82 ダル 追憶7
「いいか坊主、大事なことだからよ~く聞いておけよ。ダンジョンに入る時には必ず道具を持っていかなきゃならねぇ。冒険者によって持ち物は変わってくるが、これが基本的なセットだ」
ずらっと床に並べてある道具を示しながら、ウルドが一つ一つ詳しく説明してくる。
道具の種類は回復薬や解毒薬といった薬や包帯、乾パンや缶詰などの携帯食料、縄に着火剤、その他に細々とした物が揃っていた。
「結構多いんだな……」
持っていかなければならない道具の数が意外と多いことに驚いていると、ウルドは「まぁな」と頷いて、
「ダンジョンの中じゃ何が起こるか分からねぇ。常に危機的状況を想定して、備えられる物は備えておくんだ。これらは全部、冒険者にとっての生命線になるんだからよ」
「なるほど」
「ダンジョンの中で泊まったりする場合にはもっと多くなるぜ。寝袋とか飯を食う為に必要な食材や食器なんかもな。まぁ俺の場合は日帰りだからこれで済むんだけどな。だが、最低でもここにある物は絶対に必要だ。必ず覚えておけ」
「……わかった」
「じゃあそれらを鞄に仕舞え。ごちゃごちゃ入れるんじゃねぇぞ。すぐに取れるように回復薬とかは上の方に仕舞うんだ」
ウルドの言う通りにしながら、順番に道具を鞄に仕舞っていく。全部入れた後、ウルドに大丈夫かと聞いた。
「これでいいか?」
「ああ、最初にしちゃ上出来だ。じゃあその鞄は坊主が持ちな。そんで持ったら行くぞ」
「行くって、どこにだよ?」
「決まってんだろ。ダンジョンだよ」
◇◆◇
ウルドに連れて来られたのは、俺がゴブリンで殺されそうになった林の中にある洞窟のダンジョンだった。どうやらここはダンジョンの中でも攻略難易度が初級と簡単な方で、新人の冒険者が主に狩場として来るらしい。
「いいか坊主、お前は俺の荷物持ちだ。勝手なことをせず、離れずについてこい。もし俺の言うことを聞かなかったり勝手な行動を取りやがったら、俺はもう面倒は見ねぇし、死にそうになっても助けてやらねぇからな」
「……わかった。言う通りにする」
脅すように忠告してくるウルドに、俺はゴクリと唾を呑み込んだ。
ダンジョンが危ない所だってのは前回でよ~く理解している。だから俺は、ウルドの言うことは絶対に逆らわないと頭に刻み込んだ。
「よし、じゃあ行くぞ」
俺とウルドはダンジョンの中に入っていく。
ダンジョンの中は薄暗いが、全く見えないという訳ではない。こう、壁がやんわりと淡く光ってるんだよな。
でも、何で光っているんだろう。気になった俺は、一歩前を歩くウルドに尋ねた。
「なぁ、何で洞窟の中なのに真っ暗じゃないんだ? どうして壁が光ってんだ?」
「悪ぃがそれは俺にもわからねぇ。壁の内側を通っておる魔力が光らせているっていう説があるが、本当かどうかは知らねぇ。ただ、モンスターだって侵入者を見えなきゃ困るだろ?」
「……そう言われればそうかも」
「そら、話している間にやっこさんが俺らを殺しに出てきやがったぜ」
ウルドが顎で指すと、前方から足音が聞こえてくる。現れたのは一体のゴブリンだった。ウルドは背負っている鞘から剣を抜くと、警戒しながら俺に告げる。
「坊主はそこから動くなよ」
「ゲギャ!」
「ふん!」
(速ぇっ!)
