83 ダル 追憶8
「おや、ダル坊じゃないかい」
「よぉダル坊、ダンジョンから帰ってきたのか?」
「うん、そんな感じ」
あれから四年が経ち、俺は十歳ぐらいになった。
背もまぁまぁ伸びたし、ひょろっちかった身体にも肉が付き丈夫になった。未だに初級のダンジョンしか攻略していないが、冒険者としての心得や経験も十分身についている。
まだ冒険者の登録をしていなから冒険者にはなっていないし、ウルドの荷物持ちのままだが、そこら辺にいる駆け出しの冒険者達よりは全然俺の方がマシだろう。
ギルドにいる冒険者達も全員俺のことは知っていて、今じゃ気軽にダル坊なんて呼ばれていた。この四年、一度も諦めることなくウルドに付き合ってきた俺を、今では皆が認めてくれたんだ。
カウンターに座っている魔術師のお姉さんの隣の席に座ると、受付のおっさんが水を出しながら尋ねてくる。
「ウルドはどうしたんだ?」
「おっさんなら換金を俺に任せて先に宿に帰ったよ。まったく、人使いが荒いよな。ってことでこれ、換金お願いね」
質問に答えながら、背負っていた鞄をカウンターに乗せ、中に入っている魔石を受付のおっさんに渡す。
「今日は結構多いじゃないか」
「へへ、俺も頑張ってモンスターを倒したからな。そういえばさ、二人に聞きたいことがあったんだ」
「へぇ~、ダル坊の聞きたいことねぇ。もしかして好きな人でもできたのかい? どれ、お姉さんに話してみな」
「くっつくなって、そんなんじゃねぇから」
にんまりと嬉しそうな笑みを浮かべながら抱きついてくるお姉さんを離しながら、俺は気になっていたことを二人に尋ねる。
「おっさんってさ、何でまだ銅級なんだ? 普通に銀級の実力はあるよな? 褒めるのは癪だけど冒険者としての能力も高いし、どう考えたって未だにブロンズなのが不思議なんだよ」
「「……」」
冒険者にはランク制度がある。
下から順番に銅級、銀級、金級の三つ。その上にも白金級ってのもあるらしいが、それは世界中でも数が少ないらしい。
そもそもランクってのは何かっていうと、その冒険者がどれだけ強いかっていう格を表しているんだ。
冒険者ってのは舐められちゃお終いだ。見栄を張ってなんぼの職だ。格を上げ、名を上げることが己にとっての価値になる。
それが大前提で、ランクを上げるとギルドから特典を与えられる。
例えば依頼。ギルドではクエストも斡旋していて、冒険者に募集をかけている。商人の護衛とか、特定の薬草や素材を採ってきたりな。ダンジョンを攻略するだけが冒険者の仕事じゃないって訳だ。
しかし、クエストを受けるにもランクが低いと受けられないんだ。
だってそうだろう? 駆け出しの冒険者なんかに頼んで失敗でもしたら、斡旋したギルドの評価も下がってしまう。だったら、実力が信頼できるランクが高い冒険者に任せる方が安心できる。
クエストは金払いもいいし、商人とか、上手い話なら貴族様なんかにもコネが作れるし、ギルドからの評価も高い。
ダンジョンでせこせこモンスターを倒して魔石を手に入れてもいいんだが、どっちかというとクエストを受けた方が報酬も高いし評価も上がりやすかった。
とはいっても冒険者ってのは荒くれ者のゴロツキばっかりで、そういう面倒なことはしないんだけどな。
学が無いから報酬の交渉とか面倒だし、失敗するとあーだこーだ言われるしよ。
だったら、黙々とダンジョンでモンスターを狩っていたほうが楽なんだ。あとはやっぱりダンジョンの方が命のやり取りというスリルもあって、生きているって実感があるし。
クエスト以外にもランクが高いと話が通しやすかったり優遇されたりとちょっとした美味しい特典はある。
が、やはり一番重要なのは見栄を張れるってことだな。他者から尊敬や賞賛をされると誰だって気分はいいもんだ。
