85 未練
「いい加減しっかりしろ……か。まさかミリアリアから叱られちまうとはな」
突然部屋に入ってきて説教をかましてくるミリアリアに、俺は逃げるように部屋を出てあてもなく街を歩いていた。
でもまさか、アテナでもフレイでもなくミリアリアに叱られるとは思わなかったぜ。いつもやる気を出さないアイツに対して俺が発破をかけていたってのに、立場が逆になっちまったんだからな。
けど、それが逆に響いちまった。
アテナやフレイだったら適当に悪いと言って誤魔化していただろうが、ミリアリアに叱られたら思った以上にダメージがきて、何も言い返せず逃げるようなかっこ悪い真似をしちまったんだ。
なんて情けねぇ男だっての。こんな姿、昔の仲間に見られたら鼻で笑われていただろうな。
「昔の仲間……か」
クレーヌの店で昔の仲間の話題をした日から、俺はボーっとしている時が増えてあいつらに迷惑をかけちまっている。
ダンジョンでつまらないミスをすれば、普段の俺なら歯牙にもかけないモンスターに遅れを取っちまっている。
あいつらからすれば、俺の調子が悪いのは昔の仲間の事を考えているからだと思えなくもねぇだろう。
「けど……違ぇんだ」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。
実際、ミリアリアの言う通り昔の仲間の事を考えてはいる。けど、俺が調子を崩している本当の悩みは“それ”じゃない。
俺が今悩んでいること……それは――、
「“パーティーを抜ける”って、何でそんな事も言えねぇんだ……俺は」
あいつ等に、スターダストを抜けるといつまでも言い出せないことだった。
“最初から”俺は、スターダストに長くいるつもりなんてない。
そもそもまともな冒険者として再起するつもりもなかった。そんな奴が、出来立てほやほやの新米パーティーに入る事になったのは、あの日が全ての始まりだったんだ。
『私のパーティーに入ってくれないか』
アイシアを失い、世界一の冒険者になるという夢も希望も、何もかもがどうでもよくなった俺は、嫌な事を忘れたくて逃げるようにただひたすら酒に溺れ、金が無くなったら初級のダンジョンで日銭を稼ぐという腐りきった日々を送っていた。
そんなある日、突然俺のもとに金髪の少女がやってきて、自分のパーティーに入ってくれなんてふざけた事を抜かしてきやがったんだ。
意味わからねぇだろ? 探そうと思えば他に目ぼしい冒険者なんて沢山いるのに、どうして“終わっている人間”なんかをわざわざ誘うのか。
『悪ぃけど、他を当たってくれ』
冗談じゃねぇと、俺は鼻で笑いながら断った。だけどそいつは、毎日毎日懲りずに俺のもとにやって来ては、パーティーに入ってくれと一つ覚えのように勧誘してくる。
余りにもしつこくてウザったかった俺は、ブチ切れながらそいつにこう怒鳴ったんだ。
『いい加減にしろよテメエぶっ殺すぞ! 何度言えや分かんだ!? テメエのパーティーには入らねぇって言ってんだろうが!!』
今まで適当に断っていたのがいけなかったんだ。ここまではっきりと言えばそいつも諦めるだろうと本気で断ったんだが、そいつは諦めるどころか真剣な顔でこう言ってきやがった。
『私の夢を叶える為には貴方の力が必要なんだ』
『夢だと!? はっ笑わせんな! どんなチンケな夢か知らねぇが、だったら言ってみろよ! どうせ大した夢じゃねぇんだろ!?』
『私の夢は ことだ』
『――っ……』
そいつが放った言葉に、酒場に居た奴は全員声を上げて笑った。
新米冒険者が何をほざいてやがると。誰がそんな夢を叶えられるんだと。全員が馬鹿にして笑っていたんだ。
だけど……俺は笑えなかった。
他の冒険者から笑われても全く動じないそいつに対して、俺だけは笑うことができなかったんだ。いや、笑える筈なんてなかった。
何故ならその夢は――、
『いいぜ、テメエのパーティーに入ってやるよ』
『本当か!? う、嘘じゃないだろうな!?』
『ああ、嘘じゃねぇよ。かったりぃけどな』
結局そいつ――アテナの押しに負けた俺は、パーティーに加わる事になった。