叫び声を上げながら襲い掛かってくるゴブリンに対し、ウルドはぐっと踏み込むと勢いよく剣を振り抜いた。その剣速は目にも止まらぬ速さで、ゴブリンの首を容易く断ち斬ってっしまう。
「凄ぇ……」
首を両断されたゴブリンの身体はバタリと倒れると、崩れるように灰になって地面に溶けるように消えていく。
それを横目に、俺はウルドの戦いに圧倒されていた。
助けられた時は見れなかったが、改めて目の当たりにするとウルドって強いんだなと感心する。
「ウルドって強いんだな」
「はっ! 全然強かねーよ。ゴブリンなんてモンスターの中じゃ雑魚だ。これくらい欠伸をしながらでも倒せねーと、冒険者なんてやってけねーぞ」
「へ、へ~……」
俺はその雑魚に殺されそうになったんだけどな。
「ほら坊主、ぼーっとしてないでさっさと魔石を拾え。お前の役目は荷物持ちと、魔石を拾うことだけなんだからな」
「あ、うん」
ウルドに催促された俺は、死んだゴブリンから落ちた場所に転がっていた魔石を拾う。黒く輝くそれを見つめながら、疑問を問いかける。
「なぁおっさん、この石ってなんなんだ?」
「あ~それは魔石って言ってな、モンスターを殺すと手に入るものだ。冒険者にとっちゃ大事な収入源で、俺達はその魔石で食ってるんだよ」
「ふ~ん、こんな石ころの何が重要なんだよ」
「その魔石には魔力が宿っているんだが、その魔力が様々な動力源に使われているんだよ。スイッチを押すだけで火が出る焜炉とか、勝手にお湯が沸いてくる風呂みたいな日用品もあれば、魔道列車とか魔道飛行船なんかにも使われているんだ」
「へぇ、世の中にはそんな凄ぇ物があるんだな」
因みに魔石を使った道具はかなりお高く、そんな高級品を使っているのはお偉い貴族様や大都市に住んでいる富裕層だけだ。俺が今いるような小さな都市や町村なんかでは普通に持っていない。
「そもそも魔力ってなに?」
「あ~ん? あ~魔力に関しちゃ実際俺もよくわかってねぇな。こう、なんか不思議な力ってやつよ」
「説明になってねぇし……」
魔力について気になった俺は後でギルドにいた魔術師のお姉さんに聞いてみた。お姉さんによると、魔力ってのはこの世界に溢れているエネルギーなんだそうだ。人間に動物、モンスターや草木と、生きとし生けるもの全てに少なからず魔力が宿っている。
魔力は様々な用途で扱える超便利な力で、今の時代は魔力によって文明が築き上げられてきたんだそうだ。
まぁ結局のところ、ウルドが言ったように不思議な力ってのが一番しっくりくるな。
「あとさ、なんで死んだゴブリンは土みたいに消えるんだ? 身体が残らないのは何でだ?」
「んだよ、質問ばっかりじゃねーか」
「だって、俺が見たゴブリンは死んでも消えることなんてなかったんだよ。だから不思議でさ」
「へぇ、お前野良のゴブリンが死んだのを見たことあんのか」
意外そうな顔を浮かべるウルドに、俺は無言で頷いた。
流石にゴブリンに育てられましたってのは言わなかったけどな。
「そりゃ野良のゴブリン、まぁ自然に生まれたモンスターとダンジョンで生まれたモンスターは根本的に違ぇからだよ」
「何が違うんだ?」
「野良のモンスターは俺達人間のように腹から生まれて出てくる。飢えもするし、死んだら死体が残るだけだ。人間や動物となんら変わりねぇ。
だけどダンジョンのモンスターってのは、ダンジョンから生まれてくるんだ。肉体はあるがそれは殆ど魔力で構成されている。だから死ねば、灰となってダンジョンに還るんだよ」
「へぇ、そうなのか」
これも後で魔術師のお姉さんに詳しく聞いた話だが、野生のモンスターは人間や動物のように交尾など自然に則って生まれてくる。だからその身体には骨や肉があるんだ。
しかし、ダンジョンから生まれてくるモンスターには肉や骨がない。あるように見えてもそれは全て魔力で構成された仮初めの肉体なんだ。だからダンジョンのモンスターは基本的に飢えることはない。
