81 ダル 追憶6
「これに懲りたら、もう冒険者になろうなんてふざけた事抜かすんじゃねぇぞ」
「……」
「おい、何で着いてくんだよ」
「……」
ダンジョンでゴブリンに殺されそうになったところを冒険者のウルドに助けられた後、彼に連れられて都市に帰ってきた。
そこで終わりではなく、俺はウルドの後を着いて行ってギルドに戻り、酒を飲み始める彼に頭を下げて頼み込む。
モンスターとの戦い方と、冒険者のやり方を教えて欲しいってな。
「お願いだ、俺に戦い方を教えてくれ」
「やなこった、何で俺がそんなかったりぃ事しなくちゃいけねーんだよ。他をあたりな」
俺はダンジョンでモンスターに殺されそうになり、マジで死ぬかと思ったし、滅茶苦茶恐い思いをした。頭が正常な人間なら「もうあんな所行きたくない、冒険者なんて危ないこと誰がやるか」と諦めて別の道を進んでいただろう。
だが、俺には冒険者を選ぶ道以外に考えれらなかった。
死ぬ思いはしたが、諦めることはしなかった。でも、このままもう一度ダンジョンに入ったってさっきの二の舞いだ。それぐらいガキの俺にだって分かる。
だから、ウルドにモンスターとの戦い方や冒険者ってものを教えてもらおうとしたんだ。
「そこをなんとか!」
「嫌だっつってんだろ。ガキは大人しく母ちゃんの手伝いでもしてな」
「俺に親は居ねぇ、一人で生きていく為に冒険者になりたいんだ」
「あ~そうですか、それは可哀想に。だからって同情はしねーけどな」
「ちっ」
「このガキ今舌打ちしやがったぞ」
同情作戦は駄目だったか。流石にそう上手くは行かないよな。
「おい、誰かこのガキ摘まみ出してくれよ。このままじゃ酒がマズくなるぜ」
「とは言ってもよ、そのガキはウルドが助けたんだろ? だったらテメエが最後まで面倒見るべきじゃねぇのか?」
「そ~だそ~だ~! ウルドが面倒見ろ~!」
「あん!? テメエ等他人事だと思って適当なこと言ってんじゃねーぞ!」
太っているギルドのおっさんがウルドに言うと、それに便乗するように他の冒険者達も囃し立てる。
いいぞいいぞ、ナイスアシストだ。この勢いを利用しようと、俺はウルドの前で土下座して頼み込んだ。
「お願いだ! 掃除でも料理でも何でもする! だから俺に冒険者を教えてくれ!」
「……」
「頼む!!」
「はぁ……おい坊主、男が簡単に頭を下げるんじゃねぇ。男が頭を下げていいのはな、惚れた女に浮気がバレた時って決まってんだよ」
「ってことは……」
「仕方ねぇ、ちょっとだけ付き合ってやるよ」
「よっしゃあ! ありがとう、おっさん!」
「だから俺はおっさんじゃねぇって言ってんだろ!」
ウルドに了承してもらい、俺は喜んだ。これで冒険者への道が絶たれずに済む。
「おいウルド、つい囃し立てたちまったが本当にいいのか?」
「はっ、どうせすぐ泣きべそかいて諦めるだろーよ」
受付のおっさんとウルドがひそひそと喋っているが、全部聞こえてるからな。
言っておくが、俺は絶対に諦めないぞ。しがみついてでも冒険者になってやる。
◇◆◇
「おい坊主、お前が寝るところはそこだ。柔らかいベッドなんかで寝れると思うなよ」
「全然平気」
ウルドに師事することになった俺は、彼が住居としているボロい宿に連れて来られた。
部屋に入ってすぐに、床を指して寝る場所はここだと告げられる。ウルドは意地悪のつもりでしたんだろうが、俺にとっては風を避けられるだけで充分ありがたい。この都市にやってきてからずっと橋の下で暮らしてきた俺にとっちゃ、床で寝ようがベッドで寝ようが同じことだ。
「さいですか。おい坊主、これだけは言っていくぞ。俺は仕方なくお前の面倒を見てやるが、その変わり俺の言うことは絶対だ。もし一回でも泣きごとを言ったら放り出してやるからな」
「何でもするって言ったのは俺だ。泣きごとなんて言わねぇよ」
「言うことだけは一丁前だな。まぁいい、俺はもう寝る。お前もさっさと寝ろ」
「分かった」
その日から、俺はウルドと共に暮らすことになった。
掃除や洗濯、食材の買い物に料理、装備を磨いたりと下働きのような事を熟していく。
それらを手際よく行う俺にウルドはかなり驚いていたっけ。こういう仕事は教会でやっていたから一通りできるようになっていた。