パーティーのメンバーはアテナにミリアリアにエスト。三人共新米で、冒険者の“ぼ”の字も知らねぇガキ共だった。
ただモンスターを倒せばいいってことぐらいしか知らなくて、ダンジョンの事や冒険者の事をなんも知らねぇ。
だから俺は、本当に基本的なことを教えてやることにした。
でも俺は、誰かに物を教えることなんて一度もしたことがない。だからガキの頃にウルドに教えてもらったやり方を真似て、できるだけあいつ等が自分の力で身に着くように教えてみた。
三人は飲み込みがよくない方だったが――ミリアリアに関しちゃ全く覚える気がなかったがな――、それでも根気に一つずつ覚えていった。
特に熱心に聞いてきたのはエストだった。
トラップの見分け方、モンスターの特徴、道具や装備を買う時の値切り方、簡単な料理の造り方。ダンジョンの中だけではなく、ダンジョンの外で必要な冒険者の雑用も教えた。
もっと強くなりたいから剣の戦い方を教えてくれって頼まれたから、俺に酒代を貸すという名目で指導することにした。
ただ、俺も誰かに剣を教わったことがねぇ。色んな奴の剣技を“見て覚えて”自分の剣にした完全な我流だ。
だからエストにも見て覚えろって俺なりのやり方で我流の剣技を指導したが、あいにくとエストに剣の才能は無く、ちったぁマシになった程度だった。
付与魔術については何も言えなかった。
俺自身付与魔術なんてものは今までに一度も聞いたことがねぇし、それを使う魔術師にも会ったことがねぇ。本ですら見かけた覚えがねぇしな。
だから付与魔術に関しては何も教えてやれなかった。
ただ、実際に付与魔術を体感してみて応用が効きそうな便利な魔術であることは分かっていた。
だからお前なりに付与魔術の可能性を広げてみろってことぐらいは助言しておいた。本人は必死にもがいて模索していたが、結局“あれ以降”まで開花することはなかったがな。
その代わり、女の扱い方をちょこっと教えておいてやった。エストは傍から見てすぐ分かるぐらいにアテナの事が好きだったから、上手い口説き文句とか、どうすれば喜ぶとかをレクチャーしてやったんだ。
女を喜ばせる方法はガキの頃からお手の物だったからな。
けどエストは奥手なのかチキンなのか知らねーが、教えてやったことを全然実践しなかったけどよ。
そんな感じで冒険者としての基礎を叩き込みながら、俺達は初級のダンジョンを踏破し、スターダストというパーティーを結成したんだ。
スターダストの躍進は凄まじいものだった。
結成して僅か三か月で中級の迷宮を踏破し、周りには期待の新星パーティーだとか持て囃されるほど注目を浴びる。俺以外の三人もシルバーランクに昇格し、スターダストもシルバーランクに昇格した。
躍進の鍵となったのはアテナだった。
あいつの成長速度は尋常ではなく、多くの強者達から才があると言われてきた俺でさえ目を見張るものがあった。新米の癖に【金華】という大それた二つ名をつけられるのも納得がいくくらいにな。
『そろそろ潮時だな……』
冒険者として成長した三人と、大きくなったスターダストを見て、自分がやれる事はやったんだと満足する。
最後に上級のダンジョンを踏破してから、俺はスターダストを抜けるつもりだった。
が、その前に事件が起きちまった。
『逃げろエスト!』
上級のダンジョンを攻略している時に、エストがモンスターに襲われちまった。
その時は偶々モンスターが大量に出現しちまって、自分の戦いで手一杯だった俺達はエストを庇う程の余裕がなかった。
モンスターの一撃を喰らって倒れるエストの姿を見た俺は、カッとなってモンスターを蹴散らした。自分では分からないが、恐らくその時の俺は全盛期の頃に近いくらいの力を発揮していただろう。
エストは辛うじて生きていたが、かなりの重傷だった。
帰還して医療魔術師に高い金を払って回復魔術をかけてもらったから、すぐに復帰して再度上級のダンジョンに挑戦する筈だった。
が、そうはならなかった。
『エスト、お前にはスターダストを抜けてもらう』
