80 ダル 追憶5
「なにぃ~、冒険者になりたいだぁ~!?」
「ああ、俺は冒険者になりたい」
「それはお前……ぷっ――」
「「ぎゃーっひゃっひゃっひゃ!!」」
ギルドを訪れた俺は、カウンターにドデッと座っているおっさんに冒険者になりたいと頼むが、返事をされる前に室内が笑いの渦に包まれた。
何笑ってんだよと苛つく俺はギルドにいる荒くれ者の冒険者達を睨むが、奴等は泣くほどゲラゲラ笑いながら指を指してくる。
「おいクソガキ、冒険者になりたいってんなら百年経ってからまた来な!」
「ここはガキが来る場所じゃね~んだよ。さっさと帰って母ちゃんのおっぱいでもチュッチュしてろ!」
「いや~昼間っから笑わせてくれるぜ! こりゃ酒のネタになるな。後で他の奴等にも教えてやるか!」
と、冒険者達は酒を煽りながら俺を小馬鹿にしてくる。
そりゃそうだろう。俺だってこいつ等の立場だったら腹抱えて笑っていただろうぜ。
まだ毛も生えてねぇクソガキが、モンスターと生死を懸けた戦いなんて出来る訳がねぇ。何をほざいているんだと笑われるは当たり前のことだ。
(クソったれ、こいつら俺がガキだからって舐めやがって。俺が生きていくには、冒険者になるしかないんだよ)
だけど、ガキの俺はガキだからって大人に舐められることにムカついていた。
モンスターと戦うぐらい、俺にだって出来らぁってな。
小さな村の教会で三年間過ごした俺は、シスター・セシルが孤児を貴族に売り飛ばした金で私腹を肥やしていたことを偶然聞いてしまう。
それだけでも衝撃だったんだが、あのクソ婆は教会を訪れてからずっと俺を世話してくれた年上の女の子であるコレットにまで手にかけ、貴族に売り渡してしまったんだ。さらにコレットは、貴族に凌辱され自分から死を選んでしまった。
それを聞いた俺はブチ切れてしまい、絶対に許せないとクソ婆をこの手でぶっ殺した。
クソ婆の亡骸を適当な場所に埋めた後、俺はもう教会に居続けるのは無理だと判断し、その日の夜に村を出ることにした。
あの後、教会や孤児達がどうなったのかは今でも分からない。
反吐が出るほどのあんなクソ婆でも、一応シスターとして孤児を育ててはいた。育ての親が突然居なくなって、孤児達は困り果てただろう。それに関しては悪いと思っている。
村の大人達が皆で世話をすることにしたのか、それとも新しいシスターが派遣されて教会が存続されたのかは分からない。
ただ、なんとなくだけど、ミリィや孤児の奴等なら逞しく生きていったと思う。まぁ、俺がそう信じたいだけなんだけどな。
村を出た俺は、一週間ほどかけて小さめな都市に辿り着いた。
その都市の近くには迷宮があってギルドもあるから、俺は冒険者になろうとしたんだ。というのも、俺は冒険者というものをコレットに聞いて、興味を抱いていたんだ。
「あ~、その人達はきっと冒険者ね」
「ぼうけんしゃ?」
家族から俺を助けようとした連中のことを、いつだったか俺はコレットに聞いていた。どんな格好だったとか、武器を持っていたとか特徴を伝えると、彼女はその人達のことを冒険者と呼んだんだ。
「冒険者っていうのはね、モンスターっていうこわ~い化物と戦って、その報酬で食べている人達なんだって。この村にもモンスターを退治しに何回か来てくれたんだよ」
「へ~」
「冒険者の中には良い人もいるけど、恐い人も結構いるんだ。私はどっちかというと苦手かも。そういえば、教会にダルを連れてきた人達も冒険者だっけ?」
「多分そう」
「だよね。な~に~ダル~、もしかして冒険者になりたいの?」
「わかんねぇ。でも、なんかかっこ良さそうだな」
「やめておいた方がいいよ。冒険者は危なくて命が幾つあっても足りないって聞くしね。ダルにはもっと良いお仕事が見つかるよ」
そう言って、コレットは笑っていたっけか。
