89 クレーヌ(後編)
「俺はダル。世界一の冒険者になる男だ」
それがワタシとダル達との出会いだった。
小生意気なガキのダル。ニコニコと可愛らしい娘のアイシア。顔は良いが無愛想なイザーク。その三人が、ワタシの所にやって来たんだ。
ダル達は冒険者だと名乗っていたね。
戦乱の時代が収まった後、突然そういった職業を名乗る者達が出てきたのは耳にしていた。
魔族の残党を狩ったり、魔獣を討伐したり、貴族を護衛したり、迷宮に宝を探しに行ったりと、要は依頼を受けて荒っぽい仕事を熟す万屋のようなものさね。
「世界一って……ガキの癖に夢みたいなことを吐くじゃないかい。冒険者ってやつはよく知らないけど、そもそも世界一って何さね? 何をもって世界一なんだい?」
そう問うワタシに、ダルは勝気な笑顔を浮かべてこう言ったんだ。
「偉業を成し遂げ、歴史に語り継がれ、一番凄い冒険者は誰だって話題が出たらすぐに俺の名が出るくらい、誰もが認めるような冒険者だ。そういう冒険者に俺はなる」
「……」
真剣な顔で宣言するダルに、ワタシは面食らっちまったよ。
確かにそこまで成し遂げられたら、世界一と謳ってもおかしくはないさね。
「それで、未来の世界一の冒険者様がワタシに何の用さね。長居しないでさっさと帰ってくれると助かるよ」
「俺の仲間になってくれ」
「はっ?」
「こんな所に居てもつまんね~だろ。もっとワクワクするような冒険をして、俺と一緒に世界一を獲ろうぜ」
へへっと陽気に笑いながら、ダルはそう言ってきた。
まさか仲間になれなんて言われると思わず、ワタシはある意味生まれて初めて呆然としちまったんだけど、気付いたら勝手に口が動いちまってたんだ。
「面白いじゃないか。坊や……ダルの夢が叶えられるか、この『森の魔女』クレーヌがこの瞳で見届けてやるさね」
「おう! よろしくな、クレーヌ!」
そんな感じで、ワタシはダルのパーティーに加わった。
今までずっと一人で旅をしてきたから、誰かと共に旅をするのは新鮮だったよ。楽しいこともあれば、面倒なことも沢山あったさね。
けどね、不思議とダルについて行っちまうのさ。
ダルはお調子者で生意気なガキだったが、人を惹きつける魅力があった。行く先々で触れ合う者とすぐに仲良くなり、好かれたり慕われるんだよ。
ワタシもダルをからかうのが面白くて、何度も誘惑したっけ。
その度にアイシアが嫉妬してワタシにではなくダルに突っかかってたのも笑えたよ。
何なんだろうね……輝いているっていうか、世界一の冒険者になるという馬鹿げた大言を、この男なら本当に叶えてしまえるかもと思わせる雰囲気があったさね。
世が戦乱の時代だったならば、もしかしたら英雄になれたかもしれない。そんな男だったさね。
それにダルは一見バカでアホに見えるが、身に着けている知識量が半端ではなく頭の回転も早かったよ。
魔術や農業といった分野にはワタシに劣るが、それ以外の生活に役立つ知識、特に生き抜く知識においてはワタシよりも引き出しが多くて驚いたさね。
特に吸収速度が尋常じゃなかった。
一度言われたことを瞬時に理解し、絶対に忘れない。それは戦闘能力においても同じだったさね。
強敵と剣を交えれば交える程、ダルは見て覚え自分の力にしちまうんだ。
その上自己流にアレンジして昇華しちまうんだから、相手からしたらたまったもんじゃないだろうね。
その才能は末恐ろしく、ワタシは感心を越えて恐怖すら覚えちまった。
そして確信したんだよ。
ダルならば、きっと世界一の冒険者に成れるだろうとね。
だけどその夢は、虚しくも“あの時”に潰えちまったのさ。
地方都市で『ワールドワン』というパーティーを結成したワタシ達は、あっという間にシルバーランクに昇格した。
勢いそのままに王都へ向かい迷宮攻略に励んでいた時、そいつは現れたんだよ。
「よぉ人類、お前等の命を貰うぜ」
それは魔神と呼ばれる、迷宮から生まれる怪物だった。
ワタシも会ったことはなかったけど、存在だけは知っていたさね。悪魔のような外見と、冷たく膨大な魔力からそいつが魔神だってことは明白だったよ。
魔神はまずイザークを殴り飛ばし、反撃したダルも酷くやられちまった。
あのダルでさえ、魔神の前には全く歯が立たなかったんだよ。
その時だった。
重傷を負って死に際を彷徨うダルに、アイシアが近付き何かを始めた。
時間を稼いで欲しいとアイシアに頼まれたワタシは、全魔力を使って結界を展開する。
魔神の攻撃を必死に耐え、もう限界が訪れた時その時。
不意に「退いてくれ」とダルの声が聞こえて振り向けば、その身から信じられないほどの膨大の魔力を迸らせ、眩い光に包まれたダルが立っていたのさ。
流れる涙を拭ったダルは、強大な力で魔神を倒しちまった。
だけどそこには、アイシアの姿はどこにもなかったんだよ。
影も形もなく、死体さえ残っていなかった。後でダルから聞いた話から、アイシアは人間ではなく精霊や、もしくは神の化身に近しい存在だったのだと予測した。
けど、そんな事はどうだっていいんだ。
ダルは愛するアイシアを失った。それだけのことだったんだよ。
アイシアを失ったダルは、世界一の冒険者になる夢を諦めちまった。
ワールドワンはイザークが引き継いだ。ワタシはダルの抑えきれない膨大な魔力を制御する魔道具の腕輪を作った後、王都に店を構えることにしたんだ。
そしてダルは、一人でどっかに行っちまったのさ。
◇◆◇