アテナがエストをスターダストから抜けさせたからだ。
その理由も勿論納得がいくものだった。エストの付与魔術は確かに便利ではある。だが自分自身に付与魔術がかけられないエストははっきり言って並みの冒険者。
数年から十年単位で見れば、良い線はいくんじゃねぇかってぐらいだ。
本人には悪いがとても世界一を目指す器じゃない。
最速で突き進むスターダストにこのまま無理して残っていても待っているのは死だろう。
一応もう少し待ってやってもいいんじゃないかとは言ってみたが、アテナはエストを追放することに決めた。
それはあいつの幼馴染として、パーティーのリーダーとして苦渋の決断だっただろう。
でもアテナは決めたんだ。自分の夢を叶える為にな。
エストには申し訳ねぇが、エストがパーティーを抜けることについて俺は“どうでもよかった”。
冒険者世界ではパーティーメンバーの入れ替えなんて日常茶飯事。
実力が無いものは切り捨てる。気が合わないから抜ける。痴情のもつれでパーティー崩壊なんて当たり前。
俺だって今まで何度もハメられたり裏切ったりされたし、逆に「ろくに仕事しねーテメエは邪魔だ」と言ってパーティーから追放した事もある。
冒険者って生き物は変にプライドが高くて常識からかけ離れているゴロツキばっかりだからな。まともな奴なら普通に仕事して豊かな生活を送っているだろう。
勿論パーティーメンバーで仲良しこよしをするのも悪くねぇよ。だがそれじゃあいつまで経っても上には上がれねぇ。ましてや、天辺を取るなんてもっての他だ。
だからリーダーのアテナがそう決断したのなら、ただそれに従うのみ。
そしてアテナはスターダストからエストを追放した。
“しっかりと”お前の実力じゃ上にいけないからって理由を説明した。
しかし、エストを死なせたくないって理由はあいつのプライドを守るためか敢えて言わなかったみたいだけどな。
『オレに指図するなおっさん』
エストを追放した後、じゃじゃ馬のフレイが新しくパーティーに加わった。
当初の予定であった上級のダンジョン踏破でスターダストを抜けるつもりだった俺は、ひとまずフレイの様子を少し見てから抜けようと考えていた。
酒飲み仲間からの噂でフレイは悪童だって聞いていたが、実力はお墨付きだとも聞いていたから、まぁ大丈夫だろうと軽く考えていた。
が、残念なことに予想とはかけ離れていたんだよな。
アテナはエストの付与魔術にかけられた時と素の状態とのギャップに、フレイは自分勝手な行動ばっかり取って、新生スターダストは上を目指すどころか名声は地に堕ち、冒険者共に嗤われる始末。
初めて大きな壁にぶつかり藻掻き苦しむアテナを見て、俺はこう思っちまったんだ。
――“このまま終わらせるのは勿体ねぇ”……てな。
アテナは俺が今まで出会ってきた冒険者の誰よりも才能に溢れている。
それは、出会った当初から現在までの成長速度をこの目で見てきたからこそはっきりと分かるんだ。
大きな原石をこのまま光らせず潰しちまっていいのかって考えがふと浮かんじまった俺は、パーティーを抜けようとしていたのにも関わらず本気で手助けをすることにした。
『勝負しよーぜ』
調子に乗っているフレイに身の程を思い知らせ、アテナには息抜きのやり方と時には開き直りも大事だぜって心の在り方を教えた。
そうしたら、あの二人は喧嘩をしながらもライバルとなり切磋琢磨し、調子が悪かったのが嘘のように急成長を果たす。
ちょっと心配だったのはミリアリアについてだった。
こいつはアテナとフレイにも劣らない才能があるにも関わらず、胡坐をかいて現状維持で満足していたんだ。まぁ面倒臭がりな性格のせいってのもあるんだろうけどよ。
アテナと同じでこのまま才能を腐らせたくないと思った俺は色々と発破をかけてみたんだが、全然駄目だったなぁ……。
でも、パーティーとしては上手くいっていた。
そんな時に、中級のダンジョンに魔神が現れやがった。俺が駆けつけた時にはミリアリアとフレイが重傷で、アテナが殺されそうになっていた。
“あの時”のことが頭に過った俺は、数年ぶりに“力”を全解放して魔神をぶっ殺した。
