08 別に戻ってきてくれなんて頼んでねえから
結局、今日もあまり進歩がなく攻略を終えた。
モンスターからドロップしたアイテムを換金するために冒険者ギルドに戻ってきた俺たちに、周りの冒険者が侮辱の眼差しと嘲笑を送ってくる。
「おい、見ろよあのザマ。スターダストは今日も散々だったっぽいな」
「汚ねぇ格好だよな、泥だらけじゃねえか。華麗に戦う【金華】が聞いて呆れるぜ」
「あいつらまだ中級の迷宮でもたついてんだろ? しかも上層の雑魚モンスターによ」
「腰巾着をやっと追い出してフレイを新しくパーティーに加えて補強したから、すぐに上級に行くと思ってたのに、まさか弱体化するなんてな」
「ていうか、よく【金華】はフレイを仲間にしようと思ったよな。ドラゴンヘッドから追い出されて、ゴールドのどのパーティーにも加入を断られていたあの厄介者をよ」
「だよな。実力はあんだろーけど、あんな自己中地雷女、俺だってごめんだわ」
「あいつらが中級の迷宮を攻略してるところを見てたんだけどさ、案の定アテナとフレイが揉めてやがったぜ。っていうか、アテナって噂ほど強くなかったわ。あれなら俺の方がまだマシだぜ」
「なーにが期待の新星パーティーだ。もてはやされて調子に乗ってたバチがあたったんだよ、ざまあみやがれ」
「まさかスターダストがこんなに落ちぶれるとはな」
「ああん!? テメエら好き勝手言ってんじゃねーよ!! 喧嘩売ってんなら買ってやるからかかってこいや腰抜け共!!」
「やめろフレイ。わざわざ奴等の土俵に乗る必要はない。それに、言われていることは真実だ。言い訳のしようがない」
「ちっ……」
エストを追い出してからのスターダストの評価は賛否両論だった。
付与魔術しか使えず突っ立っていただけのエストは、冒険者たちからは腰巾着や金魚のフンと蔑まれていた。
スターダストはもっと上にいける。だがエストが邪魔をしている。何故スターダストはエストをパーティーに入れているんだ。エストがスターダストの格を落している。エストさっさと消えろ。
そんな心無い罵倒をエストに浴びせていた。
だからエストをパーティーから追放した時、冒険者たちは期待した。
やっとあの腰巾着を追い出したか。これでスターダストはさらに強くなるな。
誰もがそう思っただろう。
だがアテナが新しくパーティーに加えたのは問題児のフレイだった。
これには期待していた冒険者たちも解せないと、ガッカリというか不満を抱いた。
なんでドラゴンヘッドを追い出された我儘なガキを仲間に入れたんだ。あいつは問題児だぞ。他の上級パーティーにも手に負えないと全部断られたのに、なんでそんな奴を入れたんだ。アテナは気でもおかしくなったのか?
ってな。
フレイが問題児なのは冒険者の中でも知れ渡っていたから、アテナが何故スターダストに加えたのか疑問に思った奴も少なくない。
だが、こうも思った。
あの【金華】なら、【暴竜】を手懐けられるのではないか?
フレイの性格に難があるのは知られていたが、実力があるのも冒険者たちは知っていた。
だからフレイを上手く操れるとしたら、いよいよもってスターダストはゴールドランクに近づくと期待されていたのだ。
都市一番の冒険者パーティーになるかもしれないと期待されていたのだ。
それが蓋を開けてみたらどうだ。
ゴールドランクに上がるどころか、中級の迷宮にいつまでも手こずっている。しかも下層でもなく中層や上層のモンスターに手間取っていた。
さらにアテナとフレイが喧嘩をしているところを多くの冒険者たちにも見られている。パーティーが上手くいっていないのは一目瞭然だろう。
それに加え、今まで塵一つつけず迷宮から帰ってくる美しいアテナが、傷だらけのボロボロな状態で帰ってくる。【金華】の二つ名も形無しだ。
誰もが口にした。
星は堕ちたと。
上に向かって一直線に駆け上がっていた新星は、呆気なく地上に這いつくばったんだと。
この一か月間でスターダストの評価は地に堕ちた。
ギルドに寄れば、これまで賞賛されていた言葉が罵倒と嘲笑となって返ってくる。
そして評価が下がった俺たちとは対照的に、評価が爆上がりした奴もいた。
「おい、エストだぜ」
「つい最近中級の迷宮を一人で踏破したらしいぜ。受付の姉ちゃんが言ってたわ」
「今は上級の迷宮を攻略してんだっけ」
「マジで驚いたよな。あの腰巾着がこんなに強くなるなんて誰も思わねぇだろ」
「噂で聞いたんだけどよ、自分にも付与魔術をかけられるようになったんだろ?」
「そうみたいだな。知り合いの冒険者があいつの戦ってるところを見たらしいんだが、凄まじかったって言ってたぜ。ゴールドランクにも負けてねえってよ」