冒険者はランクという名の格を上げようと躍起になり、努力している。
だからこそ腑に落ちないんだ。実際シルバーランクの実力を十分兼ね備えているウルドが、何故ランクを上げずに最下級のブロンズランクなんかに留まっているのか。
それが不思議でならなかったんだ。本人に聞いても、「そんなもん俺の勝手だろ」の一点張りだしよ。
俺の問いに、受付のおっさんも魔術師のお姉さんも気まずそうに口を閉じていたが、やがて受付のおっさんがため息を吐くと、ポツリと語り出した。
「今は初級のダンジョンでせこせこと日銭を稼ぐだけの“終わっている奴”のウルドもな、昔はあんな風じゃなかった。冒険者になったばかりの頃は目をキラキラと輝かせて、“俺は世界一の冒険者になる”って顔を合わせる度に言ってやがったんだよ。あいつにだって、デケェ夢を抱いていた時があったんだ」
「懐かしいね~、あの頃のあいつは輝いてたね」
それを聞いた時、俺は心底驚いた。
口を開けばかったりぃとやる気が無く、いつもギルドのカウンターで安酒を飲んでいるあのウルドが、世界一の冒険者になるなんて大それた夢を抱く時期もあったのか、と。
「ふ~ん、おっさんがねぇ……。でもさ、それなら尚更おかしくないか? そんな上昇志向のおっさんがさ、どうしてランクを上げずにブロンズで燻っているんだ?」
「現実を知っちまったのさ」
「現実……?」
「ああ。ウルドは初めて組んだ仲間と世界一の冒険者になるっていう夢を掲げて、ここよりも大きくて中級や上級の迷宮がある都市に挑戦しに行ったんだ。
俺達もウルドの実力はわかっていたから、あいつならやれるだろうと期待しちまってたよ。ここの出身から、初めてのゴールドランクが出るんじゃねぇかってな」
「……駄目だったのか?」
「駄目だった。ここを経ってから暫くして、死んだ顔をしたウルドが“一人で”帰ってきたんだ」
『世界一の冒険者になるなんて、俺が馬鹿だったよ……』
ここに戻ってきたウルドは、たった一言だけそう呟いたそうだ。
落ち着いた頃に受付のおっさんが話を聞いたところによると、ウルドは中級のダンジョンを攻略中に自分以外の仲間が全滅してしまったらしい。
己の才能を信じて大きな夢を掲げていたが、そんなものは単なる幻想に過ぎなかった。自分を信じてついてきてくれた仲間を死なせてしまい、自分の力は全く及ばないと現実を知ってしまう。
井の中の蛙だったってな。
「ウルドには冒険者として誰もが認める才能があった。けどなダル坊、才能があったところで成功するとは限らねぇんだ。何度挫折しても、結局は諦めねぇ強い心を持っている奴が大成するんだ。
それは冒険者だけじゃねぇ、他だってそうだぜ」
「……そっか」
ウルドはたったの一度の挫折で、世界一の冒険者になるという夢を諦めた。
でも、自分には冒険者以外の仕事は経験も学もないからできない。そもそもやる気力も無い。
だから初級のダンジョンで、日銭を稼ぎながら安酒を飲んだり女を買ったりと怠けた毎日を過ごすようになっていったんだそうだ。
「あの時のウルドは見ちゃいられなかったよ。折角の良い男が台無しだったねぇ」
「でもよ、ダル坊がここに来てからあいつは変わったよ。楽しそうっていうか、生き生きとしていたぜ」
「そうなの?」
自分の名前が出てきたことに驚き首を傾げていると、お姉さんが「そうさ」と嬉しそうに言って、
「ダル坊の面倒を見だしてから、ウルドはあんたの事ばっかり話すんだよ。ここで酔っぱらいながら、「あの坊主は凄ぇ、根性がある、才能もある」って自分の事のように毎日話してくるんだよ。こっちの耳にタコができるくらいにね」
「うっそだ~」
ウルドが俺のことを褒めているだって?
