大方、酒でも飲んでるか女と遊んでやがるんだろ。王都に来た時、久しぶりに美味い酒を飲みたいとか綺麗な姉ちゃんとイチャイチャしたいとかほざいていたからな。
まぁ本当にそうだったら一発ぶん殴ってやるがよ。
「アタシはパス。今日はもうダラダラしたい。ダルだって夜には帰ってくるでしょ」
「おいこら、テメエの所為でダルが出て行ったんだから少しは協力しやがれ」
「ぐえっ」
毛布にくるまってアホなこと抜かすクソエルフの首根っこを鷲掴み、無理矢理引っ張る。
苦笑いを浮かべるアテナと共にダルを探しに部屋を出ようとしたその時、不意に部屋の扉が開いた。
「ダル……」
「ほら~だから言ったじゃん。その内帰ってくるって」
「おいダル、テメエ今までどこほっつき歩いてやがっ……」
部屋に入ってきたのはダルだった。
オレは文句を言ってやろうとしたんだが、途中で口が止まっちまった。
何故なら、ダルの雰囲気がおかしいのと、昨日とは違う見たことねー服を纏っていたからだ。
いつものダセぇ服装ではなく一丁前の冒険者みたいな格好につい驚いちまっていると、ダルは「へへ」と小さく笑いながら謝ってくる。
「悪ぃな、帰ってくるのが遅くなった」
「全くだ、こっちは心配したんだぞ。というよりその服はどうしたんだ。まさか服を買いに行っていたのか?」
ダルの姿を目にして安堵の息を吐いたアテナが尋ねるも、ダルはそれに答えずこう言ってきた。
「これから用事がある。その前に、お前等に伝えておかなきゃならねぇ事があるんだ」
「用事だァ? バカな事言ってんじゃねぇ、こっちはテメエが帰ってこない所為で半日潰れちまったんだよ。ほら、突っ立ってないでさっさと行こうぜ」
「悪いなフレイ、それは出来ねぇ」
「ンだと?」
まさか断られるとは思ってなくて、オレは眉間に皺を寄せた。
できねぇって何だよ。意味が分からず困惑していると、ダルはオレ達の顔を見ながら真剣な顔つきで口を開いた。
「俺はスターダストを抜ける。今日はそれを伝えにきたんだ」
「「――なっ!?」」
突然ダルからパーティーを抜けると言われ、オレ達は驚愕した。
スターダストを抜けるだァ? いきなり何言ってんだよコイツ。
「つまんねー事言ってんじゃねぇぞ! スターダストを抜けるって何だよ!?」
「そ……そうだぞダル。冗談にしてもタチが悪い」
オレが怒声を吐き、アテナが動揺しながらも軽口を出す。
だがダルは一切表情を変えず、淡々とオレ達に告げてくる。
「冗談でも何でもねぇ。俺は今日でスターダストを抜ける」
「なっ!?」
「マジかよ……」
本気だった。
冗談でもなく、ダルは本気でスターダストを抜けるつもりだ。
嘘だろ? 何で急にそんな話になってくるんだよ。
「理由は? 何で急にパーティーを抜けたくなったのか理由があるでしょ。まさか昨日アタシが小言を言ったからとかじゃないよね」
「バーカ、そんなんじゃねぇよ。俺は元々王都に到着したらスターダストを抜けるつもりだったんだ。まぁ、中々言い出せなくて引き伸ばしちまったがよ」
「何故だ……どうしてそう思ったんだ。理由は何だ、ダル!」
大声で問いかけるアテナとは真逆に、ダルは落ち着いた声音で理由を説明してくる。
「“スターダストにとって俺は邪魔だからだ”。夢もなんもねぇ惰性で生きてるような“終わっている人間”なんかがいつまでも居たら、お前等の将来にとって良くねぇ。
この王都にはお前等にも引けを取らない才能があって若い世代の冒険者がわんさか居る。そいつ等と組んで上を目指した方がスターダストにとって一番良いからだ」
「ふざけろ! 何勝手なこと抜かしてんだテメエ!? マジで訳分かんねーぞ!!」
「まさか……旅に出る時に王都を目指すと言ったのは、その時から既にスターダストを抜けることを考えていたのか?」
「そうだ。つっても、元々はもっと早い段階で抜けるつもりだったんだけどな。色々思うところがあって先延ばしにしちまった」
アテナの問いにダルは付け加えて返答した。
それを聞いてアテナが呆然としていると、今度はミリアリアがダルを睨みながら尋ねた。
「旅の途中でアタシ達に面倒なことを色々教えてきたのも……」
「そうだ。旅を利用して冒険者としての生き方を、俺が知ってるだけの全てを教えた。お前等が少しでも一人前になる為にな」
「おい……じゃあ何か? 旅をする前に勉強だとか言ってオレ達に準備させたのも、旅の途中に自分で料理をできるようになれって急に言ってきたのも、最初からスターダストを抜けるつもりでオレ達に教えてたってのかよ」
「そうだ」
「ふざんけんじゃねぇッ!!」
納得できるかと、ブチ切れたオレは思いっ切りダルをぶん殴った。
避けもせず殴られて扉に激突するダルの上に馬乗りになり、グッと胸倉を鷲掴む。
「終わってる人間だ!? パーティーを抜けるつもりで旅に出た!? オレ達をバカにしてんのかテメエ!!」
「……」
「“こっからだろ! オレ達は!” オレもアテナもミリアリアも、パーティーを組んだ時から力を付けた。やっとテメエの実力についていけるようになってきたんだ!
