88 クレーヌ(中編)
76話のタイトルをクレーヌ(前編)に変更しました。
数えるのも忘れるぐらい、長い永い時間を過ごした。
今のエルフの寿命は人間よりも多少長生きするくらい。けど真祖の血を濃く受け継いだワタシは、何百という年月を生きてきたさね。
幼いながらにつまらん日常に辟易したワタシは、エルフの集落を一人で抜け外の世界に飛び出した。
外の世界には人間や亜人が溢れており、高度な文明が発達していたさね。知的好奇心を擽られたワタシは、貪り尽くすように知識を高めていく。
言語、暮らし、法律、様々な職業、道具の使い方。
次から次へと押し寄せてくる知識の波に溺れまいと、ワタシは一つずつ覚えていった。知らないことを知るという感覚は何よりも楽しかったさね。
貯め込んだ知識をワタシなりに応用し、生活に役立てた。
そうする事で人から喜ばれる。知識が生活をより良くすることを知ったワタシは、さらなる知識を求めて各地を放浪したんだよ。
だが、女の一人旅というのは危険が多くてね。
しかもワタシは亜人の中でも希少なエルフで、自分で言うのもアレだが外見も優れているさね。盗賊や人攫いに何度も襲われちまったよ。
幸い、精霊に助けてもらったから問題は無かったさね。
けど、いつも精霊が助けてくれるとは限らない。ワタシは自衛手段を手に入れる為、魔術を覚える事にした。
魔術とは己の魔力を対価にすることで、世界に干渉して超常現象を起こすもの。
場所によっては呪法、奇跡の力、神の御業、悪魔と契約した禁忌の力など、あらゆる呼び方をされていたさね。
けどその力は全て己の魔力を媒介にした方法であり、根本のところは変わらない。だからワタシは総じて魔術と呼ぶことにしたんだよ。
最初は自衛手段を手に入れる為だったが、ワタシは魔術の可能性に魅入られてしまったさね。
本当に、世の中には多くの魔術に満ち溢れていた。
自然のエネルギーを扱い何もないところから火や水を生み出す、今となっては尤もポピュラーな自然干渉魔術。
他者に干渉し祝福や呪いを与える精神干渉魔術に、自身に干渉し肉体を強化する身体強化魔術。
空間に干渉し、瞬間移動したり結界を創造する空間干渉魔術。
その他にもワタシの知らない沢山の魔術がこの世にあるさね。
けど不思議なもんで、誰もが魔術を使える訳じゃないんだよ。内包する魔力が元々少なかったり、魂に合わない魔術はどうやっても使うことができないさね。
自慢する訳じゃないが、ワタシは知っている魔術なら大体の魔術を使えるさね。それは恐らく、ワタシが魔力に富んで自然に愛されたエルフ種だからだろう。
ではそもそも、魔術ってなんだい?
どうやって生まれた?