そんなの全く信じられない。だって俺はウルドに一度だって褒められたことなかったしな。
疑っていると、受付のおっさんが「嘘じゃねぇよ」と笑って、
「前に一度、何でダル坊の面倒を見ようと思ったのかって聞いたんだ。冒険者になりたいなんて言うガキの戯言に付き合うなんて、お前らしくねぇじゃねぇかってな。
そしたらウルドは、笑いながらこう言ったんだぜ」
『あのガキの目が気になった。ここにいる誰よりも、ガキの目には強い覚悟があった』
と、ウルドは受付のおっさんやギルドの冒険者達にそう言ったらしい。
「ウルドも最初はすぐに諦めると思ってたんだろうな。だからダル坊に何度も嫌がらせみたいな無理難題を吹っかけた。お前の覚悟を試したんだよ」
「でもダル坊は、文句を言いながらもやり遂げたんだよね。ダル坊には悪いけど、誰もがすぐに逃げ出すと思っていたんだよ。私だってその一人さ」
「そうだったのか……」
まぁそりゃそうか。
毛も生えていない小さなガキが冒険者になりたいなんて馬鹿なこと、誰だって笑い飛ばすってもんだ。
けど、ウルドだけは笑わずに俺を信じてくれた。俺の覚悟を知るためにチャンスを与えてくれた。ウルドのお蔭で、俺は成長することができたんだ。
「このままいけば、ダル坊もいずれは冒険者になってここを出ていくだろう。その時が来るまでは、ウルドの側に居てやんな」
「ダル坊が居なくなったらウルドも悲しむだろうねぇ」
「そうか~? おっさんはそんな奴じゃないだろ~」
ウルドが泣いて悲しむ姿なんて全く想像できねぇ。逆に泣いたら泣いたでヒくよな。
でもまぁ、もし俺がここを出ることになったら、面倒見てもらったお礼に高い酒でも奢ってやるとするか。
◇◆◇
「……妙だな」
初級のダンジョンを中腹あたりまで攻略している最中に、突然ウルドが何かに勘付いたように言葉を漏らした。
警戒するようにあたりを見回しているウルドに、俺は怪訝気味に問いかける。
「急になんだよ」
「いや……現れるモンスターの数も少ねぇし、なんかこう胸騒ぎもしてきやがった。今日はもう引き返したほうがいいな」
「え~、まだ昼にもなってねぇじゃん。ただの気のせいだろ?」
ウルドの言う通り、今日はモンスターと遭遇する回数は少なくかなり順調に攻略できていた。なのに彼は、それが逆に違和感を感じるという。
「馬鹿野郎。いいか坊主、冒険者にとってこういう勘みたいなのは大事なもんなんだよ。それが生死を分ける時だってあるんだ。ほら、とっとと帰るぞ」
「しょうがないなぁ、わかったよ」
俺的には物足りなかったが、ウルドの言うことは基本的に従っているので言う通りにする。ダンジョンを引き返そうと二人で踵を返したその時だった。
――突然、戻り道の奥から悲鳴が聞こえてきた。
「た、助けてくれぇー!!」
「「――っ!?」」
奥から必死な形相でやって来たのは、見知った顔の冒険者。その冒険者は足に傷を負いながらも俺達に向かってくる。それはまるで、襲ってくる何かから逃げているように見えた。
不可解な事態に俺とウルドが呆然としていると、さらに驚愕すべきことが起こる。冒険者がいるさらに奥から、今まで見たこともない大きな化物が姿を現したんだ。
「ゴアアアアアアアッ!!」
「――っ!?」
「アースドラゴンだと!? 冗談じゃねぇ、何で初級のダンジョンに竜種がいるんだよ!? 迷宮主としてだって一度も出たことねぇんだぞ!!」
轟く咆哮に俺は身体を震わせ、ウルドは大声を上げた。