「ふぁ~あ、懐かしい夢を見ちまったさね」
昼頃に眠りから目が覚めたワタシは、ベッドの上で身体を伸ばす。
やれやれ、久しぶりにダルの顔を見たからか昔の夢を見ちまったさね。
「さて、今日はどんな物を造ろうかねぇ」
何か面白い物がないかと考えていると、店の方からドタドタと大きな物音が聞こえてくる。
「なんだいなんだい、頼むから物を壊さないでおくれよ」
「ク、クレーヌ様! 大変です! ダル様が!!」
「ダルがどうしたって――ダル!? 何だいその傷は!」
ワタシが造った自立型魔道人形のサレンに何があったか尋ねると、血塗れのダルがサレンに抱えられていたさね。
「ダル、しっかりしな! 死ぬんじゃないよ!」
すぐに近寄って容態を診ると、ダルはいつ死んでもおかしくない重傷を負っていた。
サレンにベッドへ運んでもらい、急いで上位の回復魔術をかける。
「深い傷に、魔力も欠乏している……腕輪がないさね。いったい何と戦ったんだいアンタ」
力を解放したであろうダルがここまでやられるなんて信じられない。
それこそ、相手が魔神でもない限りね。
「ふぅ……なんとか一命は取り留めたさね」
ギリギリだったが、ダルは死なずに済んだ。
全く、こんな重傷を負ってよくここまで辿り着いたさね。人間の癖に、生命力が強過ぎだろう。
「それにしても傷だらけだね、アンタ」
ワタシは眠っているダルの身体をそっと手でなぞる。
今回つけられた傷だけではなく、ダルの身体には多くの傷跡が残っていた。その傷跡は幼少の頃からのもあるだろう。
「う……」
「おや、気が付いたかい」
「クレーヌか……ってことは、俺はまだ死んでねぇってことだな」
治療してから数時間して、ダルは目を覚ました。
自分が生きている事を確かめるように手を開いたり閉じたりして、ゆっくりと起き上がる。
「お前が治してくれたのか。お蔭で助かったわ」
「礼ならいいよ。それより、何があったんだい? アンタをこんなに追い詰めたのは誰なのさ」
「……イザークだ」
「イザーク?」
それからダルはぽつぽつと起きたことを説明した。
話によると、亡きアイシアを追っていたらダンジョンに転移させられ、自分を憎むイザークと戦ったそうだ。
しかも『迷宮教団』とやらの幹部になっていて、王都を滅ぼすとか言っていたらしい。全く……アイツはいったい何をしているんさね。
「やれやれ……かつての仲間同士で殺し合いかい。どうして人間ってのはこう醜いんだろうね」
「俺が知るかよ……あいつが一方的に襲い掛かってきたんだからな」
イザークがダルに嫉妬の念を抱いていたのは気付いていたさね。
でもまさか殺したいほど憎んでいるとは思いもしなかったよ。
「つーかよ、アレはどういう事だよ」
「アレって何さね」
「とぼけんなよ。あのアイシアはお前が造ったマギアゴーレムだろうが」
「そうか、アレとも会ったんだね」
睨みつけてくるダルにそう返し、続けて、
「そうさ、あのアイシアはワタシがイザークに頼まれて造ったものだよ。まぁ、イザークの記憶を断片的に移植した、都合の良いただの人形だがね」
「何でそんな真似をした。アイシアを冒涜するような真似を……」
「アイツも可哀想な男だったんだよ。絶対に叶わぬ恋心につい同情しちまってね、仲間として最後の頼みだって言うから仕方なく……ね」
イザークからアイシアのマギアゴーレムを造って欲しいと言われた時はワタシも驚いたさね。
最初はふざけるんじゃないよと断ったが、どうしてもと頼んでくるアイツに根負けして造っちまった。
まさかそれが、自分を慰める訳でもなくダルを罠にハメる為だったと思いもしなかったけどね。
「そうか……」
悲しそうに呟いて立ち上がるダルに、ワタシは問いかけた。
「どこへ行くんだい?」
「んなもん決まってんだろ。イザークを止めるんだよ」
「その身体でかい? 言っておくけど、治したのは肉体の損傷だけであって血も減ってるし、魔力だって全然回復していないよ。そんなフラフラな状態でアンタに何ができるって言うんだい」
「それでもやるんだよ。例え身体がどうなろうと、命を懸けてでもイザークを止める。けど……その前にやっておかなきゃならねぇことがある」
「何さね」
そう聞くとダルは振り返ってこう言った。
「ケジメをつけに……な」
「そうかい。ならこれを着な、裸で街をうろつくもんじゃないよ」
「これは……」
今にも泣きそうな、そして寂しそうな顔を浮かべてそう告げるダルに、ワタシは魔術を使って押し入れの中から上着を取り出してダルに放った。
「アンタが昔着ていた下着と一張羅さね。一応修復はしてあるし、身体への負担を軽減する魔術も施してあるからちったぁマシになるだろう」
「はっ……こんな物取っておいたのかよ。まぁ……ありがとな」
お礼を告げると、ダルは黒いインナーに袖を通してコートを羽織る。
その姿はかつてカッコよく輝いていた彼を彷彿させて、つい懐かしくなっちまった。
「そこそこイイ男になったんじゃないかい」
「バーカ、俺は元々イイ男だよ。んじゃ、行ってくるわ」
冗談を冗談で返すダルは、剣を持ちフラフラな足取りで出て行っちまった。
「いいんですか? ダル様を行かせてしまって……」
「はぁ~あ、全く仕方ない奴等だねぇ」
心配してくるサレンに、ワタシは深いため息を吐いたのだった。
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