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84 ミリアリア3

 



「はっ!」


「グォォ……」


 ダークナイトの斬撃を華麗に受け流したアテナが、体勢を崩している敵の片腕を斬り落とす。間髪入れずに追撃を仕掛け、ダークナイトの胸を剣で貫いた。


 王都に来る間に磨いた“受け流し”と『情動』という特殊な身体強化魔術の技術を磨いたアテナは、冒険者としての実力が以前よりも遥かに伸びていた。


 金色こんじきの長髪を靡かせて華麗かつ苛烈に剣を振るうアテナは、【金華】の二つ名に相応しい戦いっぷりを披露している。


 余りにも美しくて、つい彼女を目で追ってしまう。モンスターと戦っている最中だというのに、アタシはうっとりと見惚れてしまっていた。

 あ~、アタシのアテナは今日も綺麗でかっこいいな~。とても人間とは思えない。女神だって言われた方がしっくりくるよね。


 それに比べてあのドラ女ときたら……はぁ……。


「「ォ……ォォオオオ」」


「オラオラオラァ! もっともっとかかってこいやー! 全っ然足んねぇぞ!」


(五月蠅いな~もう、気が散るじゃん)


 静かにモンスターを屠っていくアテナとは対照的に、竜人族のフレイは生まれ持った身体能力スペックを存分に発揮している。わらわらと群がってくるゾンビソルジャーを次から次へと蹴散らしていた。


 けど、以前のように力に任せて戦っている訳ではない。囲まれないような位置取りだったり、一撃で倒すように急所を狙ったりと、アホなフレイなりに頭を使っていた。


 飛躍的に成長したのはアテナはだけではない。フレイも“受け流し”と『情静』を磨き、魔力の扱い方や木影このかげ流という武術とやらも身につけている。

 正直言うと、ここ最近でアタシ達の中で一番成長したのはフレイだろう。調子に乗るとウザいから本人には絶対に言わないけどね。


「「カー! カー!」」


氷結魔術アイス・レイン


「「ギャアアッ!?」」


 前方から新たに出現し、戦っているアテナとフレイを上空から攻撃しようとしたボーンクロウ目掛け、アタシは氷の雨を放って串刺しにする。


 成長したのはアテナとフレイだけじゃない。ミリアリア(アタシ)もまた、以前より魔術師としてのレベルが上がっていた。

 瞑想の訓練により、常に戦況を見極める集中力も上がったし、したくもないランニングをやらされて多少は体力も増えた。


 極めつけは、世界と己を繋ぐ『同調』。

『同調』は一歩間違えれば自分の身体が爆散するぐらい危険でデメリットがあるけど、それ以上に失った魔力を回復できるという大きなメリットがある技術で。

 世界や精霊との親和性が高いエルフであるアタシは、完璧とまではいかないが『同調』を使い熟せるようになったんだ。


 けど、残念ながらダンジョンの中で『同調』は使えない。一度試しにやってみたんだけど、身体に取り込む魔力が異質というか気持ち悪くて、酔うというか調子が悪くなってしまった。


 理由は分からないけど。ダンジョンの中で『同調』を使うことはしないようにしている。まぁ『同調』なんか使わなくても元々アタシは魔力量が豊富だから全然余裕なんだけどね。


「それにしても数が多い……上級ダンジョンって面倒臭い」


 再び現れるボーンクロウを魔術でぶっ殺しながら、内心でため息を吐く。


 パーティーリーダーのアテナ率いるアタシ達スターダストは、王都近辺に四つあるダンジョンの内の一つ、不死迷宮と呼ばれる上級ダンジョンを攻略アタックしていた。


 このダンジョンはアンデッドが大半を占めている。モンスター一体一体の脅威度はそれほどでも無いんだけど、兎に角出現する数が多かった。

 倒しても倒してもわらわらと出てきて、ろくに休める暇もない。そう考えると、このダンジョンが上級なのも妥当だろうと思う。


 スターダストが上級ダンジョンを攻略するのは、エストが重傷を負った時以来。フレイを新たに加えた新生スターダストでは初めてだ。

 本来ならもっと早く上級にチャレンジできたんだけど、アテナが調子を落としてしまったのと、我儘でアホなフレイのせいでスターダストは中級ダンジョンですら手こずる状況に陥っていた。