アースドラゴン。地竜はその名の通り地を這う竜だ。翼を持つ純然たる竜とは格も力も劣りドラゴンモドキなんて言われているが、歴とした竜種であることは間違いない。
黄金の瞳で、真ん中には黒い縦筋が入っている。その爪は岩を切り裂き、その牙は鋼鉄をも容易く噛み砕く。
太く伸びた尻尾に、鈍く輝く榛摺色の頑強な竜鱗は鉄の剣では刃が通らない。四つん這いで高さは三メートル程だが、横幅はさらに広い。その巨体を支えるのは、強靭な筋肉の四本足だ。
中級の中でも上位に位置し、シルバーランクの冒険者が束になってやっと勝てるかどうかってぐらいのモンスター。
そんな化物が初級のダンジョンに現れるなんて、誰が想像できようか。
「痛い、助けて、死ぬのは嫌――」
「ぁ……あ……」
必死に逃げていた冒険者がアースドラゴンに捕まってしまい、腕を千切られ、悲鳴と共に頭を丸ごと大きな口へ呑み込まれた。
何度も話したことがある奴が、昨日ギルドで楽しそうに酒を飲んでいた奴が残酷に殺された光景を目にしてしまった俺は、恐怖に身体が支配されてしまっていた。
「おい坊主、なにボサッとしてんだ! さっさと逃げるぞ!」
「おっ……さん、足が……動かない」
面と向かって対峙して初めて理解する。
その身から放たれる重厚な圧力に、堂々たる風格。
矮小な人間と誇り高き竜。生物としての明確な格の違いというものに恐怖し、冷や汗が止まらなかった。
――死ぬ。
単純に、そう思ってしまった。
「ちっ!」
ウルドは舌打ちすると、動けない俺を抱えてアースドラゴンから逃走する。
彼としては一旦奥に進んで身を隠し、やり過ごそうといった魂胆だったのだろう。だが、竜の前では逃げることすら許されなかった。
「ゴアアッ!」
「くっ、あの野郎道を塞ぎやがった!」
アースドラゴンは雄叫びを上げると、ドンッと前足を踏み鳴らす。刹那、俺達が逃げようとしていた通路の下から地面が隆起し、道が塞がれてしまったんだ。
アースドラゴンは純然たるドラゴンとは違い竜種最大の攻撃である息吹が使えない。その変わりといってはなんだが、土魔術を扱うことができるんだ。
土魔術によって逃げ道は塞がれてしまい、帰るルートにはアースドラゴンが厳然と立ち塞がっている。
俺とウルドは追い詰められた袋のネズミで、絶体絶命の状況に陥っていた。
「あいつ……襲ってこないな」
「俺達をここから逃がさないつもりだろうな。いつでも仕留められると思ってやがる、クソったれ」
中々襲ってこないアースドラゴンを不可解に思っていると、ウルドが苛立ちそうにギリリと歯を鳴らす。
今いる場所はかなり空間が広く、彼奴ともかなり距離が離れている。
しかしアースドラゴンは通路を塞ぐようにその場から動かず、じっと俺達のことを観察していた。ウルドの考えている通り、俺達を決して逃さず、獲物が弱ったところを狩ろうとしているのだろう。
「な、なぁ……俺とおっさんの二人で戦うのはどうだ? もしかしたら勝てるかもしれないし、逃げられる可能性だってあるんじゃ……」
「馬鹿野郎! 俺達で敵う相手じゃねぇってことが分からねぇのか!?」
「やってみなきゃ分からないじゃんか! それにこのままここにいたって、どうせ殺されるだけじゃん!」
「ぐっ……」
「ゴアアアッ!」
「「――っ!?」」
俺とウルドが言い合っている時、アースドラゴンが土魔術による土の弾丸を飛ばしてきた。俺達は慌てて移動し、間一髪回避する。
「俺はやるぞ、おっさん。このまま何もできず死んでたまるか!」
「坊主……」
死にたくない。生きたいという本能が恐怖に打ち克つ。