モンスターが冒険者を襲って美味そうに食べているように見えるが、あれは実は肉を食っているんじゃなくて冒険者に宿っている魔力を喰らっているんだ。魔力を喰らうと、モンスターは成長して進化を遂げるらしい。
この進化ってのは、何もモンスターに限ってだけではない。
俺達人間も、ダンジョンのモンスターを倒すと微細ながら魔力が吸収されて進化するんだ。身体が頑丈になったり、運動能力が上がったり、魔力を宿せる器が多きくなったりな。
冒険者が他の人間より力があるのも、それが理由だったりする。
まぁ、だからって冒険者が最強って訳じゃないけどな。
世の中には自分の力で肉体を磨き上げて、努力による研鑽によって化物染みた強さを手に入れた者だって多くいる。
武芸者の町にいた、パイ爺さんだってその一人だ。ダンジョンでモンスターばかり倒していたって駄目なんだ。最終的には、個人の努力が必要になってくるってこった。
脱線した話を戻すが、ダンジョンのモンスターには決まった行動原理がある。
それは、同族以外の魔力を喰らうこと。特に人間の魔力をな。何故そういう仕組みになっているのかというと、どうやら母が全ての子供に命令しているんだそうだ。
ダンジョンから生まれた魔神が人間を滅ぼそうとするのと同じで、魔神やモンスターは人間――大きく括れば人類を喰らえ、滅ぼせと命令を与えている。魔神やモンスターは、母からの命令に従っているに過ぎないんだ。
「ダンジョンのモンスターを構成しているのは魔力だが、じゃあ源はなんだっていうのがその魔石だ。魔石が核となって、モンスターを生かし続けているんだよ」
「なるほどなぁ……じゃあさ、そもそもダンジョンってなんなんだ?」
「あ~うるせぇうるせぇ! 俺はお前の先生じゃねぇっつうの! そういうのは詳しい奴に聞け、帰ったら魔術師を紹介してやっから」
「あっうん……サンキュー」
匙を投げたウルドと俺は、ダンジョンの探索を続ける。
「あれもモンスターなのか?」
「あれはスライムっていってな、まぁ見た目通りネバネバした液体だ。あれも雑魚だが、俺みたいな剣士にとっちゃ面倒な相手だ?」
「なんで?」
「物理攻撃が効かねぇからだよ。斬ったところで死なねぇんだ。だから火で燃やしたり、魔術で倒したりするんだよ」
「じゃあおっさんはどうやって倒すんだよ」
「モンスターには核があるって言ったろ? まぁ見てろ」
得意気に言ってウルドはスライムに近付く。鋭い眼差しでスライムを凝視すると、ブスッと剣で一刺し。すると、スライムは灰となって消滅していく。
「こんな感じでスライムの核を破壊すれば殺せる。だけど核は小さくて見え辛いし、魔石をぶっ壊しちまうからなんの利益にもならねぇ。雑魚だけどクソったれなモンスターって訳だ」
「ふ~ん」
ウルドは簡単にやってのけたが、実際はスライムの核を破壊するのはかなり難しい。新人の冒険者じゃ多分無理だろう。それをミスらずやってしまうんだから、ウルドにはかなりの実力が備わっているのが分かる。
「ギョエー!」
「うわぁ!?」
「ちっ」
落ちている魔石が見つけたのでラッキーと思いながら拾おうとしたら、突然化物に変化して襲い掛かってきた。仰天する俺に迫ってくるモンスターを、ウルドは横から剣で薙ぎ払った。
「ビックリした……なんだったんだ今の……」
「今のは魔石に擬態したモンスターだ。トラップモンスターっていってよ、他にも薬草とか鎧とかに化けているモンスターがいるんだ」
「そ、そんなのまでいるんだ……」
「モンスターだけじゃねぇぞ。ダンジョンには人間を殺す為に罠が幾つも仕掛けられている。落とし穴とか、底なし沼とかな。ダンジョンが危険なのはモンスターだけじゃねぇってことだ」
「危険なとこばっかなんだな」
「ああそうだ。ダンジョンは俺達を殺そうと虎視眈々と牙を向けてくる。だから常に警戒してなきゃならねぇんだ。いいか坊主、ここから先、俺はもう何も言わねぇ。丁寧に教えたりしねぇ。
俺の動きを見てろ。どう移動しているか、どうやってモンスターと戦っているか。全部“見て覚えろ”。教えてくれるのが当たり前だと思うな。それができなきゃ冒険者になるなんて今すぐ諦めろ」