 だからアテナとフレイは、今回の上級ダンジョンの攻略に気合が入っている。

 そんなアテナ達は、上級のモンスターにも全く遅れを取っていない。変に気負ったり緊張したりして身体が縮こまるどころか、強くなった自分の力をもっと試したいと言わんばかりに楽しんでいた。


 上級ダンジョンの攻略に入ってから一週間。

 アタシ達は順調に攻略しているが、まだ中腹あたりをウロウロしている。


 そう――“まだ”中腹なんだ。

 ぶっちゃけ、今のアタシ達の実力ならとっくに最奥部に到達しているか迷宮を踏破していてもおかしくはない。それなのに、一週間潜り続けて尚中腹でとどまっているのは、他に原因があったんだ。


「セエエイ!」


「ヒヒーン!」


「ちっ!」


 上段から繰り出されるランスの刺突を紙一重で回避したダルが反撃に出ようとするも、下段から放たれた蹴りに邪魔されて仕方なく攻撃を中断し、剣の腹で受け止める。


 アタシ達が比較的ザコと戦っている間、ダルはデュラハンというモンスターと戦っていた。

 デュラハンの見た目は、鎧を装備している首のない馬の上に、鎧を纏ってランスと盾を所持している首のない騎士がいる。

 騎士と馬で二体のモンスターと思われるが、二体セットでデュラハンという一個体のモンスターらしい。


 デュラハンは上級の中でも中位に位置するモンスターで、攻防一体に優れており人馬一体から繰り出される攻撃は脅威的だ。


 そんなデュラハンにダルは苦戦していて、注意を惹きつけるのが精一杯という様子だった。アタシ達も加勢に向かいたいところだけど、湧いて出てくるザコモンスターを相手にしなければならないし、変に加勢したら逆にダルの邪魔をしてしまう。


 アタシも一度だけザコモンスターを相手にしながら魔術による援護射撃を試みたが、デュラハンには通用せず逆にダルの邪魔をしてしまう形になってしまった。

 なので、とりあえずこっちのカタがつくまでダルが一人で相手をする作戦になっている。

 けど――、


(何手こずってんのダル。さっさと倒しちゃえって)


 チンタラ戦っているダルに苛立ってしまう。

 確かにデュラハンは強くて厄介なモンスターだ。金級ゴールドランク冒険者でも、複数人で畳み掛けなければ中々倒せないだろう。


 しかし、ダルなら話は別だ。

 本人は頑なに謙遜しているが、アイツが類まれな冒険者である事をアタシ達はもう知っている。成長したアタシ達を含めても、ダルの力にはまだ及ばないだろう。


 本来の力を発揮すれば、デュラハンだって一人で倒せるはずなんだ。それなのに苦戦しているのは、ダルが本調子でないからだった。


『アイシアは俺が殺した』


 クレーヌとかいうダルのかつての仲間の店に行った時、ダルが自分の手で仲間を殺したという話題になった。

 それについて追及しても、ダルはそれ以上話そうとはせずアタシ達に帰れと突き放した。


 結局、あれからも仲間を殺した件についてダルは話していない。気を遣ってか、アテナもフレイも強引に聞こうとはしなかった。


 まぁ人には話したくない事の一つや二つはあるだろう。だからアタシ達も無理に聞くことはしなかった。


 だけどダルは、その一件から明らかに調子を崩している。ダンジョンでも上の空だし、注意力も散漫。簡単なトラップに引っかかったり冒険用の道具を忘れたりと、らしくないミスを連発していた。


 何より身体にキレがない。動きが重そうで、ザコモンスターを倒すのも苦労していた。普段の実力が十だとしたら、今のダルは一にも満たないだろう。


 スターダストが中腹あたりで止まっているのは、ダルの不調が原因だった。


「フフフフフフ」


「ぅお!?」


「「――ダルッ!?」」


 デュラハンと戦っていたダルが、突然金縛りにあったように身体が硬直してしまう。

 異変に気が付いて状況を窺うと、ダルの身体に黒い靄が絡まっていた。


(ダークシャドウか!)