俺は短剣を強く握り締め、アースドラゴンへ猛然と駆け出した。
「坊主!」
「はぁあああああ!!」
「ゴアアッ!」
接近してきた俺に、アースドラゴンが鋭い爪を振り下ろしてくる。その軌道を見極め、紙一重で躱した。アースドラゴンの動作は愚鈍でもないがそれほど速くない。身体強化魔術をかけている俺の方が、スピードだけなら上を取っていた。
いける、これなら戦えないことはない。
僅かな希望を抱いた俺は、力の限り短剣を振るった。しかし、それが絶望へと変貌してしまう。
「えっ?」
パキンと、短剣の刃がいとも簡単に根本から折れてしまう。
頑強な竜の鱗には一切の傷がついていない。元々無理な話だったんだ。安物の短剣で、竜を倒すなんて馬鹿なことは。
唯一の武器を失って呆然としていると、眼前にあるアースドラゴンと目が合う。竜の目は、もうお終いかと言わんばかりに落胆していた。
絶望に打ちひしがれている俺に、アースドラゴンは大きな口を目一杯広げて喰らおうとしてくる。
「あっ……」
「――坊主ッ!!」
◇◆◇
「どうだ坊主、トカゲ野郎にゴブリンの糞を喰わせてやったぜ。これでトカゲ野郎はもう鼻を使えねぇ……はっ、ざまーみやがれってんだ」
「おっさん……腕がっ……腕がっ!」
「男が簡単に泣いてんじゃねぇ。男が泣く時はな、惚れた女にこっぴどくフられちまった時だけって決まってんだよ」
「血が止まらない……腕が……おっさん!」
あの時――アースドラゴンが俺を喰らおうとした瞬間、横から入ってきてウルドが俺を庇った。
その代償に、ウルドは左腕を喰われてしまった。手の中には、モンスターの嗅覚を狂わすゴブリンの糞尿を混ぜた物があったらしい。
俺を抱えたウルドは、アースドラゴンが苦しんでいる内に近くの物影に潜んだんだ。
「なぁ坊主、お前はやっぱり凄ぇ奴だよ。まだ小せぇガキなのにドラゴンに立ち向かえる度胸があるんだからな。俺にはそんな度胸なかったぜ。
あの時は恐くてよ、身体が震えちまって、戦おうとすらせず仲間を見殺しにしたんだ。俺ぁ情けなく尻尾撒いて逃げちまったんだよ」
「もう喋るなって……本当に死んじゃうよ!」
「さっきだって本当は恐くて仕方なかったんだ。逃げたくてたまらなかった。ションベン漏らしてビビっちまってたんだよ……でもなんでだろうな、坊主が危ねぇと思ったら身体が勝手に動いちまってた。
俺も焼きが回ったもんだぜ、こんなガキ一人助ける為に腕を喰わせちまったんだからな」
「頼むよおっさん……今血を止めるから!」
涙でくしゃくしゃになりながら、鞄の中から包帯を取り出して止血しようとするも、ウルドに止められてしまう。
ウルドはガッと俺の頭を掴むと、強引に目を合わせてきた。
「いいか坊主、“これがダンジョンだ”。ダンジョンじゃいつ何が起こるかわからねぇ。意図せず理不尽が牙を向いてくるんだ。冒険者になるなら、それをよーく覚えておけ」
「分かった……わかったから止血をさせてくれよ!」
「そんなことしたってもう意味ねぇよ」
ウルドはそう言って、右手で剣を持ちながら立ち上がった。
「俺が奴の注意を引き付ける。その間に坊主は隙を見て逃げろ。いいか、絶対に振り返るんじゃねぇぞ」
「やだ、やだよ……俺も戦うよ、ウルド!」
「我儘言うんじゃねぇ。いつも言ってんだろ? ダンジョンの中では、俺の言うことは絶対ってな」
「おっさん!」
ウルドは物影から出ていき、アースドラゴンと真正面から対峙する。
その顔は勝ち気に笑っており、今まで見てきた中で一番自信に満ち溢れていた。