逆にウルドはズボラで、そういった事は何一つできない。服は脱ぎっぱなしだし、洗濯もしないから臭いままだし、料理の一つも作れやしなかった。ダンジョンにも行かず、毎日ギルドのカウンターで安酒を飲んでいる。マジで典型的な駄目人間だったぜ。
しかも、俺をこき使うだけ使って戦い方や冒険者のことは一向に教えてくれねぇしよ。
「おいおっさん、いい加減教えてくれよ。こっちはただ働きしてる訳じゃないんだぞ」
ある日、我慢の限界が来た俺はカウンターで酒を飲んでいるウルドにキレながら頼んだ。すると奴は、酔っ払った顔でこう言ってくる。
「あん? あ~そうだったな。じゃあ薬草でも取ってこい。都市のすぐ側にある草っ原に生えてるからな。いいか、この紙に書いてある通りのものを取ってくるんだぞ」
「そういうのじゃなくてもっと戦い方とかさ、ダンジョンの攻略とか教えてくれよ」
ささっと書いた下手くそな絵を渡してくるウルドに文句を垂らす。しかし、奴は「ばっきゃろう」と言って、
「モンスターと戦ったりダンジョンを攻略するだけが冒険者じゃねぇんだよ。こういう雑用みたいなのも仕事の内ってもんだ。逆に、これくらいもできない奴が冒険者に成ろうなんざ片腹痛いぜ」
「……」
「別にいいんだぜ? やりたくなかったらやらなくてもよ。その変わり、俺はもう何も教えねぇし、宿からも出て行け。最初に言ったよな? 俺の言うことは絶対だってよ」
「……分かったよ! やってやるよ!」
納得いかなかったが、教えてもらうには我慢するしかない。
俺は紙を持って一人都市を出て、草原で薬草を隈なく探す。けど、どれが薬草なのか全然わからず困っちまった。ウルドが書いた絵は下手くそ過ぎて、合っているのかどうか判別できなかったんだ。
「これだけありゃい十分だろ」
陽が落ちる頃まで薬草を採取した俺は、ギルドに帰って未だにカウンターで安酒を飲んでいるウルドに「どうだ」と薬草がパンパンに入った袋を自慢げに見せる。ウルドは酒を飲むのをやめて袋から薬草を出して確認すると顔を顰めた。
「これも違う、これも違う。おい、坊主が採ってきたのは全部雑草じゃねぇか。こんなんじゃ一銭にもなんねーぞ」
「はぁ!? おっさんが書いた絵が下手くそなのが悪いんだろうが。だったら実際に行って教えてくれればいいじゃん!」
「甘ったれたこと言ってんじゃねぇぞガキ。何でもかんでも優しく教えてもらえると思うな。それくらい自分の力でなんとかしてみせろ。本とか資料とか読んだりしてな」
「そんなものどこにあるんだよ。それに俺は字が読めないんだ、本なんか読めねぇよ」
「そんなもん俺が知るか。ないんだったら探せ。読めないんだったら読めるようになれ。そんくらいも自分で出来ねぇ奴が冒険者に成れると思ってんじゃねぇぞ」
「くっそ……分かったよ! やればいいんだろやれば!」
ウルドに言い負かされた俺は、逃げるようにギルドを出た。
この時は実際、ウルドはただ俺をこき使ってるだけだと思っていたな。俺はあいつに尽くしているのに、何も教えてくれねぇじゃねぇかってよ。
でもまぁ、今になってみればウルドのやり方は間違っていなかったと思う。なんでもかんでも楽に教えてもらっていたら、俺の身にならならなかっただろう。
足を使って、その身を使って自分の力で覚えるからこそ、己の血肉となるんだ。
「おいウルド~、もう少しちゃんと接してやったらどうだなんだ? 教えるって約束したんだろ?」
「はん、そうやって甘やかすから駄目なんだ。そんな根性で冒険者になろうなんて思い上がりにも程があるぜ。どっちみち、あの身体じゃモンスターとは戦えないんだ。だったら、まずは自分の出来ることからやっていくしかねーだろ」
「確かにそーかもな。っていうか、お前結構本気で坊主のこと気にしてんだな。多分この中でお前が一番あの坊主を舐めず対等に見てるんじゃねぇか?」
「はっ、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。俺はただ、あのガキがもう嫌だっていつ泣きついてくるのか楽しみに待ってるだけだっての。あいつ等とも賭けをしてるしな」
「お前……やっぱりろくでもねー奴だな」