「わかった、やってやるよ」
「ふん、口で言うことだけは一丁前なガキだぜ」
◇◆◇
その日から俺は、荷物持ちと魔石を拾うという役目を熟しながら、全神経を集中させてウルドの動きの一挙手一投足を見逃さなかった。
罠が張ってありそうな場所の察知と避け方、トラップモンスターの見分け方、様々なモンスターと戦う時の対処法、モンスターが現れない休憩場所の探し方。
ダンジョンで必要不可欠な知識を間近で見て覚え、己の中に蓄えていく。
見て覚えるのは苦じゃなかった。まだ少ししか生きていないが、俺は今までずっとそうやって生きてきたからだ。
ウルドがダンジョンに行く日は、七日の間にたったの二回だけ。ウルド曰く、冒険者をやっていくには休息が必要だかららしい。それにしても、ウルドの場合は極端に数が少ないけどな。
ダンジョンに行かない日は、薬草を採ってティア婆さんに渡したり、本を読んだり店の手伝いをした。
その他にも、ウルドが紹介してくれた魔術師のお姉さんに魔力や魔術について教えてもらったりする。
どうやら俺には魔術の才能は無いらしい。
しかし、魔力の制御については結構上手いらしく、身体強化魔術や簡単な基礎魔術程度ならできるとのこと。お姉さんに身体に流れる魔力の流れを感じ取る訓練などを教えてもらい、俺は魔力の使い方を覚えた。
勿論対価は支払ったぜ。まぁマッサージだったり買い物に付き合ったりと、俺にとっては結構役得だったんだけどな。
余った時間でランニングしたり身体を鍛えたり、剣っぽい形の木棒を拾って鍛錬をした。剣の動きは全部ウルドのものだ。モンスターと戦うウルドの姿を目に焼き付け、それを元に想像して何度も反復していく。寸分違わず、一寸の狂いもなくなるまで没頭する。
「なぁおっさん、ちょっと見て欲しいんだけど」
「あん? なんだよ藪から棒に」
「いいから来てよ」
ある日、俺はウルドに剣の鍛錬を見せることにした。
見よう見まねの剣技を披露すると、ウルドは今まで見たことがないくらい驚いていたっけな。
「おい坊主……それ、誰かに教えてもらったのか?」
「違ぇよ。おっさんの戦いを見て覚えたんだ。どうよ? 俺的には中々良い線いってると思ってるんだけどよ」
「あ、ああ……まぁまぁだな……(おい嘘だろ、マジで様になってんじゃねぇか!? ガキのチャンバラどころの話じゃねぇ、目の前に死んでいるモンスターが想像できやがる。俺の剣を見ただけで覚えたってのか? 冗談じゃねぇぞこのガキ……とんでもねぇ才能を秘めてやがる!!)」
「どう? そろそろ俺もモンスターと戦ってみたいんだけど」
「はっ! いいぜ、やらせてやるよ。ついて来い、特別に坊主に合った剣を買ってやる」
「えっマジ!? でもどうせなら、おっさんが使ってる剣みたいなのがいいな」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、お前みてぇなガキじゃまともに振れねぇよ。もっと大きくなったら、自分の金で買うんだな」
珍しく気前が良いウルドに短剣を買ってもらい、俺達はダンジョンに行く。
そして――、
「はっ!」
「ギャア!?」
あっさりとゴブリンを斬り殺した。
そして初めて、自分の手で魔石を手に入れたんだ。
「見たかおっさん! これならもう冒険者にもなれるよな!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、ゴブリン一匹倒したぐらいで何を浮かれてやがる。そうやって調子づく奴がすぐに死ぬんだよ。坊主なんかまだまだ俺の荷物持ちで十分だ」
「えぇ……そうなの? まぁ仕方ねぇか、おっさんの言うことは絶対だしな。でも、たまには戦わせてくれよ」
「ああ……たまにはな」
そんな感じで、俺はティア婆さんの店に行ったり、魔力や剣の鍛錬をしたり、ウルドの世話やダンジョンでの荷物持ち、たまにモンスターと戦ったりと、休みなく忙しい毎日を繰り返した。
そうしている内に月日はあっという間に過ぎ去っていき、気付けば四年が経っていた。