 ダルに纏わりつく黒い靄の正体はダークシャドウと言って、実態が無い影のモンスターだ。気配も察知しにくい上に突然現れるから厄介なモンスターではあるが、ダークシャドウ自体はそれほど強くなく、時間をかければ強引に振り解ける。


 だが問題なのは、身動きを封じ込められている無防備なダルの眼前に、デュラハンがいるということだった。

 このままでは、ダークシャドウごとランスで貫かれてしまうだろう。


「「そこを退けッッ!!」」


疾風魔術アサシンズ・ウインドウ


 ダルのピンチに、アテナとフレイが怒声を上げる。立ち塞がるモンスターを強引に薙ぎ払いながら驀進した。だけど、それじゃあタッチの差で間に合わない。

 そう判断したアタシは風の刃を放出し、ダルに攻撃しようとしたデュラハンを止めた。


「はぁあ!!」


「オラァ!!」


「――ッ!?」


 僅かな時間を稼いだ隙に、アテナが跳んで騎士に斬撃を、フレイが炎を宿した拳撃を馬に繰り出す。ギリギリでガードされたが、デュラハンを後退させることはできた。


(はぁ……メンド)


 アテナとフレイがデュラハンに向かったことで、他のザコモンスターはアタシ一人で相手をすることになった。とはいっても、二人が暴れたお蔭で数は少ない。これならアタシだけでも十分だろう。


「アテナ、オレが馬を殺る。お前は上に乗ってる奴を殺れ」


「わかった」


 珍しくフレイが立てた作戦にアテナが頷きながら返事をする。

 フレイは右拳を隠すように左手を添えると、右拳の一点に膨大な魔力を込める。その横でアテナは剣を鞘に仕舞い、腰を深く落として全身に魔力を行き渡らせていた。


(何をする気?)


 各々のやり方で魔力を溜め込む二人に疑問を抱いていると、最初にフレイが飛び出した。竜の翼を羽ばたかせ、低空飛行のまま凄まじい勢いでデュラハンに迫ると、


「ォォオオオオオオオッ!!」


「ヒヒーン!?」


 裂帛の声を上げながら、魔力を纏った右拳を突き出す。轟音が鳴り響くと共に、右拳から放たれた衝撃波が馬を跡形も無く消し飛ばした。

 馬の上に乗っていた騎士が落下したその直後、じっとそのままの体勢で魔力を溜め込んでいたアテナが駆動する。


「はっ!!」



 ――それはまるで、瞬きする間に過ぎ去っていく流れ星のようだった――



 全身に淡い金色の光を纏い閃光と化したアテナは、刹那の内に騎士に肉薄すると、目に見えない速度で鞘から剣を抜き放ち騎士の胴体を一刀両断する。

 騎士と馬を失ったデュラハンは黒い灰となって消滅し、ころんと魔石が転がった。


「すごっ……」


「戦爪」


 アテナとフレイが繰り出したとんでもない威力の攻撃に驚嘆していると、強引にダークシャドウの拘束を振り解いたダルが魔力を籠めた斬撃でダークシャドウを斬り伏せる。

 ちょうどアタシもザコモンスターを片付けたので、三人のもとに向かった。


「大丈夫か!?」


「ああ、なんてことねぇよ」


「そうか……」


 心配そうに声をかけるアテナは、問題無いと告げるダルに安堵の息を吐く。


「チッ、チンタラしてんなよな」


「悪ぃ悪ぃ、ちょいとしくじっちまった。助かったぜお前等」


 腕を組んで不機嫌そうなフレイに、ダルは頭をポリポリと掻きながら謝罪とお礼を言ってくる。そんなダルに、アタシは怪訝な声音で問いかけた。


「ダークシャドウの存在に気が付かなかったんだ?」


「ん? ああ、まぁな。デュラハンが手強くて気付かなかったわ」


「ふ~ん」


 軽い返事をするダルに、アタシはジト目を送る。

 ダルは魔力探知を使って常にアンテナを張り巡らせている。そんなコイツがダークシャドウの存在に気付けなかったというのは、調子が悪いと言っているようなものだ。


 これ以上アタシに追及されたくなかったのか、ダルは話を変えるようにアテナとフレイに話題を振る。


「そういや二人共、さっきの攻撃凄かったじゃねぇか。いつの間にあんな新技を覚えてたんだ?」


「あ~あれか。あれは私なりに考えた強撃だ。特訓した魔力の扱い方と、力を一瞬で爆発させる『情動』、そしてパイ師範に教えてもらった『居合』という剣技を重ね合わせてみたんだ。私も一つでいいから一撃必殺のような技が欲しくてな。残念ながらまだ完成には至ってないが……」