「ゴールドランクのパーティーからも誘いがかかってんだろ? なぜか全部断ってるらしいけどよ」
「なんでいきなり強くなったんだろうな」
「知らねぇけど、スターダストはもったいねぇことしたよな。エストが強くなるのを待ってりゃ今頃ゴールドランクになれたかもしれねぇのに。フレイなんてババを引いちまって可哀想なこった」
「いや、もしかしてスターダストがエストに何もさせなかったからじゃねえか? もともとポテンシャルはあったけど、わざと強くさせなかったとか」
「【金華】がエストの強さに嫉妬したってことか? まあないこともないわな」
「にしても面白えよな。馬鹿にされてたエストが上に上がって、エストを追い出したスターダストが落ちぶれるんだからな」
「こういうのってアレだろ、下剋上って言うんだっけか」
好き放題言ってくれるじゃねえの。見ろ、うちの暴犬が今にも暴れそうだぞ。
まっ、言ってることは間違ってねえから言い訳をする理由がねぇんだけどな。
それを分かってるからアテナも何も言わねえし。
冒険者共が散々言ったように、エストは一か月前とは別人のように強くなっていた。
たった一人で、中級の迷宮を踏破できるまでに。
噂を聞いた限りじゃ、他人にしかかけられなかった付与魔術を自分にもかけられるようになったらしい。
何故、突然覚醒したかは分からねぇ。
あいつの性格的に、“俺みたいに”力を隠していた訳でもなさそうだしな。本当になにかのきっかけで覚醒したんだろう。
アテナなんか目じゃないくらいにな。
俺たちも一度だけエストが戦っているところ遠目で見たが、ありゃマジで別人だった。
あん時は目ん玉が飛び出るかと思ったぜ。中級迷宮のモンスターを、一瞬で蹴散らしていたんだからな。
俺が今まで見てきた冒険者の中でも、十本の指に入る。多分この都市で一番の実力になるのも遠くないだろう。
俺たちスターダストの評価が下がったと同時に、エストの評価は爆上がりした。
あいつを蔑んでいた冒険者共は、手のひらを返すようにエストのことを褒め称えた。
本当に冒険者ってのは、実力主義の世界だってことがよく分かるぜ。
「はい、換金終わりました。銀貨五百枚となります」
「ありがとう」
「終わったなら退いてくれる? 邪魔なんだけど」
「……エスト」
俺たちが換金を終えたところに、噂のエストがやってくる。
あーあー、あんだけ純粋無垢だった可愛らしい顔が嫌な大人の顔になっちまってるよ。
追い出しておいてなんだが、こんな風に染まってほしくなかったぜ。
アテナとエストの視線が交差する。
アテナは、恐る恐るエストに声をかけた。
「上手くいっているそうだな。安心したよ」
「安心した? 僕を追い出した奴が何をほざいてんだよ。僕の心配よりも自分たちの心配をしたら? 堕ちたスターダストさん」
「――!?」
侮蔑と、怨嗟を孕んだ言葉を吐き捨ててくる。
アテナ好き好き少年だったエストとは思えない言葉に、アテナが息を呑んだ。
ミリアリアもフレイも他の冒険者も驚愕したが、俺は驚かなかった。
こいつには言う権利があるからだ。
「言っとくけど、今さら戻ってきて欲しいなんて言われたってもう遅いから。僕を追い出したこと、せいぜい後悔するんだね」
「エスト、調子に乗りすぎ」
「テメエあんまし調子に乗るんじゃ――」
「やめろ。すまないエスト、声をかけて悪かった。みんな、行こう」
そう言って、アテナはやや俯いたまま踵を返す。
「うざ」
「ちっ」
ミリアリアは小言を、フレイは舌打ちをしてアテナを追いかける。
俺は受付嬢にアイテムを換金しているエストの煤けた背中を横目に、ぼさぼさの髪をぽりぽり掻く。
お前が俺たちに何を言っても構わねぇよ。
けどよ、今さら戻ってきて欲しいなんて言われたってもう遅いから、だぁ?
あんましイキっても、後が怖えぞ。
今後どうなるかなんて、分かったもんじゃねえんだからな。
お前は知ることねぇだろうけどよ、お前が覚醒するのはなんとなく分かってたんだぜ。
それでも俺は、お前ではなくアテナについて行った。
なんでか分かるか?
お前よりもアテナの方が強くなるからだ。
それもよ、あいつはお前とは違って王道を通ってな。
せいぜい今のうちイキっておけよ。
そのうち、吠え面をかくことになるからな。
あとな、これだけは言わせてくれ。
「別に戻ってきてくれなんて頼んでねえから」
お読みいただきありがとうございます!!
早くもタイトル回収してしまいました。
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