「よぉトカゲ野郎、俺はもう逃げねぇぜ。テメエをぶっ殺してやるから覚悟しやがれ」
「ゴアアアッ!!」
「それでいい。俺に怒れ、俺に集中しろ」
激怒するドラゴンに対しウルドは集中力を研ぎ澄ませ、己の中にある全魔力を練り上げ剣に纏わせる。爪を振るってくるアースドラゴンに踏み込み、その剣を振り抜いた。
「戦爪ぉぉおおおお!!」
「ゴアアアッ!?」
全ての力を使って放たれた斬撃は、強固な竜の手を斬り払った。地竜が片手を失い怯んでいる間に、ウルドが俺に向かって叫んでくる。
「今だダル、走れぇぇええええええええ!!」
「――っ!!」
その合図で俺は走り出す。ウルドの横を、アースドラゴンの横を走り過ぎた。
既にアースドラゴンの眼中に俺はなかった。己に傷をつけたウルドを“敵”として認識し、敵じゃない俺は逃げようがどうでもよかったんだ。
「走れダルー! 絶対に振り向くなーーー!!」
「ぐっ……ぅ!」
ウルドの叫びを背に、俺は泣きながら力の限り走った。
◇◆◇
「助けてくれ! ダンジョンにドラゴンが……ウルドが!」
「おいおいいきなりどうしたダル坊、そんな血相変えてよ、何があった?」
ダンジョンを出てギルドに一人戻ってきた俺は、受付のおっさんに慌てて事情を説明した。
するとおっさんはすぐにシルバーランクパーティーを含めた討伐隊を募り、ダンジョンに向かおうとする。
勿論俺も同行しようとしたが、お前は来るなとキレられた。それでも強引に行こうとしたが、魔術師のお姉さんに眠りの魔術をかけられてしまう。
目覚めた時にはもう夜中で、ちょうど受付のおっさんがギルドに帰ってきた。
俺はおっさんに駆け寄り、ウルドの安否を問いかける。
「おっさんは!? おっさんはどうなった!?」
「……ウルドの姿はなかった」
「……くっ!」
悲しそうに首を振るおっさんに、ウルドが死んだのだと分かってしまう。
いや、本当はとっくに分かっていたことだったんだ。片腕を失い、大量に血を失い、たった一人で竜と戦って生き残っている訳がないって。
それでも、もしかしたらと一縷の望みを抱いていたが、やはり駄目だった。
「おっさん……おっさん……うわぁあああああああああああ!!」
その場に崩れ落ちながら号泣する俺に、受付のおっさんが血塗れの剣を渡してくる。
「これは……」
剣を見た俺は目を見開く。
見間違う筈がない。その剣は、ウルドの剣だった。
「ドラゴンを倒した後、ウルドを探したんだが身体はどこにもなかった。その変わり、この剣が落ちていたのを見つけたんだ。ダル坊、これはお前に預けるぜ。お前が持つべきものだ」
そう言って渡してきたウルドの剣を、俺は胸に抱え込む。
その瞬間にウルドとの思い出が脳裏を駆け巡り、俺は一晩中泣きわめいたのだった。
次の日。
俺は身の丈に合っていないウルドの剣を背負って、受付のおっさんにこう告げた。
「俺、冒険者になるよ」
「……そうか。ダル坊は強ぇな、普通ドラゴンと会って死にそうな目に遭ったら冒険者なんて諦めてるだろうぜ」
「諦められっかよ。俺はウルドの意志を継ぐんだからな」
「それって……」
「ああ。俺は世界一の冒険者になる」
この日、俺は冒険者になった。
ウルドが果たせなかった世界一の冒険者になるという大きな夢を胸に抱いて。
【宣伝です!】
追放する側の物語 仲間を追放したらパーティーが弱体化したけど、世界一を目指します。
コミックス第2巻が、明日3月9日に発売されます!
どうぞよろしくお願い致します!