でも結局、俺は冒険者になっちまったんだよな。あの時の俺には、それしか道が無かった。学も無ぇ小さなガキが一人で生きていくには、命を懸けてでも何かにしがみつくしかなかったんだ。
あと単純に、俺は冒険者に向いていると直感を抱いたってのもあるけどな。
そんな感じで冒険者になろうとした俺は、汚れに塗れた姿で住民に「どこでなら冒険者になれるんだ?」と片っ端から聞き周って嫌な顔されながら場所を教えてもらい、ようやくギルドにたどり着いたって訳だ。
ギルドに入ったら、昼間っから酒を飲んでいる冒険者達が俺を訝しんだ目で見てくる。荒くれた野郎共が「なんだこのガキ?」と怪訝そうな眼差しを送ってくる中、俺は恐れずに真っすぐ歩き、カウンターにいる受付の太ったおっさんに冒険者になりたいって言ったら、この場にいる全員に笑われちまった。
それにムカついて切れた俺は、冒険者共に怒鳴り散らす。
「笑うんじゃねぇ! 俺が冒険者になるのに何がおかしいんだよ!」
「ガキが言うからおかしいって言ってんだよ」
「おいクソガキ、悪いことは言わねーからさっさとママのところに帰んな。ここはお前みたいなガキが遊びで来ていい所じゃねーんだよ」
「遊びじゃねぇよ、俺は本気で冒険者になるって言ってんだ。それによー、昼間っから酒飲んでるテメエらよりは俺の方が全然強いだろうぜ」
「このガキっ!? 優しくしてやればつけ上がりやがって! 痛い目見ないとわかんねーようだな!」
「おいおい、ガキ相手に何をムキになってんだよ。酔い過ぎだぞお前」
「うるせぇー! ガキだからって関係ねぇ、俺はこういった冒険者を舐めてる奴が一番嫌いなんだよ!」
俺の物言いにキレた一人の冒険者が、席を立ち上がってズンズンと近づいてくる。殴ろうとしてきたそいつに、俺は素早く間合いを詰めて金玉を殴り飛ばした。
「うごっ!?」
金玉を殴られたそいつは、床に這いつくばって痛そうに悶絶した。ガキの俺を見上げ、半ベソかきながら文句を言ってくる。
「おいガキ……ここを狙うのは卑怯だろうが……」
「はっ、戦いに卑怯もクソもあるかってんだ。油断したテメエが悪いんだろ」
「なにおう……」
「はっはっは! ガキに一杯食わされるとはお前もまだまだだな!」
「やるじゃねーかガキんちょ! 驚いたぜ!」
「こりゃ今日は酒のネタに尽きねぇな!」
さっきまでガキの俺を馬鹿にしていた冒険者達が、ひゅーひゅーと口笛を吹いたり、杯を掲げながらよくやったと褒めてくる。急変した冒険者の態度に、俺は困惑した。
今ので分かるように、冒険者ってのは良くも悪くも弱肉強食の世界。
強い奴は讃え、弱い奴には罵倒を浴びせる。そこには性別も年齢も関係ない。例えガキであったとしても、武勇を見せつけた奴にはそれなりの敬意を払うんだ。
それが冒険者であると、俺はその時初めて知った。
「おいウルド、このガキのことお前が面倒見てやれよ!」
「そーだそーだ、それがいい! どうせいつも暇してるんだしよ!」
「あん? 何で俺がこんなガキの面倒見なきゃいけねーんだ。お断りだボケ」
冒険者達がカウンターの端にひっそりと座っている男に催促するが、ウルドと呼ばれているそいつはかったるそうに悪態を吐いた。
「いいじゃねぇか、どうせテメエは初級の迷宮で酒代稼いでるだけなんだからよ。試しに連れて行ってやれよ。そしたらこのガキも泣いて諦めるだろうぜ」
「テメエらがやってろよ。俺はガキの面倒見てるほど暇じゃねーんだ」
「一日中酒飲んでる奴が何言ってんだよ……」
ウルドという男は、ぼさぼさな髪で顎髭が生えている草臥れたおっさんだった。
滅茶苦茶弱そうで、とても冒険者には見えない格好をしている。
「俺だってこんなおっさんに面倒見て貰うなんてごめんだね」
「おいガキ、口の利き方には気をつけろ。俺はまだ二十代だ、おっさんじゃねぇ」
「どうでもいいよ。そんな事より、俺を冒険者にさしてくれって」
受付のおっさんに頼むと、おっさんは頭をポリポリと掻いて、