「ろくでもなくて結構。冒険者ってのはな、それくらい図太くなきゃ生きていけねー世界なんだよ」
次の日、俺は朝早くから都市にある薬師の店を訪れた。
ここなら薬草がどんなものなのか分かると思ったからだ
「婆さん、俺に薬草を教えてくれ」
小さな店に入って眠りこけている店主の婆さんにお願いすると、婆さんは怪訝そうに俺を見て、
「おや、なんだね坊主。薬草を知りたいのかい」
「ああ」
「……いいだろう。ちょっと待ってな」
そう言って、婆さんは実際の薬草と本を持ってきた。
「これが薬草だよ」
「これが? なんだよ、全然形が違うじゃねぇか」
婆さんに見してもらった薬草は、ウルドが書いた絵とは全然違っていた。あの野郎、やっぱり適当に書きやがったな。ムカついていると、婆さんは俺に本を見せながら説明してくる。
「薬草っていったって沢山種類があるんだよ。傷を治す薬草、風邪を治す薬草、毒を治す薬草、麻痺を治す薬草ってね」
「へ~、そうなのか。この薬草はどの薬草なんだ?」
ウルドが書いた下手くそな絵の紙を渡すと、婆さんは眉間に皺を寄せる。
「なんだいこの汚ったない絵は。まぁ多分、これだろうね」
「これがそうなのか……なぁ、婆さんは本や字が読めるのか?」
「何言ってんだい、読めなきゃ薬師なんてできないよ」
「じゃあさ、俺に字を教えてくれないか! 俺、字を覚えて本とか読めるようになりたいんだ」
この際だから婆さんに字を習おうと頼むと、婆さんは嫌そうな顔を浮かべて断ってくる。
「なんであたしが今日会ったばかりの赤の他人にそんな事しなくちゃならないんだい。薬草を教えてやったのは単なる気まぐれさ。あたしは坊主の親でも先生でもないんだよ」
「頼む! そこをなんとか!」
「いいかい坊主、ねだれば何でも与えられると思ってんじゃないよ。教えて欲しいってんなら、それに見合った対価を支払いな。それができなきゃさっさと帰るんだね」
真剣な表情で説いてくる婆さんに、俺は必死に考えた。
俺が婆さんに支払える対価は何がある。何を渡せば教えてくれる。考えて考えて、俺は婆さんに交渉した。
「俺が薬草を取ってきて婆さんに渡す。薬を作ってる婆さんには薬草が必要だろ?」
「それはそうだね。あたしには薬草が必要だ。ん~でも、それだけじゃ足りないねぇ」
「ぐっ……なら、教えてもらっている間は店の手伝いをする。婆さんはもう歳だろ? 力仕事だって大変だし、代わりに俺がやるよ。これならどうだ!?」
新たに条件を足すと、婆さんは目を閉じてう~んと唸る。
これでも駄目なのかと困っていたら、婆さんは片目だけ開けてにやりと口角を上げた。
「あたしを年寄り扱いするんじゃないよと言いたいところだが、ガキの癖して一丁前に交渉してきたことに免じてやろうじゃないか。交渉成立だよ、教えてやろうじゃないか」
「本当か!? サンキュー婆さん!」
「婆さんはやめな。あたしにはユースティアっていう可憐な名前があるんだよ。ティアって呼びな」
「あ……ああ、わかったよティアさん」
可憐な名前って……昔ならいざ知らず婆さんの姿でそう言われてもな。
しかし機嫌を悪くさせる訳にはいかないので、俺は仕方なくティアさんって呼ぶことにした。心の中じゃティア婆さんだけどな。
「おい坊主、あんたの名前はなんていうんだい?」
「俺はダル」
「それじゃあダル坊、早速働いてもらうとするよ。いいね?」
「ああ、任せろ」
それから俺は、朝と夜はウルドの宿で雑用を熟し、日中はティア婆さんの店で字を教えてもらったり、店の手伝いをしたり、薬草を採ってきたりする毎日を繰り返した。
ウルドは日中ギルドで酒を飲んでいるだけだから、俺がずっと側にいる必要も無いしな。時々金を稼ぎにダンジョンにも行っているみたいだが、どうせ今の俺を連れていってくれないだろうし、日中はティア婆さんの店で手伝いと勉強に励んだ。
「こりゃ驚いた……ダル坊、あんた結構頭良いんだね。まだ始めて三日しか経ってないのに、もうほとんど覚えちまったじゃないか。それに書けるようにもなっているし……」
「ティアさんの教えが良いからだよ」
「おだてたって何も出やしないよ」
習い始めてから早い期間で、俺は字を覚えられた。読めるだけではなく書けるようにもなったんだ。口に出しつつ字を書いていたから、覚えが早かったのかもしれない。