「へ~、あれで完成じゃないのかよ。フレイはどうなんだ?」


「あん? あ~、オレも魔力の扱い方が結構できるようになったから、拳の一点に魔力を集めてみたんだ。あとなんか、この間息吹(ブレス)を出してから身体に“変な力”があってよ、それを魔力と一緒に合わせた。まぁ、片手を使って安定させなきゃ維持できねぇけんだけどな」


 二人共、いつの間にそんな技を特訓してたんだろう。

 本当に、強くなる為に留まることを知らない人達だなぁ……こっちの身にもなって欲しいっての。


「ほほ~、やるじゃねぇかお前等。さては隠れて特訓してやがったな」


「まぁな。でもよ~まさかアテナも新技を考えてるとは思わかったぜ。テメエの驚く顔が見たかったってのによ」


「フレイだってそうじゃないか。お前を越そうと鍛錬していたのに、フレイの癖にちゃっかり新技を考えているなんて思いもしなかったぞ」


「おい、オレの癖にってのはどーいう意味だよ!?」


(ま~た始まったよ)


 アテナとフレイのいつもの口喧嘩に内心でため息を吐く。

 普段大人染みたアテナも、フレイの事になると気が短いんだよね。


(まぁどうせダルが止めるでしょ……ってあれ?)


 二人の口喧嘩を止めるのはダルの役目。だから今回もダルが仲裁すると思って見てみたら、ダルは切なそうな表情で二人を見ていた。

 なんだこの顔は……と訝しんでいると、ダルは気が付いたように手を叩く。


「はいはい、そこまでにしておけって。そんでどうするよ、まだ攻略を続けるか?」


「いや……今の新技で魔力をかなり消費してしまった。帰りの戦闘を考えると、今日は止めておいた方がいいだろう」


「だな。オレも魔力を使っちまったし」


「了解、んじゃあ今日はこんくらいにして帰るか」


 自分達の状態を考えて、アタシ達は攻略を止めて帰還することにする。

 結局、今日もスターダストは一歩も前に進まなかった。



 ◇◆◇



「ねぇ、いい加減にしてくれる?」


「あん? そりゃどういう意味だよミリアリア」


 宿に戻ったアタシは、ダルの部屋を訪れて不機嫌な態度を出しながら告げる。

 本当は分かってる癖にとぼけるダルに苛ついたアタシは、容赦なく口を開いた。


「アテナも、何故かフレイでさえ気を遣って言わないみたいだからアタシが言うけどさ、今のダルは酷いよ。ダルが気が抜けているせいで全然攻略が進まないんだけど」


 アタシがそう言うと、ダルは「ふぅ」と小さく息を吐いて、


「悪いとは思ってる。すまねぇな」


「どうせ昔の仲間のことを考えて上の空なんでしょ? アタシ達はもう一切聞かないから、いい加減しっかりしてよね」


「……分かってるよ」


 淡々と呟くダルは、これ以上アタシに小言を言われたくないのか椅子から立ち上がり、部屋を出ようとする。アタシの横を通り過ぎて行こうとするダルに待てと声をかけた。


「逃げんの?」


「……頭を冷やしてくるだけだ」


 振り返りもせず、ダルは背中越しにそう言うと去ってしまう。


「どうしたんだミリアリア、ダルと何かあったのか?」


「よぉクソエルフ、喧嘩ならオレも混ぜろよ」


 何かあったのかと自分の部屋から出てきたアテナとフレイが声をかけてくるが、アタシは返答せずダルが消えた廊下をじっと見ていた。


(……ムカつく)


 いつもみたいに飄々としていろよ。らしくもなく落ち込んじゃってさ。


 この一週間、ダルの口から一度も「かったりぃ」という口癖を聞いていない。そんな不甲斐ないダルに、何故だかアタシは無性に腹が立っていたのだった。


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