これからどんどん迷宮を攻略して名を上げていくんだろーが! それなのに何でテメエがスターダストを抜けちまうんだよ!!」
「……」
「何とか言えよ!」
口を閉じたまま何も言わないダルに、オレはドンッと強く胸を叩いた。
「オレは今まで、自分より弱ぇ奴に腹が立ってた。けどよ、ダルに負かされてから目が覚めたんだよ。そっからは自分を見つめ直して、テメエに追いつく為にオレなりに努力した」
もう一度、ドンッと胸を叩く。
「ダルの動きを見て、真似してよ……でも全然上手くいかねぇんだ。そんだけ、オレとテメエには力の差があった。それでもオレは絶対に諦めねぇって……必ずダルに勝ってやるって……それがあったからこそ、テメエからのウザったい小言も仕方なく聞いて、前よりも強くなれたんだ」
もう一度、ドンッと胸を叩く。
「少しは追いつけたかと思ったけどよ、そんな事は無かった。破天流のタオロンとの戦いをこの目で見て、やっぱりテメエは強くて凄ぇ奴なんだって……越えるべき壁はまだまだ高ぇんだって、オレは嬉しかったんだ」
もう一度、ドンッと胸を叩く。
「ダルは、オレが初めて出来た目標なんだよ! お前に勝つのがオレの目的なんだよ!」
もう一度、トンッ……と胸を叩く。
「なのに……何でなんだよッ」
「フレイ……お前……」
ちきしょう……何だよクソ、泣いてんのかよオレ。
何で泣いてんだよ! クソが、拭いても拭いても出てきやがる。
クソ! クソ! クソ! これじゃあ泣き落としみたいじゃねぇかよ。
ふざんけんなちくしょう、そんなダセぇ奴じゃねぇぞオレは!
泣き顔を見られたくなくてダルの胸に顔を埋めていると、オレの頭にそっと手が置かれる。
「フレイ、お前は俺より強くなる。俺が保証してやる、お前は誰よりも強くなる」
「ぐ……ぅ……」
「ミリアリア、お前は俺なんかが想像できないくらい凄ぇ魔術師になる。まっ、サボらなければな」
「……」
「アテナ、絶対に夢を諦めるんじゃねえぞ。お前なら世界一の冒険者になれる」
「ダル……」
オレ達にそれぞれ声をかけた後、ダルは静かに立ち上がった。
そして最後に、こう言ってきたんだ。
「少しの間だったけどよ、まぁまぁ楽しかったぜ。お前等が活躍するのを楽しみにしてるわ……じゃあな」
そう言って、ダルは踵を返して部屋から出て行っちまった。
ざけんな……ふざけんじゃねぇ。何勝手に一人で決めてんだよ!
オレは怒りに震えながら立ち上がり、アテナとミリアリアに叫ぶ。
「おい、さっさと追いかけてとっ捕まえるぞ! このまま行かせてたまるかよ!」
「「……」」
「おい……何黙ってんだよ」
ダルを引き留めるぞと伝えるが、二人は俯いたまま何も言わない。
疑問を抱いたオレは、二人に向かって怒鳴り散らす。
「まさかテメエら、このまま何もしねぇでダルがパーティーを抜けるのを認めるつもりなんじゃねーだろうな!?」
「だってさ、ダルが自分から抜けるって言ってんじゃん。それも昨日今日思いついた訳じゃなくて、ずっと前から考えてたみたいだし。それって、アタシ達が引き留める理由がなくない?」
わざとらしく顔を背けて反論してくるミリアリアに、オレは近づいて胸倉を掴んだ。
「アイツの理由なんざどうだっていいんだよ! ミリアリアがどうしたいかって聞いてんだ! 舐められたままで悔しくねーのか? あ?