「悪いけどなー坊主、いくら頼んだところで駄目なもんは駄目だ。ギルドとしても死ぬのが目に見えてる奴を冒険者にする訳にもいかないんだよ。大人しく諦めて帰んな」
「あっそう……だったら俺が冒険者に相応しいって認めさせてやるよ」
何度頼んでも諦めろと首を振るギルドのおっさんにそう宣言して、俺はギルドを後にした。
◇◆◇
「ここがダンジョンか……なんか薄気味わるいな」
啖呵を切ってギルドを出た俺は、迷宮に向かうだろう冒険者の後をこっそり着いて行った。そこは都市からちょっと離れた林の中にある洞窟で、入ってみるとかなり薄暗く背筋に寒気が走る。
「ビビるな……モンスターを倒せばあいつらだって認めてくれる」
本当は恐くて今にも引き返したかったが、冒険者になる為に恐怖を押し殺して奥に進む。すると、すぐにモンスターと遭遇した。
「ゲギャギャ」
「お前……モンスターなのか?」
俺が初めてダンジョンに入って対峙したモンスターは、俺を育ててくれたゴブリンだった。
家族だったゴブリンとは戦えないと狼狽えている俺に、ゴブリンは問答無用で襲い掛かってくる。
それで理解した。目の前にいるゴブリンは家族なんかじゃない。倒すべき敵なんだと。
「おおおお!!」
「ギャーー!?」
俺を殺そうと迫ってくるゴブリンを殴り飛ばし、反撃される前に馬乗りになって何度も顔面を殴りつける。ゴブリンは悲鳴を上げた後に、灰となって消えていった。
「消えた?」
突然ゴブリンが灰になった事に困惑する。
俺の家族だったゴブリンは死んでしまったら普通にそのままだし、なんなら埋葬とかしていた。だけどダンジョンのゴブリンは、死んだら灰になってしまったんだ。
「はぁ……はぁ……なんだよ、全然やれるじゃん。これなら冒険者にだって――」
ダンジョンのモンスターと戦って初勝利を飾った俺は、肩で息をしながら浮かれていた。これならガキの俺だって十分やれるんだってな。
だが、それが間違いだったんだ。ダンジョンってのは、ガキの頭で考えているほど甘いものじゃなかったんだ。
「グゲゲ」
「ゲヒッ」
「なんで……」
いつの間にか俺はゴブリンに取り囲まれていた。数は五体。逃げ場はどこにもない。
全然気付かなかった。それはそうだ。奴等は気配を殺して、獲物を殺そうとしていたんだからな。
「クソ!」
流石に五体のゴブリンと戦って勝てないと判断した俺は、即座にその場から逃げ出そうとした。しかし、慌てたせいか何かに躓いてしまい転んでしまう。その隙を見逃さず、ゴブリンは一斉に襲い掛かってきた。
「がはっ」
ゴブリンは愉しそうに、いたぶるかのように俺を攻撃してくる。
俺は身体を丸めて、必死に痛みに耐えていた。もしかしたら、このままどっか行くんじゃないかと淡い希望を抱いて。
だが、奴等の目は確実に俺を殺す目だった。
(死ぬ……痛ぇ……俺、こんなところで死ぬのか?)
ゴブリンに痛めつけられ、俺は初めて死の恐怖を実感した。
こんなつもりじゃなかった。もっと簡単だと高を括っていた。それが思い上がりだったんだ。
「が……ぁ……」
何度も殴られ、蹴られて意識が朦朧としてきたその時――、
「「ギャーーー!?」」
突然、ゴブリンから悲鳴が上がる。それと同時に、襲ってきた痛みが止んだ。
何が起こったんだ……と目だけで状況を窺うと、そこには剣を持った一人の男が立っていた。
「ったく、気になって来てみれば案の定ダンジョンに入ってやがった。これだからガキは嫌いなんだよ」
「お……っさん……?」
俺をゴブリンから助けてくれたのは、ギルドのカウンターの端っこでチビチビと酒を飲んで、他の冒険者達から馬鹿にされていた男――ウルドだった。
ウルドはやれやれとため息を吐くと、俺にこう言ってくる。
「おい坊主、何度も言わせんな。俺はまだ二十代で、おっさんじゃねぇ」
これが、唯一俺が師と思っているウルドとの二度目の出会いだった。