魔術を覚えていく内に、ワタシはそんな疑問を抱いた。こんな奇跡のような力、果たして人類はどうやって編み出したのか。
考えに考えた末、ワタシはこんな結論に辿り着いたんだよ。
きっとそれは、“人の願い”というものなんだろうね。
寒くて凍えそうだから、どうしても暖かい火が欲しい。
身体を頑丈にしたい。もっと強い身体になりたい。
大切な人が死んでしまいそうだ。どうか神様この人を助けてください。
そんな幾つもの人の願いが偶然にも世界に干渉し、奇跡や超常現象を生んだ。
火を生み、身体が強くなり、病を治す。願いにより奇跡が起きる。
こうなって欲しいという人の“想像”が、魔術の根っこなんだろう。
そしてその奇跡を、誰にでも与えられるようにしたのが魔術師という者達だったさね。
魔術師は魔術を解き明かし、誰にでもイメージできるように呪文を作った。世の中をよりよくしたいという先人達の想いが、魔術文明を発展させていったさね。
もっと沢山の魔術を知りたいと、ワタシは世界中探し求めた。
そんな時、とある国である一人の男と出会ったさね。
名前は確か……そう、モンペイルだったか。彼は食堂を営んでいて、彼が作る料理を気に入ったワタシは度々店を訪れた。
モンペイルは一見どこにでもいる普通の人間だが、明るく優しく面白く、客からも好かれていたさね。
ワタシも彼の作り話が好きで、食べながら聞き入っていたっけね。それで仲良くなって、ある時こう言われたんだよ。
「君が好きだ。俺が作る飯を隣で食べてくれないか」ってね。
それは愛の言葉であり、求婚であった。
初めて求婚されてまぁ驚いたが、ワタシは「ワタシでよければ」と了承することにした。
勢いに押されちまったってのもあるが、ワタシもモンペイルの事を少なからず好いていたからね。
それからはあっという間だったよ。
彼と一緒に食堂を盛り立て、時には愛し合い、子供は作れなかったけど二人で幸せな日々を過ごした。
けどね、残酷なことにエルフのワタシと人間のモンペイルではこの世にいられる時間が違ったんだよ。
「クレーヌ、君と居られて幸せだった……」
「ワタシもだよ、モンペイル」
出会った時と変わらぬ姿のワタシ。
出会った時より老いたモンペイル。
天寿を全うした彼は、最後に笑顔を浮かべて空に還った。
モンペイルを見送ったワタシは、国を出て再び世界を放浪することにしたさね。
けど、その時代は酷く荒れていたよ。
国同士で争っていたり、魔獣を従える魔王という存在が現れ、人類に牙を向けたりしていた。
ワタシも何度か巻き込まれたさね。
国同士の戦争に参加したり、襲ってくる魔族を返り討ちにした事もあったよ。
魔族というのは、ゴブリンやオークなどの魔獣が、人類のように知識を身につけた存在さね。勿論言語も扱うし、違う生物だろうが関係なく共存して仲間を作る。
人類と何ら変わりない存在に変化した魔獣が魔族と呼ばれた。
別にそれ自体はおかしくないさね。
人類が進歩したように、魔獣も進歩するだろうからね。だけど厄介なのは、魔王が人類に戦争を仕掛けてきやがったのさ。
まぁ、勇者と呼ばれるどこかの誰かが魔王を討ち倒したらしいんだけどね。
戦争も徐々に収まっていき、魔王も倒れて一時だけど世の中に平穏が訪れた。
それがいけなかったんだろうね。
「この国から出ていけ!」
「凶悪な魔女め、その力で国を亡ぼすつもりか!」
戦争に参加し、獅子奮迅の活躍を見せたワタシは突如迫害されるようになったさね。
きっとワタシが恐くなっちまったんだろう。一人で国を亡ぼせる力がいつ自分達に向けられてしまうか分からないと、人を魔女呼ばわりして殺そうとしたり追い出そうとしてきたのさ。
都合の良い時は縋り、都合が悪くなったら追い出す。
そんな人類の醜い部分に嫌気がしたワタシは、国を出て人里離れた森の中に家を建て、ひっそりと暮らしていた。
話し相手は精霊がしてくれたから寂しくはなかったさね。
でもやる事がなく暇で仕方なく、ワタシは退屈凌ぎに魔道具を造ることにしたんだ。
魔道具といっても、人を傷つけるような武器じゃないよ。
暗い夜を明るく照らす街灯とか、薪を使わず魔力で火を熾すコンロとか、ほんの少しだけ生活を良くするものさ。
魔道具を造っては、人里に降りて食料や暇潰しの本と物々交換する。
そんなことをしていたら、いつの間にか『森の魔女』なんて呼ばれるようになっちまったさね。
そんな質素な生活を続けて何百年が経ったある時、そいつ等は突然やってきたんだ。
「アンタが森の魔女か?」
「いきなり来て失礼な坊やさね。初対面のレディにはまず名を名乗りな。それが礼儀ってもんだよ」
「俺はダル。世界一の冒険者になる男だ」
それが、ワタシとダルの出会いだったんだ。
明日も更新予定です。