怪我を負っているガキ共を連れて、医者に回復魔術をかけてもらいなんとか一命をとりとめる。
アテナから聞いた話だと、魔神との戦いでミリアリアがめちゃくちゃ頑張ったらしい。それを聞いた俺は、やりゃあ出来るじゃねーかと安心したんだ。
怪我は数日で治ったが、中級のダンジョンは魔神出現の調査の為に封鎖されちまった。
あーだこーだ騒いでいるフレイに、俺はこう告げる。
『旅でもすればいいんじゃねーのか』ってな。
迷宮攻略以外にも冒険者としてやれる事は沢山あるし、身に着くことはある。
それは俺自身がやってきた事だから言えることだった。
俺の提案に乗って、スターダストは目的地を王都バロンタークにして旅に出た。
“ここだ”……と俺は考えた。
俺がスターダストを抜けるのは、ここしかないだろう。
何も知らない三人に旅の準備や冒険者としての心構えを自分でやらせながら教えつつ、魔力の扱い方、“受け流し”や剣技、『同調』といった俺が知っている全てを三人に叩き込んだ。
そうして旅をしていく内に三人は更に成長し、武芸者の町でパイ爺さんやメイメイと出会い、山を越えてやっと王都に辿り着いたんだ。
俺の役目はこれで全て終わった。
王都には名の知れた若手の冒険者がゴロゴロいる。今が大切なアテナ達にとって、“終わっている俺”なんかが居るよりも同世代の強ぇ奴とパーティーを組んで上を目指した方が絶対に良い。
だから俺は、アテナ達にスターダストを抜けると一言言えばいいだけなんだ。
「なのに何で……まだ言えてねぇんだっ」
ぐっと拳を握り締める。
王都には辿り着いた。俺の目的は果たした。なのに俺はまだあいつ等にパーティーを抜けるってことを口に出していない。
何度も言おうとしたんだが、口を開きかける度に喉に何かがつっかえたみたいに言葉が出なかった。
自分でも何故言えないのかが分からねぇ。
「まさか……あいつらと離れることに未練でもあるのか?」
口に出してハッと気づく。
はは……そうかだったのかよ。笑っちまうぜ。
俺はあいつらと離れたくなかったのかもしれねぇ。
というよりも、アテナ達が輝くところを間近で見たかったのかもしれない。
あの三人が夢に向かって駆け上がっていく名声を、遠く離れた場所で酒でも飲みながら聞ければそれで満足する筈だった。
が、どうやら俺はいつの間にか、遠くよりも近くで見たいと思っちまっていたらしい。
パーティーを抜けるっていつまでも言えず、調子が悪かったのも多分そんな理由なんだろう。
「はっ馬鹿だな……そんな事だったのかよ」
ここ最近の悩みがようやく判明して、俺はつい笑っちまった。
確かに俺は、アテナ達が成長する姿を見るのが凄ぇ楽しかった。ウルドが影でこっそりギルドのおっさんや魔術師の姉さんに俺のことを褒めていた気持ちが今になって分かる。
教師としてって言えば超大袈裟だが、才能がある奴等が自分の教えでどんどん成長していくところを見れるのは、こんなにも楽しいもんだったんだな。
「けど、それは駄目だ」
あいつ等の行き着く先を間近で見たいという俺のエゴを押し付ける訳にはいかねぇ。
“終わっている俺”がいつまでもスターダストに居続けるのはあいつ等にとってよくねぇ。アテナ達の未来を俺なんかが邪魔していい筈がねぇんだ。
だから俺は――、
「よし、腹は決まった」
悩みが解決した俺は、俯いていた顔を上げる。
「スターダストを抜ける」ってあいつ等にはっきりと伝えるべく、踵を返して宿に戻ろうとしたその時。
「ダル」
「……アイ……シア?」
不意に俺を呼ぶ懐かしい声が聞こえたと思って振り向けば、もうこの世に居ない筈のアイシアの姿を遠くに見つけたんだ。
作品とは関係のないあとがきで大変申し訳ございませんが今日という日を記念して書かせてください。
WBC日本優勝!!
もうこのまま死んでも後悔はないぐらい感動しました!!
大谷選手を主人公とした漫画かよ!
ってつっこむぐらい、今大会は物語性に溢れていましたね。
というより、漫画や小説でもやり過ぎな展開でしたけど…。
でもとにかく最高でした!