「なぁティアさん、薬草の他にも本ってあるか? できれば他の本も読んでみたいんだけど」
「あるよ。どうせ埃を被っているだけだったしね、勝手にしな」
「サンキュー!」
ティア婆さんは薬草の本だけではなく、様々な本を持っていた。
了承を得られたので、時間が許す限り齧りつくように片っ端から読んでいく。
「へぇ……こんなのがあるんだ」
読む度に本は凄ぇなって感心する。
資料本には道具の種類や使い方、物語には登場人物の心情や行動原理。本には学ぶべき知識が沢山詰まっていた。一冊を読み終えるごとに、俺の頭がアップデートされていくのを実感する。
まぁ、単純に本を読むのが面白くて楽しかったってのもあるけどな。俺が今でも本を嗜んでいるのは、新たな知識を得られるのが大きな理由だった。
知識ってのはタダで、持ち運んだりしなくてもいいし、失われることもない。あって損することはない、超便利な“力”だったんだ。
「なぁティアさん、金の数え方を教えてくれないか? あとついでに、これってどういう物なんだ?」
「しょうがないね~。これはね……」
本を読んで分からない部分があったら、その度にティア婆さんに教えてもらった。ティア婆さんは結構物知りで、大抵のことは知っている。たまに分からないと、へそを曲げる時もあったけどな
そんな感じで日々知識を蓄えていると、あっという間に一か月が過ぎていった。
◇◆◇
「あの坊主、すっかり来なくなっちまったな。おいウルド、あの坊主が何してるか知らねぇのかい?」
「んなこと俺が知るかよ。朝と夜は俺の宿に居るぜ。言われたこともちゃんとやってるしな。ただ、日中はコソコソとどっかに行ってるみたいだけどよ」
「へぇ、まだお前んとこには居るのか」
「さっさと出て行ってくれれば助かるのによ。ガキが居たんじゃ女もろくに呼べねーよ」
「あんな安い宿に来たがる女も居ないけどな」
「うるせぇ、ほっとけ」
「でも追い出したりはしないんだな」
「まぁガキの割りには結構使えるしな。それに教えてやると言ったんだ。俺は一度した約束は破らねー主義なんだよ。それはガキだろうが関係ねぇ」
「とか言って全然教えてねーけどな」
「物事には順序ってものがあるんだ。俺のやり方にケチつけんじゃねぇ」
「おいウルドー、そろそろ諦めたらどうだ!?」
「そうだそうだ、さっさと負けを認めて賭け金払いやがれー」
「うるせぇ! 俺はまだ負けてねぇ!」
なんだかギルドの中が騒がしいが、喧嘩でもしてんか?
まぁいいや、そんなのここじゃ日常茶飯事だしな。気にせず、俺は一か月ぶりにギルドを訪れた。
「おっ、坊主じゃねーか! まだ生きてたのか!」
「おい坊主、冒険者なんかさっさと諦めちまえよ!」
酒を飲みながらあーだこーだ言ってくる冒険者達を無視して、俺はカウンターにいるウルドのもとまで歩き、ドンッと持っている袋をカウンターに置いた。
なんだこれは? と言いたげな目線を送ってくるウルドに、俺は淡々と告げる。
「毒消し草、麻痺消し草、その他諸々この辺に生えてる薬草を全部採ってきた。これなら文句ねーだろ」
「……」
自信満々にそう言うと、ウルドは無言で袋の中身を見て確認する。
「ああ、間違いねーな。おいテメエら、賭けは俺の勝ちだぞ! 有り金全部出しやがれ!」
「嘘だろぉ!?」
「おいマジかよ、あの坊主本当に持ってきやがったぞ……」
突然ウルドが冒険者達に叫ぶと、あいつらは頭を抱えだした。
おいおい……いきなりなんだよ。何がなんだかわからず混乱していると、受付のおっさんがこっそり教えてくれる。
「実はな、坊主が薬草を持ってくるかどうか皆で賭けてたんだ。それでな、坊主が持ってくる方にウルドだけが賭けてたってことよ。つまりはあいつの一人勝ちだ」
「へ~」
勝手に俺で賭けてんじゃねぇよ……マジで冒険者ってろくでもねぇ奴等ばっかだな。
でも、ウルドが俺に賭けているとは意外だった。俺が逃げないで持ってくると思っていたのだろうか?
不思議に思っていると、ウルドが俺にこう言ってくる。
「おい坊主、明日から俺に付き合わせてやる。覚悟しておけ」
勝ち気に笑いながら言ってくるウルドに、俺も鼻の下を指で擦りながらこう返した。
「へっ、望むところだ」