あの野郎は自分の方が全然強ぇのに、スターダストに自分は邪魔だとかほざいたんだぞ。バカにされて悔しくねーのかって聞いてんだよ!!」
「――っ!」
オレの言葉を聞いて目を見開くミリアリアを放り捨て、未だに何も言わねぇリーダーに問いかける。
「お前はどうなんだ、アテナ。本当にこのままダルが抜けてもいいのかよ」
「私は……」
ウジウジしてるアテナに腹が立ったオレは、胸倉を掴んで強引に目を合わせる。
しみったれた面を浮かべているアテナにオレの気持ちをぶつけた。
「オレ達は“仲間”だろーが! パーティーを抜けるって言われて、はいそうですかって簡単に認めんのかよ!? お前はそれで後悔しねーのか!?」
「私は……私だってッ!」
「オレは嫌だね! テメエらがやらねーなら一人でもダルを引きずり戻してやる。このままあの野郎に勝ち逃げされてたまるかってんだ!」
「私だってそうだ! このまま終わってなるものか。スターダストにはダルの力が必要なんだ! 世界一の冒険者になる為に、私がダルを誘ったんだぞ! その夢を叶える前に、勝手に居なくなってもらっては困る!」
オレの胸倉を掴み返して力強く吠えるアテナ。
へっ、やっぱそうなんじゃねーのかよ。お前だって本当は全然認めてねーんだ。
「だったら最初からそう言えやボケ。おいクソエルフ、テメエはどうなんだ。あの野郎に一言も言い返さなくてもいいのかよ」
「ふん……ダルなんか居なくなったってど~でもいいけど、確かにこのままじゃムカつくんだよね。抜けるにしても、アタシの凄さを思い知ってからでないと」
チッ、相変わらず本音を言わねーなァこのクソエルフは。
まぁいいぜ、これでオレ達の気持ちは同じ方向に向いた。必ずダルを連れ戻してやる。
オレはバシッと手のひらに拳を叩きつけて、
「ならさっさと行こうぜ」
「ちょっと待ってくれ」
「あ~? ンだよいきなり。まだ変なこと考えてんじゃね~だろうな?」
「そうじゃない。ダルは元々パーティーを抜けるつもりと言っていたが、中々言い出せなかったとも言っていた。それはつまり、ダルにも未練があったってことじゃないか?」
あん? そんな事言ってたか?
めちゃくちゃムカついていたからあんまり覚えてねーんだよな。
「ダルが調子を崩したのは、クレーヌさんに会って過去の話題が出てからだ。きっとその時に決心したのだろう。私達はダルのことを何も知らない。
だから、会う前に一度クレーヌさんに話を聞きに行かないか?」
「まぁ、それでいいんじゃない? ダルの昔なんて全然興味ないけど」
「チッ、わーったよ。聞くだけ聞きに行くか」
つーことで、アテナの提案に乗ってこの前行ったエルフの婆の所に行くことになった。
部屋を出て歩いていると、隣にいるアテナがこう言ってくる。
「さっきはありがとう、フレイ。お前のお蔭で自分の気持ちに気付けたよ」
「ハッ! ったく、ダラしねーリーダー様でこっちは大変だっての」
「よく言うよ。というより、まさかお前の口から仲間だなんて言葉が出るとはな。正直嬉しかったよ」
「本当それ。バカフレイから仲間とか臭い台詞が出てくるとは思わなかった」
「バッ!? あれはつい勢いで出ちまったんだよ!」
そんな言い訳をするが、アテナとミリアリアはただ微笑んでいた。
クソ、イジってくんじゃねぇよ。
◇◆◇
「お待ちしておりました。クレーヌ様のところへどうぞ」
「「はぁ……」」
エルフの婆がいる魔道具屋を訪れたら、サレンとかいうマギアゴーレムに突然そう言われ、案内されちまう。
なんだよこの対応……まるでオレ達が来るのが分かってたみたいじゃねぇか。
首を傾げながらついていくと、サレンは扉を開いてオレ達を中に入れた。
部屋の中にはクレーヌが椅子に座っていて、優雅に煙草を吹かしてやがる。
「そろそろ来る頃だと思っていたさね」
「それって……ダルがスターダストを抜けると私達に伝えるのを知っていたんですか?」
「まぁそんな所だよ。ほら、突っ立ってないで座りな」
チッ、ダルの野郎……オレ達に言う前にこの婆に相談してやがったのか。なんかムカつくな。
言われた通り椅子に座ると、クレーヌは憂いた顔で口を開いた。
「ダルのことを聞きたいんだろう?」
「はい。私達はダルのことを全然知らないですから、クレーヌさんなら知っていると思いまして」
「いいさね、教えてやるよ。とは言っても、ワタシもそんなに多く知ってる訳じゃないさね。ただ昔に一度だけ、ワールドワンを結成した時に、珍しく酒に酔いながら自分の過去を話していたよ」
「どんな事を言っていたんですか?」
アテナが問うと、クレーヌはもう一度煙草を吹かし、過去を振り返るように天井を見上げながらゆっくりと語り出す。
「そうさねぇ……ダルは――」